(2)高次モード分散の影響

図2−2−35図2−2−36図2−2−37から明らかなとおり,どの調査地点でも,周波数0.2〜0.3Hz付近より低周波側では,候補解あるいは最終解から計算した基本モードの理論位相速度(各図左側上下図の赤色実線)と観測位相速度とが一致しない。このことについて,やや詳しく考察する。

図2−2−39図2−2−40図2−2−41には,今回の調査地点FND,YYG及びCYDでの最終解に対して計算した,S波速度及び層厚に係る基本モードのperturbation,X・{∂C(f)/∂X }を示す(perturbationに関しては,本節末(注1)で解説する)。ここに,Xはモデルパラメータ(S波速度または層厚),C(f)は周波数fに対する位相速度である。一般に,絶対値の大きなperturbationを与えるモデルパラメータほど,理論位相速度の変化に強い影響を及ぼす。各図の上側はS波速度,同じく下側は層厚に関する計算結果であり,perturbationの座標軸は各図の右端鉛直軸に,線形軸として表現した。

まず,調査地点FND(図2−2−39)では,周波数範囲0.3Hz以下で第2層及び第3層に係るモデルパラメータの寄与が極めて大きい。一見して,位相速度の観測値とモデルによる計算値(=理論値)との違いがこれらの層のモデルパラメータを改良することによって,より小さくできるように見える。しかし,一方で第2層及び第3層に係るモデルパラメータは,いずれも0.3Hz以上の周波数範囲の観測位相速度をうまく説明する理論位相速度を与えている。したがって,0.3Hz以下の位相速度の観測値と理論値との違いをこの第2層および第3層のみによって選択的に改善することはできない。

調査地点YYG(図2−2−40)及び調査地点CYD(図2−2−41)では,周波数範囲0.2Hz以下で位相速度に対する第3層に係るモデルパラメータからの寄与が非常に大きい。しかし,位相速度perturbationの絶対値から判断すると,第3層に係るモデルパラメータの理論位相速度への寄与は,観測位相速度の再現性が極めて良好である0.2〜0.3Hz付近で非常に大きく,逆に0.2Hz以下ではかなり小さい。したがって,第3層に係るモデルパラメータを少しでも変化させると,0.2〜0.3Hz付近の観測位相速度の再現性をかえって大きく損なってしまうおそれがある。

総じて,基本モードの理論位相速度だけを参照する限り,低周波側の位相速度に見られる観測値と計算値との違いを,第2層および第3層のモデルパラメータの改良によって改善することは,非常に困難であるといえる。

ここで,表面波の「高次モード分散」に注目する。

2層以上の層数を有する水平成層構造モデルを伝播する表面波には,基本モードの波だけでなく,高次モードの波も存在し得る。図2−2−35図2−2−36図2−2−37の左下図には,最終解に対して計算した高次モード(1次モード)の理論位相速度(赤色破線)と,各モードに対応するmedium response(基本モード=水色実線,1次モード=水色破線)とを併せて表示した(medium responseに関しては,本節末(注2)で解説する)。各図において,medium responseに対する座標軸は左下図右側の鉛直軸に,対数軸として表現した。ここに,medium responseは各モード毎・周波数毎に決まる相対的な表面波振幅値の一種と考えられるので,medium responseの大きなモードの波は,他のモードの波よりも振幅の卓越することが予想される。

図2−2−35図2−2−36図2−2−37から分かるとおり,周波数0.3Hz以上では,基本モードのmedium responseが全般的に,1次モードのmedium responseよりも大きい。これは,従来の微動アレイ探査の逆解析で採用されてきた,「基本モードが最も優勢」の仮定が成り立っていることを意味する。しかし,観測位相速度と基本モードの理論位相速度とが乖離する周波数0.3Hz以下において,1次モードのmedium responseは基本モードのmedium responseよりも相対的に大きくなる。つまり,周波数0.3Hz以下では,基本モードよりもむしろ1次モードのほうが卓越することがわかる。このとき,1次モードの理論位相速度は,観測位相速度に極めて近い値を示すことに注意したい(図2−2−35図2−2−36図2−2−37)。

以上から,周波数0.2〜0.3Hz付近よりも低周波側で理論位相速度と観測位相速度とが一致しなくなる理由として,観測位相速度に含まれている高次モード分散の影響を考えることができる。本調査では,特にLアレイ(半径1000m,2000m)による微動観測の時期として,前線または低気圧が調査地点上空を通過した直後を選んだ。このため,持続性が高くパワーの強い微動源に恵まれることとなり,結果として複数のモード分散が混在した微動データが観測されたと考えられる。もし,高次モードの影響を最初から考慮した逆解析を行うことが可能であるならば,位相速度の観測値とモデルによる計算値との違いは全般的に改善され,地下構造モデルの推定精度はさらに向上することが期待される。