(1)線型地盤応答解析

S波多重反射理論に基づく線型地盤応答解析により、各観測地点における理論波形、フーリエスペクトル、増幅スペクトルの計算を行い、地震記録から求められる結果と比較を行い、モデルを検証する。図26に、一次元シミュレーションの概念図(H12千葉県地下構造調査報告書より加筆、引用)を示す。基盤入射波がS波鉛直入射であるという仮定を行っているため、地域直下で発生した比較的深い地震が望まれる。今回は、2003年10月15日に東京湾(深さ74km)で発生した地震を使用した。この震央位置を図11に示す。地下構造モデルの検証に使用した地震観測点は、K−Net・KiK−Net観測点のうち、千葉県中央部地域を中心とするの記録の良好な25地点(K−Net・KiK−Net観測点)を選択した。基盤入射波形は、基盤岩の地質や入射方向などが調査地域内でもある程度異なっていると考えられるため、その計算には、千葉県中央部地域を5つのブロックにわけ、各ブロックの中のKiK−Net(地中地震計)を基準観測点として使用した。図27には、一次元解析を行った25観測点と、5つのブロックを示している。基準観測点は以下の通りである。

ブロック KiK−Net基準観測点 設置深度(m) 地震計が設置された地層

北西部 下総観測井 2277 岩盤

北部 成田観測井 1288 岩盤

東部 千葉観測点 1935 上総層群

西部 富津観測点 1997 三浦層群相当層

南部 養老観測点 1920 三浦層群相当層

基準観測点で作成された基盤入射波形(解放基盤における波形)を各ブロックにおける観測点の入射波形とした。この際、減衰などによる振幅のスケーリングは行っていない。地震観測記録の波形処理は、S波主要動から80秒間を対象とした。抜き出した波形の端部には、1秒のコサインテーパーによるミュートを施した。水平動スペクトルは、水平動2成分と上下動の切り出した波形のフーリエ振幅スペクトルを求めた。一方、地下構造モデルに対しての理論スペクトルは、三次元地下構造モデルから観測点位置に当たる地点を抜き出した一次元地下構造モデルに対して、線形地盤応答解析を計算することにより求めた。具体的には、一次元モデル(水平多層+半無限)に対するHaskellマトリックス法(SHAKEプログラム)を使用して計算した。

図28に、速度モデルの違いによる増幅スペクトルの違いを表す例を示す。図中には、CHBH13成田において、上総層群のS波速度の違いによる増幅スペクトルの違いを示している。上総層群は、その層厚が地域によって大きく変化するので、そのブロックごとの平均値(代表値)も地域によって異なる。上記の例では、上総層群のS波速度を地域によるばらつきの範囲で変化させたとき、第1ピーク周期が有意に変化することを示している。

図29−1図29−2図29−3図29−4図29−5図29−6には、再解析を行った後の微動モデル(平成15年度千葉県地下構造調査)と今回のモデルによる解析結果の比較を示した。観測点の近傍に平成15年度千葉県地下構造調査で実施された微動アレー観測点が存在する5地点(CHBH04下総、CHBH12富津、CHBH10千葉、CHB001野田、CHB014姉崎)において比較を行った。実際は、両者の位置が完全に一致せずに2〜3kmほど離れていために、各層面深度に200〜300mの食い違いが現れている(CHBH12富津、CHB001野田、CHB014姉崎)。特に、姉崎地区は基盤が東へやや急に傾斜しており、2km程度離れたCHB014観測点と微動アレー観測点で、基盤に約500mの違いがあると推定されている。ただし、各層のS波速度の対応は良好であり、堆積層平均速度やピーク周期に関しては概ね一致している。

図29−6には、CHBH04下総観測点におけるVSP結果(山水ほか、1999)との比較を示している。VSP結果は、中間層の速度が深度とともに漸増している様子がわかり、より真実に近いものと考えられる。ただし、S波速度のトレンドは調和的であり、堆積層平均速度やピーク周期に関しては概ね一致している。

図30−1図30−2図30−3図30−4図30−5図30−6図30−7図30−8図30−9図30−10図30−11図30−12図30−13図30−14図30−15図30−16図30−17図30−18図30−19図30−20図30−21図30−22図30−23図30−24図30−25には、各観測点での一次元解析の結果を示す。S波多重反射理論に基づく計算結果(波形、フーリエスペクトル、増幅スペクトル)について、黒が観測結果、青がシミュレーション結果を示す。波形のピーク振幅をカイン(cm/s)で表示している。微動アレー観測点が近傍にある場合には、その微動モデル結果(H12千葉県地下構造調査)を赤色であわせて表示している。上述したように、微動アレー観測点が多少ずれているため、両者で層面深度に違いが見られるが、概ね一致している。また、KiK−Net 観測点においては、VSP探査結果(山水ほか1999、防災科学技術研究所ホームページ)が公表されており、これらの地点ではこれらのデータも併せて表示した。

地中に地震計が設置されている5基準観測点(CHBH04(下総)、CHBH13(成田)、CHBH12(富津)、CHBH10(千葉)、CHBH11(養老))では、地表地震計とスペクトル比(増幅率)を求めることで、直接、地下構造モデルの検証を行うことが可能であった。

