(3)京都府に被害を及ぼす地震及び地震活動の特徴

京都府に被害を及ぼす地震は、主に陸域の浅い地震である。なお、京都府とその周辺で発生した主な被害地震は、図7−32のとおりである。

府内の主要な活断層は、府東部の比良山地に沿って北北東−南南西の方向に延びる三方・花折断層帯、京都盆地の東部から奈良盆地の東部にかけて南北方向に延びる京都盆地−奈良盆地断層帯、京都盆地の西側から北西方向に延びる三峠・京都西山断層帯がある。京都盆地は、その周りを囲んでいるこれらの断層帯の運動によって形成されたと考えられている。また、丹後半島の付け根付近には、1927年の北丹後地震(M7.3)が発生した郷村断層や山田断層がある。府内の活断層は、ほぼ東西方向に圧縮されるような向きに活動する逆断層または横ずれ断層で、その活動度はB級またはそれ以下である。図7−33は、京都府の地形と主要な活断層を示したものである。

 長期間にわたり都であった京都は、歴史の資料が豊富な場所である。歴史の資料で知られている最も古い京都府の地震は、701年の地震(規模不明)である。この地震により若狭湾内の島が山頂のみを残して海中に没したとの記述があるが、基となった歴史の資料{41}は後世のものであり、信憑性は乏しいと考えられている。陸域で発生した地震で、京都府での本格的な被害地震の記録は976年の地震(M6.7以上)からであり、976年の地震では、京都府南部や滋賀県で死者50名以上などの被害{42}が生じた。慶長伏見地震と呼ばれる1596年の地震(M7 1/2)では、被害は畿内に広く分布し、特に、京都では三条から伏見の間で被害が最も多く、伏見城天守が大破し、石垣が崩れて約600名の圧死者が生じた{43}。最近の調査によって、この地震は有馬−高槻断層帯及び六甲・淡路島断層帯で発生した可能性{44}があると指摘されている。その他に、827年(M6.5〜7)、1185年(M7.4)などにも被害の記録があるが、これらの地震がどの活断層に関係したものであったかは分かっていない。明治以降では、丹後半島を中心に甚大な被害を及ぼした1927年の北丹後地震(M7.3)が知られている(7−2(3)参照)。北丹後地震が発生した郷村断層や山田断層の活動間隔は数千年程度{45}と推定されている。また、京都府中部の和知付近では、1968年に群発地震(最大M5.6)が発生し、局所的に被害が生じた。このような比較的規模の小さい地震でも、局所的に被害が生じることがある。

 活断層調査によると、京都盆地の東縁に当たる花折断層の南部は、約2,500年前から約1,300年前までの間に活動した{46}と推定されている。また、三峠・京都西山断層帯に含まれる京都西山断層帯では、1830年の地震(M6.5)が発生した可能性{47}が指摘されているが、詳しいことは分かっていない。

 また、1995年の兵庫県南部地震(M7.2)のように周辺地域で発生する地震や、1952年の吉野地震(M6.8、深さ60km)のように沈み込んだフィリピン海プレート内で発生するやや深い地震、南海トラフ沿いで発生する巨大地震によっても被害を受けることがある。さらに、京都府の北部は日本海に面しており、1983年の日本海中部地震(M7.7)など日本海東縁部で発生する地震によって、津波による被害を受けることがある。

 なお、京都府とその周辺における小さな地震まで含めた最近の浅い地震活動を図7−34に示す。

表7−3 京都府に被害を及ぼした主な地震