9−3−1 偏向解析

多点で得られた強震記録のアレー解析を行う前に、まず単点での強震記録の解析を行う。ここでは、単点での強震記録から波群を識別し、波動の型と伝播方向を求めることによって地下構造の影響を調べるために実施した、偏向解析の結果について述べる。

解析方法としては、Vidale(1986)による方法を用いた。観測された加速度記録を一回積分して速度波形とし、周期0.1s〜20sのバンドパス・フィルタを適用した波形データを解析に使用した。偏向解析前の共分散の時間平均ウィンドゥ長は3sとした。

偏向解析結果の表示例を図9−3−1に示す。NS、EWおよびUD成分の速度波形は、全データのうちの最大振幅値をフルスケールとしてプロットしている。走向角φ、傾斜角δ、楕円偏向成分PEおよび偏向性の強さPSは、以下のような振動特性を表す量である。

@ 走向角φは振動の卓越方向を示す量で−90°〜90°の値をとり、今回はφ=0°のときNS方向、φ=±90°のときEW方向の振動を表す。

A 傾斜角δは−90°〜90°の値をとり、δ=0°のとき水平、δ=±90°のとき垂直振動をしていることを表す。

B 楕円偏向成分PEは振動軌跡の楕円程度を示す量で0〜1の値をとり、PE=1のとき円振動、PE=0のとき直線的振動をしていることを表す。

C 偏向性の強さPSは0〜1の値をとり、1方向のみに完全に偏向しているときPS=1の値を示す。

横浜市の高密度強震計ネットワーク150点のうち12点での解析結果を図9−3−2に、K−NET10点での解析結果を図9−3−3に、そして神奈川県震度情報観測施設9点での解析結果を図9−3−4に示す。

S波初動は、神奈川県震度情報観測施設のMNZで最も早く到達し、時刻は26.5s程度である。(以下、時刻はすべて波形データのスタート時刻10:30:30を基準とする。)その他の観 測点におけるS波初動走時は、神奈川県南部から北へ行くほど走時が大きくなり、ほぼ30〜40sの走時範囲である。

神奈川県東部では、S波初動部でほぼ|φ|>70°、δ〜0°を示し、PEも小さい。これらの結果および震央位置より、SH波であると考えられる。

神奈川県中部から西部にかけても、東部と同様な傾向にあるものの、いくつかの観測点(K−NETのKNG013、神奈川県震度情報観測施設のSMK、OOI)でPEが大きい。

S波初動後の後続波群については、神奈川県東部において、時刻50〜60s以降に、概して|φ|が大きく、δ〜0°、PE〜0の特徴を有するLove波と考えられる長周期の波群が認められる。ただし、横浜市北西部に位置する観測点ab03s、md02s、sy02sでは、S波初動からLove波に移行する間の時刻60〜80s付近に、δ〜0°であるが、PEが大きく、φが時間とともに変化する波群が認められる。

一方、神奈川県中部から西部にかけては、東部に比べて表面波に相当する長周期の後続波群が見られず、全体的に短周期の振動が卓越するとともに、振動継続時間が短い傾向にある。また、S波初動後のφ、δおよびPEの時間変動が大きく、特定の波群が長時間継続する傾向が見られない。

神奈川県中部から西部にかけては、短周期成分が卓越しているために長周期成分の波群の識別が困難であることが考えられるため、やや長周期帯域での振動性状を調べることを目的として、周期5s〜20sのバンドパス・フィルタを適用したデータについても偏向解析を行った。その結果を図9−3−5図9−3−6図9−3−7に示す。

神奈川県東部については、長周期の後続波群が卓越していることから、前述した結果と同様の傾向を示し、安定した表面波の波群が認められる。神奈川県中部から西部にかけては、やや長周期成分の波動が認められるものの、概してφおよびδの時間変動が大きく、またPEも大きい。ただし、KNG013(小田原)では、時刻80〜130sにφ〜10°、δ〜0°、PE〜0.27の安定した波群が見られ、EW成分よりもNS成分が卓越するという、他の観測点とは異なる現象を示している。

前述したような、神奈川県中部から西部にかけて見られる複雑な現象には、基盤深度が浅いことや、地下構造の水平方向の不均質性が大きいといったことが関わっており、地下構造の3次元的効果が現れたものと考えられる(東, 1994)。