5つの基準観測点のうち、基盤岩に地震計が設置されているCHBH04(下総)、およびCHBH13(成田)観測点では、ピーク周波数が極めて良い一致を示した。これらの地点は、PS検層も含めた各種物理探査により、基盤までの速度構造が精度よく求められており、作成された速度モデルの層区分ならびに速度推定値が適切であると考えられる。中間層(上総層群または三浦層群相当層)に地震計が設置されている、CHBH12(富津)、CHBH10(千葉)、CHBH11(養老)観測点も、比較的、増幅スペクトル等が合っていて、速度モデルが十分適切であると考えられる。

上記5地点で推定された基盤入射波については、それぞれ波形および振幅が少なからず異なっている。特に、CHBH13(成田)では、他の4点より振幅が1/3未満であり、極端に小さい値を示している。この理由として、震源の放射パターンの方位角依存による効果が大きいと考えられる。図31には、5つのKiK−Net基準観測点(CHBH13成田、CHBH04下総、CHBH12富津、CHBH10千葉、CHBH11養老)で推定された基盤入力波形およびスペクトルを示している。発振機構による放射パターンの違いから、震源の方位によって振幅、波形が有意に変化している。このことから、使用した地震の震源は十分深いため各観測点に対して平面波入射していると近似できるが、基準観測点と観測点との距離が離れた場合、放射条件の違いから入射波形が適切に推定できていない可能性がある。特に、5ブロックの中で南部地域の基準観測点(CHBH11,養老)が、南部全域の基準波形を表現しているとは言いがたい。

基準観測点以外の観測点においては、周期1秒以上の領域においては、理論増幅度のレベルが観測記録より推定した増幅度のレベルと許容範囲(50%〜200%)の精度において整合している。また、堆積層の卓越周期を反映した理論ピークが、明瞭ではないが、S波記録より推定した増幅度のピーク周波数と概ね対応しているようにみえる。特に、第1ピーク周期に対しては、不明瞭な観測点もあるが、ほとんどの観測点において良い一致をしている。具体的には、千葉県北部(成田、我孫子、印西)で6〜7秒台を示し、千葉県中央部(千葉、市原)で最大になり11秒程度、千葉県南部では、モデルの信頼性が低いが北部より小さくなるようであり、富津では、9〜10秒、勝浦では7秒を示している。このことから、地下構造モデルで与えられる基盤深度と各層のS波平均速度が妥当であると結論づけられた。

図32−1図32−2に、堆積層のモデル化の違いによる地震動スペクトルの比較を示す。富津観測点に対して、モデル1では保田層まで、モデル2では三浦層まで、モデル3では上総層まで、モデル4では下総層まで、モデル5では表層まで堆積層をモデル化した場合のスペクトルの例を示す。このことから、表層地盤の固有周期は2秒弱であると判る。今回の表層のS波速度構造については、K−Net・KiK−NetのPS検層・土質データを参照しているが、25点のいずれの地点も表層地盤(N値50未満)の固有周期は、2秒未満であった。

このように、周期2秒より高周波側では表層地盤の影響が大きいと考えられる。つまり、周期2秒未満の高周波領域は、下総層群より浅い表層構造を強く反映すると考えられる。表層部は、K−Net・KiK−NetのPS検層・土質データに見られるように、深さ方向にも水平方向にも不均質で、三次元モデルで再現するのは困難である。また、浅い構造による散乱効果も大きいと考えられる。この扱いに対しては、微地形区分などに基づく増幅率による補正、または、統計的・経験的な手法(入倉ほか、2002)が現状では有効とされている。今回は、地下構造調査の目的が深部の三次元地下構造モデルの構築であることから、主に深部地下構造の増幅効果を反映する、周期が2〜3秒より長いやや長周期帯を調査対象としており、浅部地盤に影響される周期2秒以下の地震動については今後の調査が必要である。なお、浅部地盤を考慮に入れなくても、長周期帯域の増幅スペクトルは、ほとんど影響を受けないことが、図32−1図32−2(モデル1とモデル6の比較)から読み取れる。逆に、短周期帯域について議論する場合は、浅部地盤の速度構造情報が必要となる。

図中の青線、赤線は、それぞれQ値の周波数特性(f1−0、f0−7)を変化させたものであるが、周期数秒以上の振幅に対する両者の違いは顕著ではなく、今回の手法からQ値の周波数依存性について明確な結果は得られていない。ただし、高周波部分と低周波部分の振幅バランスから、今回の結果では、f1−0の方がやや整合性が見られたので、堆積層のQ値については、周波数の1−0乗に比例するように周波数依存性(Q = K f 1−0)を与えた。ここで、Kの値は、各層ごとに定義して、S波速度の1/20〜1/30程度で与えた。堆積層のQ値については、地中観測データやVSPデータなどに基づく資料が必要であるが、千葉県地域においては十分な資料がないのが現状である。今回使用したデータからQ値に関する詳細な議論はできないので、関東平野における既存の資料を参考にして、試行錯誤の末に一意的に与えた。