(2)堆積層中のVpとVs

一般に、S波反射法地震探査は、その探査法の制約から、長い(1kmを超える)測線を設定できないことが多い。また、S波反射法は、P波反射法に比べ単一距離あたりのコストがかさむため、P波反射法のように広い範囲にわたって実施されることは国内ではほとんどない。しかしながら、強震動を予測するためには、基盤を含めたP波速度(Vp)およびS波速度(Vs)が必要である。したがって、堆積層中におけるP波速度からS波速度を推定することができれば、S波探査に比べて比較的経済的で広範囲の情報が得られるP波探査の結果から、堆積層中のS波速度を推定することが可能になる。このように、堆積層中のVpとVsの関係式を導くことは地震防災上重要である。

図3−2−20−1には、S波反射法測線で得られたVpとVsの関係および防災科技研のKiK−net観測井のなかで、伊勢平野内にあり、比較的堆積層の厚い(140m以上)部分で取得されたMIEH01(四日市)およびMIEH10(芸濃)のPS検層で得られたVpとVsの関係を示した図である。図中には参考のため、ごく浅部のS波速度の情報として、防災科技研K−net観測井のPS検層の結果も併せて示した。

この図から、VpとVsの関係は、Vsが約400m/sec以上の堆積層中においては

Vs=0.5678*Vp−407.21             (3.2.2)

の線型関係式で近似できる。ただし、以下の条件が必要である。

・Vsが400m/sec以上であること。

・推定されたVsは±100m/sec程度の推定誤差が含まれている。

図3−2−20−2には、濃尾平野(愛知県、2001)で得られている3本のPS検層の結果および、濃尾平野内の2箇所で実施したS波反射法によるVpとVsを併せて表示した。これらの結果から、Vsが400m/sec以上の堆積層中においては、濃尾平野におけるVpとVsの関係も、概ね(3.2.2)式で近似できることがわかる。

以上のように伊勢平野内においてはVsが400m/sec以上の堆積層中においては、P波速度からS波速度が推定できることが判った。図3−2−21には、P波反射法測線で得られたP波速度と(3.2.2)式を用いて推定したS波速度を示した。S波速度の値については、推定誤差を含むのでその範囲を示した。基盤のP波速度については、屈折法の結果(5.5km/sec)を、S波速度については基盤内のPS検層の結果から推定した値(2.9km/sec)を用いた。

地表からある深さまでの地盤の平均S波速度は、地盤による地震波の増幅特性を評価する物理量として有効である(例えば翠川・松岡(1995))ため、地震防災を考える上では、Vsが400m/sec以下の表層部におけるS波速度構造の推定を行うことも重要である。一般に、浅部のS波速度を推定する方法は、@S波速度検層の結果による方法、AN値と土質柱状図に基づく方法およびB標高、地形地質に基づく方法(翠川・松岡(1993))などが考えられるが、伊勢平野内においては、浅部で直接的にS波速度が得られているのは防災科学技術研究所による強震観測網(K−net)観測井など限られた地点のみである。このような限られたデータから上記の方法を用いて表層のS波速度を推定することは困難である。しかしながら、伊勢平野内においては、三重県ボーリングデータベースによって、広い範囲にわたって浅部(〜20m程度)の土質柱状図とN値が得られており、今後、これらの情報からS波速度を推定することと、表層部分も含めたS波速度の直接的な観測を集積していくことが必要である。

中央防災会議事務局(2002)では、関東以西のPS検層のデータから微地形区分ごとにその地点の標高と主要河川からの距離を入力とした場合の平均S波速度の経験式の係数一覧表をまとめている(上記Bの方法)。このような情報を利用して、伊勢平野内の表層部分のS波速度を推定し、強震動記録のレシーバ関数などを用いて浅部を含めた速度構造を評価・修正していくことも、今後より正確な地震動予測を行うためには重要である。