8−3 1次元地震動解析

ア 解析の目的

平成14年度は,推定したS波速度構造モデルの検証を広域にわたって行うために,札幌市内の地震観測点について1次元地震動解析を実施し,観測波と合成波の波形やスペクトルを対比することでモデルの検証を行った。

構造の検証に最も有効であると考えられている方法は,札幌市直下の比較的大きな地震を用いて3次元地震動シミュレーションを行い,観測波を説明できるかを検証する方法である。しかし,構造直下の地震データがないため,昨年度と同様の1次元地震動解析を行い,物性値モデルの検証を行った。

イ 地震動記録の選択

平成14年度と同様に,札幌市全域の地震計で観測されている青森県東方沖地震(2001.08.14)を採用した。震央の位置を図8−3−1に示す。

ウ 地盤モデルの設定

検証する地盤モデルは,上記(2)で作成された基盤+6層構造の物性値モデルである。そこでの各層のS波速度は,調査地域全域にわたり,微動の多点同時逆解析によって推定されたS波速度の平均値を採用している。平成15年度は,この物性値モデルの内,1次元地震動解析を行う地震観測点に近い微動観測点直下の構造を,その地盤モデルとして設定した。

解析の対象とした地震観測点とモデルとした微動観測点の対応関係を表8−3−1に,位置を図8−3−2に示す。ただし,ボアホール地震観測網の前田観測点と中沼観測点は,青森県東方沖地震のデータに問題がある可能性があるので,平成15年度の解析の対象としなかった。

エ 各層の物性値(S波速度)を一定にした場合の1次元地震応答の影響について

物性値モデルは各層で全微動観測点(35地点)のS波速度の平均値を採用しているため,実際の微動解析で得られたS波速度とは異なる。その2層目以深の速度差は,1次元地震動解析を行ったすべての微動観測点において物性値モデルのS波速度の20%以内である。1層目の速度差もほとんどの微動観測点において物性値モデルのS波速度の20%以内であるが,速度差が50%以上になる微動観測点もある。

このS波速度の差が,1次元地震応答計算にどの程度影響を与えるかを確認するために,実際の微動解析によって得られたS波速度1次元モデル(以後,多点微動モデルと呼ぶ)と物性値モデルについて応答計算を行い,その比較を行った。代表的な例として,S波の速度差がすべて20%以内である微動観測点16(札幌震度計No.1)と,1層目の速度差が50%以上ある微動観測点No.3(札幌市震度計No.5)及び微動観測点No.23(札幌市震度計No.4)での応答計算結果の比較を図8−3−3図8−3−4図8−3−5に示す。

微動観測点No.16(図8−3−3)では,物性値モデルの方が多点微動モデルにくらべて,1層目,4層目の層が10%程度速い。その速度差により卓越周波数が高周波側に多少移るが,増幅率の大きさ(Transfer Function)の変化はほとんどなく,応答波形も大きな差は見られない。

それに対して,微動観測点No.3(図8−3−4)では,多点微動モデルの1層目のS波速度は177m/sであるが,物性値モデルのS波速度は380m/sとその倍以上速く,その層厚は51mである。主にこの速度差によって,伝達関数(Transfer Function)の0.4〜0.9Hzの周波数帯域の増幅率は,物性値モデルの方が多点微動モデルより小さくなっている。また,応答波形の初動から2,3波目の振幅も,物性値モデルの方が多点微動モデルより小さい。しかし,実際観測された札幌市震度計No.5の波形と比較すると,多点微動モデルより物性値モデルの応答波形の方が整合性はよい。

また,微動観測点No.23(図8−3−5)では,多点微動モデルの1層目のS波速度は163m/sであり,微動観測点No.3と同様に,物性値モデルのS波速度はその倍以上速く,層厚は36mである。主にこのS波速度の差により,伝達関数の1Hz辺りの周波数帯域の増幅率は,物性値モデルの方が多点微動モデルより小さくなっている。応答波形については大きな振幅の違いはないが,多点微動モデルの方は,1Hz程度の波が顕著である。

