1-1 図表の作成方法について
測機関、大学等による【余震】分布をもとに震源域を
引いた。 【余震】回数を示しているグラ
ている地震について、【余震】回数の推移を示すグラ
すグラフを掲載した。【余震】回数は、ある観測点で
であった場合に、有感【余震】としている。
2-2 地震とは何か
が発生すると、その後【余震】と呼ばれる比較的規模
地震が多数発生する。【余震】の多くは本震の震源域
から1日程度の間)の【余震】の分布は、本震の震源
たがって、このような【余震】の分布から本震の震源
くる(図2-13)。【余震】の回数は、本震の直後
ことが知られている。【余震】の規模Mは、最大のも
が、本震に近い規模の【余震】が発生することもある
2-5-1 地震動に関係した被害
べりなどは、本震後の【余震】や降雨などにより発生
3-2-1 十勝沖地震
被害が生じた。 【余震】回数は順調に減少し、
し、3月末には有感の【余震】がほとんど発生しなく
0日にM6.8の最大【余震】が発生し、本震の被災
3-2-2 平成5年(1993年)釧路沖地震
伴わなかった。 【余震】の発生回数は順調に減
同年2月4日には最大【余震】(M4.9)が発生し
3-2-3 平成5年(1993年)北海道南西沖地震
の課題である。 【余震】回数は順調に減少した
(図3-17)。最大【余震】(M6.5)は、同年
3-2-4 屈斜路湖付近の地震
布を示す。この地震の【余震】は、気象庁釧路測候所
3-2-5 昭和57年(1982年)浦河沖地震
った{25}。 【余震】の発生回数は順調に減
(図3-23)。最大【余震】は本震の約8時間後に
4-2-1 明治三陸地震及び三陸地震
図4-11)。 【余震】活動を見ると、明治の
おり、これらが最大の【余震】であった(図4-12
間後にM6.8の最大【余震】が発生しており、本震
約半年間にM5以上の【余震】は77回観測された(
4-2-2 1968年十勝沖地震
る。 この地震の【余震】活動の中で、特に本震
日)のM7.5(最大【余震】)、6月12日のM7
7.2は規模の大きな【余震】であり、東北北部から
に、5月16日の最大【余震】では、北海道南部の浦
震度5が観測された。【余震】回数は、6月12日の
回数は、6月12日の【余震】で一時増加したが、順
4-2-3 1978年宮城県沖地震
この地震の最大【余震】は、本震の2日後の6
2日後の6月14日に【余震】域の東端で発生したM
4-2-4 平成6年(1994年)三陸はるか沖地震
生したM7.1の最大【余震】は、発生した場所が岩
害が生じた{27}。【余震】活動は活発であり、1
あり、1月7日の最大【余震】に伴って一時増加した
って一時増加したが、【余震】回数は順調に減少した
4-2-5 陸羽地震
被害が生じた。また、【余震】の状況を図4-32に
4-2-6 昭和58年(1983年)日本海中部地震
図4-36)。 【余震】活動を見ると、本震発
域で、M7.1の最大【余震】が発生した。この最大
が発生した。この最大【余震】により、青森市などで
、小津波も発生した。【余震】回数は最大余震に伴い
した。余震回数は最大【余震】に伴い一時増加したが
4-3-2 岩手県
、大きく見ると本震-【余震】型の経過をたどった{
4-3-3 宮城県
この地域では、本震-【余震】型の地震が発生するこ
、大きく見ると本震-【余震】型の経過をたどった{
は、M6以上の本震-【余震】型の地震が発生するほ
4-3-4 秋田県
の南方で発生した最大【余震】の方向には活動度C級
県南東部では、本震-【余震】型の地震が発生するこ
、大きく見ると本震-【余震】型の経過をたどった{
に、M6程度の本震-【余震】型の地震が発生するこ
4-3-5 山形県
ある)のように本震-【余震】型の地震が発生したこ
、大きく見ると本震-【余震】型の経過をたどった{
4-3-6 福島県
が生じた。この地震の【余震】活動は非常に活発であ
発であり、M7程度の【余震】だけでも約2ヶ月間に
日にはM7.4の最大【余震】が発生した。この海域
うにM6程度の本震-【余震】型の地震が発生したこ
5-2-1 関東地震
部の広い地域で多くの【余震】が発生した(図5-1
図5-15)。最大の【余震】(M7.3)は、本震
5日には、M7.3の【余震】(丹沢地震と呼ぶこと
5-2-4 (安政)江戸地震
津波の報告はないが、【余震】は数多く発生したと考
