6−3−6 解析結果とS波速度構造の妥当性の検討

地震ごとのHSS観測点およびHKD180観測点における3成分の記録波形を,図6−13図6−14図6−15に示す。なお,振幅の大きさの関係から,HSSとHKD180の縦軸のスケールは違っていることに留意されたい。

地震ごとの入力波形,観測波形および合成波形を図6−16図6−17図6−18に,地表観測波と合成波のフーリエスペクトルを図6−19図6−20図6−21に,観測波のスペクトル比と伝達関数をを図6−16図6−17図6−18にそれぞれ示す。

地震ごとの解析結果について以下に述べる。

@ 釧路支庁中南部を震源とする地震動

笹谷ほか(2001)は,今回と同じくHSSおよびHKD180で観測された釧路支庁中南部を震源とする地震の1次元地震動解析を実施している。S波速度構造モデルとしては,1999年に実施した微動アレー探査の結果(9層モデル)が使われており,今回検討したS波速度構造モデルとは異なる。

笹谷ほか(2001)の結果をまとめると次のとおりである。

・0.5Hzよりも低周波数側では観測波と合成波のスペクトルは概ね一致しており,深部地下構造に関係した0.5Hz以下の周波数帯における地震波の増幅が,推定したS波速度構造モデルによってうまく再現できていることを示している。

・計算された合成波形は観測波形に比べて単純で,観測されている約1Hzの強い地震動を再現していなかった。したがって,約1Hzに対応した比較的浅い地下構造が実際とは異なっていること,あるいは2次元・3次元構造の応答による波が観測されていることが示唆される。

本解析では,今回行った微動アレー探査によって新たに推定したS波速度構造を使って改めて1次元地震動解析を実施した。

解析の結果,Transverse成分の観測波および合成波の波形(図6−16),フーリエスペクトル(図6−19)とも,NS成分について行った笹谷ほか(2001)の結果とほとんど変わらなかった。とくに観測波と合成波のフーリエスペクトルは,約0.5Hz以下で調和的であった。また,HSSとHKD180の観測波形から計算されたスペクトル比と,S波速度構造から計算される伝達関数(図6−22)を比較すると,値的には約0.3Hz以下,大局的には約0.5Hz以下の周波数帯において整合性が認められた。これらのことから,約0.5Hz以下の周波数帯に対応する深部の推定S波速度構造をある程度説明できるものと考える。

しかし,約1Hzの周波数帯においては,今回得られた合成波形(図6−16)が,笹谷ほか(2001)の合成波形とほとんど変わらず,約1Hzの観測波を再現できないことから,この周波数帯に対応する比較的浅い構造については,依然としてうまく説明できないことが分かった。あるいは,笹谷ほか(2001)で指摘されているように,2・3次元構造の応答による波が観測されている可能性も示唆される。

A 根室半島南東沖を震源とする地震動

Transverse成分の波形(図6−17)を見ると,HKD180観測SH波の第1波目の後にパルスが認められる。このパルスはHSS観測波には見られない。また,HKD180で見られる2秒程度の長周期の波は,HSS観測点では認められない。このことは,両観測波のフーリエスペクトル(図6−20)を見ると,卓越周期がHKD180では約0.5Hzであるのに対して,合成波では約0.9Hzとなっていることからも明らかである。さらに,HSSとHKD180の観測波形から計算されたスペクトル比と,伝達関数を比較しても(図6−23),両者の一致は認められない。

この原因を地震のメカニズム解(表6−2図6−10)から推定すると,震源から観測点方向のSH波の放射は比較的小さいものと考えられ,HSS観測点に到達した地震波が明瞭なSH波パルスを示していないことからも,観測点付近の伝播経路において変換した波が観測された可能性が考えられる。

これらのことから,本地震においては,地震波の増幅から,推定S波速度構造の妥当性を検証することは難しい。

B 青森県東方沖を震源とする地震動

Transverse成分の観測波および合成波の波形(図6−18)を見ると,HKD180観測波に認められる短周期の波(1秒程度)が,合成波には認められないものの,長周期の波(2秒程度)は共通して見られる。また,両波に位相のズレが認められるが,現時点ではその原因が明らかではなく,今後の検討課題としたい。

観測波と合成波のフーリエスペクトル(図6−21)は,釧路支庁中南部を震源とする地震動同様,約0.5Hz以下で調和的であった。HSSとHKD180の観測波形から計算されたスペクトル比と,また,HSSとHKD180の観測波形から計算されたスペクトル比と,S波速度構造から計算される伝達関数(図6−24)を比較すると,値的には0.3Hz以下,大局的には約0.5Hz以下の周波数帯において整合性が認められた。これらのことから,約0.5Hz以下の周波数帯に対応する深部の推定S波速度構造をある程度説明できるものと考える。

以上の結果から,釧路支庁中南部および青森県東方沖を震源とする地震については,観測波と合成波のフーリエスペクトルが,約0.5Hz以下の周波数帯において整合的であったこと,観測波のスペクトル比と伝達関数が,値的には約0.3Hz以下,大局的には約0.5Hz以下の周波数帯において整合的であったことから,約0.5Hz以下の周波数帯に対応する深部の推定S波速度構造をある程度説明できることが分かった。

しかし,約1Hzの周波数帯においては,今回得られた合成波形が約1Hzの観測波を再現できないことから,この周波数帯に対応する比較的浅い構造については,依然としてうまく説明できないことが分かった。あるいは,笹谷ほか(2001)で指摘されているように,2・3次元構造の応答による波が観測されている可能性も示唆される。

今年度は,使用できる観測点および地震動が限られてしまったため,当初の目的である微動アレー探査による推定S波速度構造の検証を十分に行うことができなかった。しかし,約0.5Hz以下の周波数帯に対応する深部の推定S波速度構造をある程度説明できることが分かった。また,以下のような解析上の問題点・留意点が明らかとなった。

・地震動を震源の方向,深さ,距離等を考慮し,適切な分類をした上で,解析に用いる必要があること。

・地震波の入射角の検討を行った上で,その影響が考えられるものについては,入射角の影響を検討することが必要であること。

・複数の観測点での解析・比較を行い,それぞれの観測点での地盤特性を把握する必要があること。

・地盤特性を把握するために,地盤定数(Q値等)のパラメタスタディを行う必要のあること。

来年度は,微動アレー探査に加え,反射法および屈折法地震探査が計画されており,これにより地下構造の精度向上が期待できる。さらに,地震計ネット・データベースサーバの回復により札幌市域の地震動データが使用できるため,より多角的な推定地下構造の妥当性についての検討が可能となることが期待される。