以上の結果から,S波の速度差が20%以内の範囲内では,1次元地震応答計算の伝達関数は大きく変化しないので,平均的なS波速度で設定された物性値モデルを用いても,多点微動モデルとほぼ同じ応答計算結果を得られることがわかった(注:周波数1Hz以下の波に限定して解析を行っているため,大きな差が生じていない。実際には,高周波側に差異が生じる可能性がある)。

しかし,微動観測点No.3のように,1層目の速度差が倍以上あり,かつその層厚が50m程度ある場合は,構造モデルの検証対象である1Hz以下の伝達関数の増幅率にも大きく影響してくるので注意する必要がある。ただし,微動観測点No.3では,平均速度を使った物性値モデルの方が,むしろ観測波との整合性がよいので,札幌市震度計No.5直下の1層目のS波速度は,微動観測点3で微動探査から推定されたS波速度より速い可能性がある。

オ 解析結果

(ア) 1次元地震動解析

物性値モデルについて1次元地震動解析を行った。各地震観測点での解析結果を図8−3−6図8−3−7図8−3−8図8−3−9図8−3−10図8−3−11図8−3−12図8−3−13図8−3−14図8−3−15図8−3−16に示す。解析結果図には,応答計算に用いたS波速度モデル,入力波,合成波,観測波の波形比較とそれら波形の初動付近から5秒間のフーリエスペクトルの比較,地盤モデルの伝達関数(Transfer Function)とフーリエスペクトル比(観測波/入力波)の比較を示している。

(注;波形の表示時間について:本解析では,F−Net HSS観測点の観測波を入力波として用いているため,観測点直下の基盤からの入力時間を正確に見積もることができない。そこで本年度は,各波形にいて,初動から最初の位相の振幅ピークでそろえて表示している。)

以下に,各解析の結果得られた合成波の波形とフーリエスペクトルについて,観測波との比較を述べる。

@ 札幌市震度計No.1(もみじ台出張所),微動観測点No.16(図8−3−6

    波形の振幅レベル,初動の波の形ともによく一致している。フーリエスペクトルも0.2〜0.9Hzの範囲でよく一致している。

A 札幌市震度計No.2(南消防署),微動観測点No.14(図8−3−7

    波形は観測波とよく似ているが,振幅レベルが観測波と比較して小さい。フーリエスペクトルも観測波より小さく,0.2〜0.9Hzの範囲でその約半分程度である。

B 札幌市震度計No.3(北郷出張所),微動観測点No.26(図8−3−8

    波形の振幅レベル,初動の波の形ともによく一致している。0.2〜1.0Hzの範囲でフーリエスペクトルもよく一致している。

C 札幌市震度計No.4(新琴似出張所),微動観測点No.23(図8−3−9

    波形,振幅とも合成波とよく一致している。0.2〜0.8Hzの範囲でフーリエスペクトルもよく一致している。

D 札幌市震度計No.5(前田出張所),微動観測点No.3(図8−3−10

初動の波形は観測波と多少異なるが,振幅レベルはほぼ等しい。0.2〜0.8Hzの範囲でフーリエスペクトルもよく一致している。

E 札幌市震度計No.6(東消防署),微動観測点No.8(図8−3−11

    初動の波形は観測波と多少異なるが,振幅レベルはほぼ等しい。0.2〜0.8Hzの範囲でフーリエスペクトルはほぼ一致している。

F 札幌市震度計No.7(中央消防署),微動観測点No.20(図8−3−12

    波形,振幅とも合成波とよく一致している。0.2〜0.8Hzの範囲でフーリエスペクトルはほぼ一致している。

G 札幌市震度計No.8(豊平出張所),微動観測点No.15(図8−3−13

    波形,振幅とも合成波とよく一致している。0.2〜1.0Hzの範囲でフーリエスペクトルもよく一致している。

H 札幌市震度計No.10(琴似出張所),微動観測点No.4(図8−3−14

    波形の振幅レベルはほぼ等しいが,波形が観測波と異なり,周波数が高い。0.6Hzまでのフーリエスペクトルはよく一致しているが,0.6Hz〜1.0Hzの範囲では,観測波に比べて多少大きい。

