6−5 解析結果

ア 波形データ

図6−5−1−1図6−5−1−2図6−5−1−3図6−5−1−4図6−5−1−5図6−5−1−6図6−5−1−7図6−5−1−8図6−5−1−9に,例としてNo.33地点における観測波形データを示す。これは,ほぼ一定の振幅レベルを持ったランダムな波形に見える。また,間欠的または不規則に記録されている振幅の大きい短時間の振動は,車の通行や人の歩行などによるノイズと考えられる。他の観測点においても,同様な交通ノイズなどが入っているデータが見られたが,現地において粗解析を行った結果から,その影響は部分的で解析には支障がないと判断した。

イ スペクトル

スペクトル解析に際して,(4)アの前処理で述べたように,大アレー,中アレーは5Hz,小アレーは10Hzのリサンプリングを行った。また,解析の際のブロック長は,大アレー,中アレーについては819.2秒,小アレーについては409.6秒で,どちらも4096(212)サンプル数での解析とした。それぞれ,ブロック間には2.344%の重なりを設定した。各ブロックの端には,余弦関数(cosine)型の重み関数(Taper)を乗じて,データが突然切れることによるスペクトル解析への影響を軽減した(日野,1977)。

スペクトル計算にはFFT法を用いた。ただし,FFT法を用いて推定したスペクトルは,分散が大きくなる性質を持っている(日野,1977)のでParzenウィンドウによるスムージング操作を行った(大崎,1994)。ウィンドウ幅は9.766x10−2Hzとした。

図6−5−2に例としてNo.33観測点におけるパワースペクトルを示す。上から順に大アレー,中アレー,小アレーが表示されている。各地震計間におけるスペクトルの類似性に関しては,地震計間の距離が大きくなる大アレーで値に若干差異が認められるものの,その形状はほぼ揃っており,全てのアレーで表面波信号の解析に必要な空間定常の条件が満たされていると判断した。

小アレーのスペクトルがほかのアレーと比べて高周波数領域に伸びているのは,先に述べたようにリサンプリングの違いのためである。

全観測点に関しても同様に,解析周波数の範囲でスペクトルの形状がほぼ揃っており,解析には十分な条件が満たされていると判断した。

ウ 空間自己相関係数

図6−5−3−1図6−5−3−2図6−5−3−3に例としてNo.33観測点における相関距離別の空間自己相関係数を示す。係数値を実線,その分散を点線で示してある。ここでは全体的に分散の小さい結果を得ることが出来た。これは,全体的にノイズレベルの小さな良好なデータを取得することができたことを意味している。

なお,解析に使用できる周波数範囲は低周波数側に見られる最初の極大値付近の周波数から,それより高周波数側にある最初の極小値付近の周波数までである(岡田,2001)。解析できる周波数に限界があるのは,低周波数側に関しては,周波数が0に近づくにつれて多くの場合,理論から期待される値1に漸近せず減少する傾向があるためである。これは図6−5−3にも現れている。原因としては,@微動信号の大きさ(パワーと呼ぶ)の低下,Aブロック長が低周波数成分を解析するには短すぎる,BSPAC法に特有のVARIANCEの急激な増加(松岡ほか,1996)などが考えられる。また,高周波数側に関しては,アレーサイズによるエイリアジングが原因と考えられる。したがって,ある相関距離での解析可能な波長には限界があると判断し,宮腰ほか(1996)の報告や今までの経験から,解析可能な最大波長は相関距離の10倍程度と考えている。これを(4)エで述べた位相速度の推定式

  ρ(f,R) = J0(2πfR/c)

で考える。ここで各記号の意味は(4)エと同じである。また,

       f/c = 1/λ

とおくとλは波長である。推定最大波長を相関距離の10倍とするとλ=10Rなので上式に代入して

     ρmax=ρ(f,λ=10R) = J0(0.2π)≒0.9037

を得る。一方,最小波長に関しては空間的エイリアジングから相関距離の2倍である。

同様にして

     ρmin=ρ(f,λ=2R) = J0(π)≒−0.3042

を得る。このことからρmax≧ρ(f,R)≧ρminを満たす空間自己相関係数の中から検討することとなる。図6−5−3−1図6−5−3−2図6−5−3−3中にρmaxを破線,ρminを2点鎖線で示してある。

エ 観測位相速度

図6−5−4に例として,No.33観測点における観測位相速度を示す。上図は統合前の各相関距離に対してρ−fの関係から求めた位相速度,下図が周波数別にρ−fの関係から最小二乗近似から求めた位相速度である。上図では,先の空間自己相関係数の説明で述べたように,解析できる周波数範囲のデータのみを示している。解析された位相速度は,アレーサイズが異なると低周波数側で位相速度が異なった値を示している。

このように,ある周波数に着目するとアレーサイズが小さいと位相速度が小さいという系統的な差異として現れる。これは,上節(空間自己相関係数の節)で指摘した@,A,Bに起因する差異である。

同様の解析を平成15年度調査における全観測点で実施した。その結果得られた解析位相速度を図6−5−5−1図6−5−5−2に示す。

オ S波速度構造解析

観測データから得られた位相速度を使ってS波速度構造を推定する方法として,ここでは個体群探索分岐型遺伝的アルゴリズム(fGA)を用いた。この方法を適用する場合,モデルを特徴づける各種パラメータについて解の探索範囲を設定する。それらのパラメータはモデルの層数,各層における層厚,S波速度などである。

探索範囲は,有用な事前情報がある場合,これを用いて設定し,効果的な解析を行うことができる(例えば,松岡ほか,2000)。当地域では,その情報として深部ボーリングについていえば周辺地域における石油関連のものに限られる。反射法地震探査関係の情報については,石油などの深部探査を目的としたものがあるが,その内容は公表されていない。本調査地域は,事前情報として参照できるものは非常に少ない。

一方,本調査では過去2年間に渡り計30観測点で微動アレー探査が実施されている。そのため,それらの結果との整合性を考慮して平成14年度調査と同じ探索範囲とした。

設定方法を以下に記す。

@ 各層におけるS波速度探索範囲を狭く設定して,対応する層同士でS波速度が十分に近くなる速度範囲とする

A 各層のS波速度範囲が,その上下の層のS波速度とオーバーラップしないようにして,S波速度が各層の間でコントラストを持つようにする。

探索範囲を表6−5−1に示す。

全観測点の逆解析結果を図6−5−6−1図6−5−6−2図6−5−6−3に示す。図中,右側に推定S波速度構造を実線で,探索範囲を点線で示す。図左側この構造から得られたレイリー波基本モードの理論位相速度を実線で,観測位相速度を○で示す。

図中,左下に示したものは理論位相速度と観測データから得られた位相速度との残差である。残差の定義には,以下の式による相対残差を用いた。

   E=|Cobs−Ccal|/ Cobs

ここで,Eが相対残差,Cobsが観測値,すなわち解析で得られた位相速度,Ccalが計算値,すなわち理論位相速度である。この結果から,部分的に5%程度の相対残差がある観測点,周波数帯があるが,それ以外での相対残差は,ほぼ3%以下である。