3−1 既存資料の整理

調査地は関東平野の南西で多摩川の南側に位置し、八王子市周辺から南東に延びるローム層の発達する多摩丘陵とこの南東に接する下末吉台地、および多摩川周辺の多摩川低地から構成される(図38)。このローム層の下位には中部更新統の下総層群はなく直接第四紀更新世から第三紀鮮新世の上総層群が分布しており、さらにこれは第三紀中新世の三浦層群を不整合に覆っている。三浦層群の下位には先第三系(中・古生層)が分布しており、通常はこの先第三系が関東平野の基盤と考えられている(日本の地質3、関東地方、1986)。

川崎市周辺の活断層については、立川断層が挙げられる。新編日本の活断層(1991)によればその概要は、確実度1、活動度B、長さ21km、南西落ち上下、などとなっている。山崎(1978)によればこの断層の南東端は国立市矢川で確認され、さらにその痕跡は多摩川沖積地に接するが、多摩川を越えてその延長は確認できないとしている。一方、松田、ほか(1977)は、多摩川以南については、段丘上の変位らしきもの等の特徴が町田市成瀬付近まで追跡出来るが、これが立川断層と関係するのかどうかは不明としている。最近、東郷、ほか(1996)によって、トレンチ調査から立川断層が多摩川を超えているとする報告がある。

調査測線上には基盤に至る深いボーリングはないが、周辺には表3のようなものがある。

関東平野の重力異常図(図39)から、調査地域は川崎市から横浜市にかけての低重力部に存在しており、比較的基盤深度が深いことが想定されている(駒沢、1985;多田、1982、1983)。

鈴木(1998)は、既存の反射法および深層ボーリングのデータをもとに関東平野全域の基盤構造の検討を行っている。これによれば、今回の調査地域は、関東平野に存在するL字型の盆地構造の局所的な最深部に位置する(図40)。

小林、ほか(1985)による一連の発破実験から、関東平野南西部を中心とした広域的な地下深部構造が求められている。今回の測線とほぼ並行する黒川−東扇島測線では、4.7 km/s層は一部確定されていないが、ほぼ水平な6層速度構造モデルが提唱されている(図41−1図41−2)。また、川崎市王禅寺から横浜市川和を経て東京湾に至る線を境として基盤構造に南西落ちの顕著な段差が認められることから、立川断層との位置関係が議論されている。

防災科学技術研究所の府中地殻活動観測井で行われたVSP調査(浅野、ほか、1991;井川、ほか、1992)では、深度2700m(基盤面は深度約2000m)までのP波およびS波の速度構造が得られている(図42−1図42−2)。この結果は最終的なものではないが、基盤上部のP波およびS波速度は、それぞれ5.0 km/s、2.5 km/sを超えているようである。また三浦層群(P波2.5 km/s〜3.5 km/s、S波1.2 km/s〜1.5 km/s)と上総層群(P波約2.5 km/s未満、S波約1.2 km/s未満)の間に速度不連続が存在するようである。

府中地殻活動観測井周辺の反射法地震探査は、府中市の多摩川沿いの測線(浅野、ほか、1991)およびこれに結合する測線(山水、ほか、1995)がある。これらによると、この付近の基盤は、多摩川上流から下流に向かってゆるやかに深くなり府中の深層ボーリングの位置では約2000mとなっている。立川断層の位置では、基盤反射波の乱れが見られるが、浅部のデータの欠落などによりあまり明瞭ではない。