10−2 地震動特性と地下構造モデルの対比

第9章では、本調査で求められた神奈川県下の3次元地下構造モデルを強震観測記録により検証した。そのなかで、9.1節においては、県内広域に分布するK−NETの14観測点における比較的深い地震による観測記録に対して1次元の検証を行った。その結果、1〜10Hzの周波数帯域での鉛直S波入射による理論増幅特性と観測記録の地震動特性との間には良い対応が見られた。また、そのうちの2地震(1998/08/29東京湾の地震及び2000/06/03千葉県北東部の地震)を例にとり行ったS波の周波数応答関数による1次元地震動シミュレーション結果でも、水平2成分合成スペクトルは観測値と計算値とでほぼ良好な一致が得られ、本調査で求められた地下構造モデルの妥当性が認められた。ただし、一部の地点では、3Hz程度より高周波帯域(川崎・藤沢・秦野の5Hz程度より高周波帯域、横浜の3~5Hz付近、三崎の4Hzのピーク、厚木の4~5Hz付近)において、観測記録のスペクトルと理論増幅特性とが一致しない部分があり、浅部構造に対する検討の必要性が認められた。また、1次元地震動シミュレーションによる検証において、東京湾の地震は千葉県北東部の地震に比べ観測値と計算値の一致度が若干悪い結果となり、東京湾の地震では各観測点の基盤への入力波に差異が大きかったためと考えられた。これらの点に関して行った検討結果を以下に述べる。

まず、地震記録のスペクトルと鉛直S波入射による理論増幅特性の不一致部分については、定性的には高周波帯域については浅部構造が、また低周波帯域については深部構造が主に寄与しているものと考えられる。ここでは、図9−1−3に示した地下構造モデルのどの層が、どの周波数帯域に影響を与えているかをより定量的に見るために、各層の物性値に対するS波増幅率の偏微分係数を計算して検討を行った。

各層の物性値として、S波速度 が増幅率 ( は周波数)に最も影響を与えることから、S波速度に対する増幅率の偏微分係数∂H(f)/∂V(i)を差分近似

   (式10−1

により計算した。ただし、V(i) は第 層のS波速度を表す。

計算に用いた観測点は、地震記録のスペクトルとの一致度が悪かった川崎、横浜、三崎、藤沢、厚木および秦野の6地点である。計算結果を図10−2−1に示す。以下、各観測点毎に特徴を述べる。

(1) 川崎

第2層および第4〜5層が低速度層となっており、これらの層での偏微分係数が大きい。とくに、周波数5Hz以上の帯域については、第2層の影響が大きい。

(2) 横浜

第2層が低速度層となっており、この層での偏微分係数が大きい。周波数3〜5Hzにおける不一致については、第2層の影響が大きい。

(3) 三崎

S波速度は深度に対して単調増加型であり、低速度層はない。第2層と第3層との間の速度コントラストが大きく、偏微分係数は第1層および第2層で大きい。周波数4Hz付近に存在するピークの不一致については、第3層以浅の構造が影響しているものと考えられる。

(4) 藤沢

第3層に対して第4層が低速度層となっており、第4層と第5層の間の速度コントラストが大きい構造モデルである。偏微分係数は、周波数5Hz以上で第1〜2層、5Hz以下で第4〜5層の値が大きい。したがって、周波数5Hz以上の帯域については、第3層以浅の構造が影響しているものと考えられる。

(5) 厚木

藤沢と同様に、第3層に対して第4層が低速度層となっており、第4層と第5層の間の速度コントラストが大きい構造モデルである。偏微分係数は、周波数2Hz以上で第1〜2層、2Hz以下で第4層の値が大きい。したがって、周波数4〜5Hz付近の不一致については、第3層以浅の構造が影響しているものと考えられる。

(6) 秦野

三崎と同様に、S波速度は深度に対して単調増加型であり、低速度層はない。第2層と第3層との間の速度コントラストが大きく、偏微分係数は第1層および第2層の値が周波数5Hz以上の帯域で大きい。したがって、周波数5Hz以上の帯域における不一致については、第3層以浅の構造が影響しているものと考えられる。

また、全観測点について、概ね第6層以深の層での偏微分係数は1〜10Hzの周波数帯域において、零線近傍で激しく振動する特徴を示し、全体的なスペクトル形状への寄与は小さいものと想定される。

以上のように、今回検討した構造モデルについては、周波数3Hz程度より高周波帯域におけるスペクトル形状の不一致に関して、

@ 浅部(深度約30m以下)に存在する速度コントラストが大きい速度層以浅の構造、

A 浅部に存在する低速度層

の影響が大きいものと考えられる。

次に1次元地震動シミュレーション結果で、千葉県北東部の地震(2000/06/03)に比べ東京湾の地震(1998/08/29)で観測値と計算値の一致度が低かったのは、各地点の基盤における地震動に差異が大きかったためと推定された。その原因の一つに震源メカニズムの影響が考えられる。図10−2−2は、気象庁(1998、2000)による上記2地震の発震機構解を示したものである。この図から、2つの地震のラディエーションパターンによる神奈川県内のS波の振幅分布は、千葉県北東部の地震の場合にはそれほど差が出ないセンスであるのに対し、東京湾の地震の場合には県中央部(東西方向)で小さく、北部及び南東部で増大するセンスとなっていることが分かる。また、東京湾の地震は震央が神奈川県に近く県域に対する見込み角が大きく、各観測点への伝播経路も異なっており、この影響もあるものと考えられる。したがって、2次元、3次元的な地下構造の影響が小さいと考えられる深い地震でも、その地震動を予測する際には、震源メカニズムや伝播経路の影響も評価した予測を行う必要があるものと思われる。