I 札幌市震度計No.11(篠路出張所),微動観測点No.6(図8−3−15

波形の振幅レベルは観測波より多少は大きいが,波形は良く合っている。フーリエスペクトルは,0.7Hzより低周波側では観測波より大きいが,それより高周波側では逆に小さい。

J K−Net HKD180,微動観測点No.6(図8−3−16

     波形,振幅とも合成波とよく一致している。0.2〜1.0Hzの範囲でフーリエスペクトルもほぼ一致している。

(イ) 初動ピークトゥピークの値の比較

物性値モデルが,地震動の1次元増幅特性をどのくらい説明できたかを全体的にとらえるために,1次元の増幅特性以外の影響を大きく受けないS波初動のピークトゥピークの値を,観測波と合成波について求めて比較を行った。各地震観測点についての観測波と合成波のピークトゥピークの値をプロットしたグラフを図8−3−17に,観測波と合成波のピークトゥピークの比(合成波/観測波)をプロットしたグラフと平面図を図8−3−18に示す。

図8−3−17に示すように,札幌震度計のNo.6,No.11とK−NetのHKD180では,合成波のピークトゥピークの値は観測波より大きく,それ以外の地震観測点では,観測波より小さいかほぼ等しい。その差は最大で0.3cm/s程度である。

それらの比を示した図8−3−18によると,すべての地震観測点において,計算された合成波のピークトゥピーク値は,観測波のそれの0.7〜1.5倍の範囲であることがわかる。

カ まとめ

・平成14年度は,微動アレー探査で推定したS波速度構造について,1次元地震動解析を実施し、モデルの検証を行った。平成15年度は物性値モデルのS波速度構造について,平成14年と同様に1次元地震動解析を実施してモデルの検証を行った。

・検証を行った物性値モデルは,各層でS波速度が一定(平均値)であるため,実際に解析されたS波速度とは異なる箇所が生じる。その速度差は,2層目以深の層では1次元地震動解析を行ったすべての観測点において,物性値モデルのS波速度の20%以内である。また,1層目もほとんどの微動観測点において,物性値モデルのS波速度の20%以内であるが,その速度差が50%以上になる微動観測点もある。

・その速度差の影響を確認するために,多点微動モデルと物性値モデルについて応答計算を行い,その比較を行った。その結果,1次元地震動解析を行った多くの微動観測点において,S波速度の平均値を採用した物性値モデルを用いても,多点微動モデルとほぼ同じ応答計算結果を得られることがわかった。

・しかし,微動観測点No.3のように,1層目の速度差が倍以上ありその層厚が50m以上ある場合は,構造モデルの検証対象である1Hz以下の伝達関数の増幅率にも大きく影響することがわかった。このことから,1層目のS波速度の差の影響に注意すれば,平均的な速度を用いて深部構造をモデル化しても,大きく地震応答に影響しないことがわかった。

・多くの地震観測点で,観測波と物性値モデルを用いた1次元地震動解析の結果得られた合成波は,S波初動の1波について良く一致していた。また,初動から5秒のフーリエスペクトルについても,0.2Hz〜1.0Hzの間で両者はほぼ同じ値であった。

・1次元の増幅特性の影響が大きいS波初動のピークトゥピーク値を比較した結果,計算された合成波のS波初動のピークトゥピーク値は,解析を行ったすべての地震観測点において,観測波のそれの0.7〜1.5倍の範囲であった。

・以上の結果から,物性値モデルの場合も,微動アレー探査によって得られたS波速度構造と同様に地震動の1次元増幅特性をある程度説明できることが分かった。