(3) レシーバ関数法(P−PS時間)による検証

地震記録に見られるP波初動とそれに続くPS変換波の走時差(P−PS時間)から地下構造モデルの確認を行った。特に、信頼できる既存データを基に基盤深度を固定した場合に、堆積層の平均的なS波速度(P−S速度関係式)の妥当性について評価を行った。一般の、基盤岩と上位堆積層のように速度コントラストが大きい速度境界面ではPS変換波が発生することが知られている。レシーバ関数解析は、これらのP波とPS変換波の走時差から、観測点直下の速度構造を推定する方法である(例えば、小林、ほか、1998;三浦、翠川、2001)。ここでは、伊勢平野内の強震観測データから各観測点でのレシーバ関数を求め、そのピーク時間(P−PS時間)とモデルから計算されるP−PS時間とを比較した。

レシーバ関数の計算に使用した地震や検証に用いた地震観測点は、表3−4−1の通りである。これらの地震のうち2つ以上観測されていない観測点、および、ピークが不明瞭な観測点は使用していない。 特に、盆地端部の観測点(伊勢、松阪地域)では、第1ピークが不明瞭であり、ピークの判定は困難であった。

レシーバ関数は、ラディアル成分と上下成分の加速度波形から、直接、デコンボルーションすることによって求めた。解析区間は、P波初動から3秒間と設定し、ゲート内にS波主要動がかからないことを確認した。堀、ほか(2001)の報告によれば、今回使用する地震の入射角の違いによる理論P−PS時間の違いが0.05秒程度であることから、このずれが無視できるように求めたレシーバ関数に1〜5Hzのバンドパスフィルターを施した。図3−4−18−1図3−4−18−2図3−4−18−3図3−4−18−4に各地震に対するP波初動部の速度波形とレシーバ関数を示した。P波の立ち上がりがパルス状でないため、直接、速度波形からPS変換波は目視できない。しかし、1998/04/22地震、2000/10/31地震および2004/01/06地震では、震源距離が短く入射角が小さな観測点に対しては、レシーバ関数におけるピークの出現が良好である。一方、2004/09/05/19:07地震では、レシーバ関数のピークを読み取るのは困難である。この理由として、震源が浅くて遠いために、解析対象となる実体波以外に屈折波や盆地端部からの回折波が混入しているためであると考えられる。ただし、2004/09/05/19:07地震の結果も含めてスタッキングしても重合波形が大きく変化しなかったので、スタッキングには、2004/09/05/19:07地震の結果も含めた。一方、観測点それぞれについて、三次元地下構造モデルから抜き出したP波、S波の速度構造を用いて理論P−PS時間を計算した。理論P−PS時間は、水平成層構造に平面波が鉛直入射する単純な計算により求めた。

図3−4−19に観測レシーバ関数と理論P−PS時間の比較を示す。図中には、各地震のレシーバ関数とそれらのスタック波形(1−5Hz帯域フィルター)を示している。読み取ったピーク値を黒線で、モデルから計算されたP−PS時間を赤丸で示す。P−PS時間は、伊勢平野北部および中央部では、1.2〜1.4秒程度(MIEP05(桑名)で1.2秒、MIE003(四日市)で1.3秒、MIEP25(川越)で1.4秒)を示す。また、鈴鹿山地東縁部のMIE002(菰野)でも1.1秒強を示した。一方、伊勢平野中央部から南部にかけては、次第に値が小さくなり、MIEP27(河芸)では0.9秒、MIEP31(香良洲)では0.5秒を示す。各観測地点で観測によるP−PS時間とモデルによるP−PS時間は概ねよく対応しており、0.1秒以内で整合している。平成14年度愛知県地下構造調査によれば、このような0.1〜0.2秒のばらつきは、既往のPS検層データのP波とS波速度の関係のばらつきの範囲内で十分説明できるとしている。今回も、伊勢平野内で同一のP波/S波速度関係式を用いたために、地域・地点によりP−PS時間に若干のずれが生じていると考えられる。例えば、P−PS時間でモデルによる理論値が観測値より若干長いのは、S波速度が対応するP波速度に比べて若干遅めであるためと考えられる。ただし、今回の結果からは系統的な誤差は生じておらず、P−PS時間の検証からはモデルによる有意な誤差として認められない。P波速度とS波速度の関係式を用いる場合は、地域・地点によるばらつきが存在することに留意する必要がある。