5-2-5 西埼玉地震
この地震の有感の【余震】は、3週間程度でほと
なった。また、最大の【余震】は、およそ2週間後に
5-2-6 千葉県東方沖地震
また、この地震の最大【余震】は、本震の約1ヶ月後
5-2-7 (明治)東京地震
、(明治)東京地震の【余震】と考えられる地震は、
5-3-8 神奈川県
923年の関東地震の【余震】である1924年の丹
6-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
。 有感、無感の【余震】回数は、図6-14の
少した。また、最大の【余震】は、12月12日に発
6-2-2 濃尾地震
この地震の有感の【余震】回数は、図6-19の
0日にM6.0の最大【余震】が発生した。 濃
6-2-3 福井地震
の地震の有感、無感の【余震】回数は、図6-23の
衰した。また、最大の【余震】は、本震の直後(6分
6-2-4 天正地震
どでも被害が生じた。【余震】は翌天正14年1月ま
た。京都でも約1年間【余震】が感じられた{27}
6-2-5 新潟地震
の地震の有感、無感の【余震】回数は、図6-29の
衰した。また、最大の【余震】は、本震の直後(16
6-2-6 伊豆半島とその周辺及び伊豆大島近海
の地震の有感、無感の【余震】回数は、図6-33の
衰した。また、最大の【余震】は、本震の約1時間後
島西部では翌日の最大【余震】(M5.8)によって
のことである。有感の【余震】回数は、図6-38の
少した。また、最大の【余震】は、1月15日に発生
7-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
大きな被害が生じた。【余震】活動を見ると、M6以
を見ると、M6以上の【余震】は12月12日までの
測されており、最大の【余震】は12日に発生したM
6-14)。12日の【余震】より後には、M6以上
り後には、M6以上の【余震】は観測されていない。
より異なる{15}。【余震】活動を見ると、M6以
を見ると、M6以上の【余震】は翌年2月までの約二
生から一ヶ月あまりの【余震】回数の推移を示した。
推移を示した。最大の【余震】は、本震の約1年4ヶ
7-2-2 平成7年(1995年)兵庫県南部地震
数多くの有感・無感の【余震】が観測されたが、余震
余震が観測されたが、【余震】活動は順調に減衰した
調に減衰した。最大の【余震】は、本震の約2時間後
7-2-3 北丹後地震
北丹後地震では、【余震】調査のために臨時観測
が行われ、3次元的な【余震】の分布が初めて得られ
れた{24}。最大の【余震】は、本震約一ヶ月後の
たM6.5であった。【余震】回数を見ると、3月末
図7-24)。また、【余震】が海域にも分布してい
7-2-4 吉野地震
範囲に及んだ。 【余震】活動を見ると、観測さ
を見ると、観測された【余震】の数は少なく、最大の
の数は少なく、最大の【余震】は8月9日に発生した
7-3-1 三重県
震の数時間後には最大【余震】があったが、地域によ
、四日市付近ではこの【余震】の方が強く感じられた
7-3-7 和歌山県
活動は特定の大地震の【余震】ではない。その規模は
8-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
地震に伴うM5以上の【余震】は翌年の4月までに4
、そのうちM6以上の【余震】が5回である。その中
ある。その中での最大【余震】は、12月21日と、
。一連の活動での最大【余震】は、1948年4月1
8-2-2 鳥取地震
た。 M4以上の【余震】は1944年の4月ま
0個以上あり、最大の【余震】は本震の翌日の9月1
図8-14)。また、【余震】域では1983年にM
8-2-3 芸予地震
の約5時間後、大きな【余震】(M6.0)がやや南
2)にも大きな規模の【余震】があった。このうち後
うち後者の地震が最大【余震】である。 芸予地
9-2-1 日向灘の地震
が到達した{14}。【余震】は順調に減少した(図
9-2-2 奄美大島近海
8}(図9-14)。【余震】は順調に減少した(図
があるが、この地震が【余震】域で発生した地震かど
9-2-4 島原半島の地震
などの被害が生じた。【余震】は順調に減少した(図
9-3-7 鹿児島県
度5強を記録した最大【余震】(M5.5)が発生し