2-1 日本列島とその周辺の地震活動
 ことが分かる。日本列【島】は、この帯状の地帯に
  この項では、日本列【島】とその周辺において、
  図2-2は、日本列【島】とその周辺で最近約7
 とれる。また、日本列【島】の陸域では、深さ約2
 生する地震は、日本列【島】に近づくにつれて、よ
 が高い。また、房総半【島】沖から相模湾、九州地
 、九州地方から南西諸【島】の太平洋側沖合に帯状
 いる。さらに、日本列【島】の陸域、特に活断層(
2-3 プレートテクトニクス
 た。それでは、日本列【島】とその周辺地域の下に
 た最近1年間の日本列【島】各地における大地の移
 で、この図は、日本列【島】の各地が大陸に対して
 、最近1年間に日本列【島】がどのように変形した
 南関東地方から紀伊半【島】さらに四国にかけての
 上のことから、日本列【島】の地下では、現在一般
 や本項で記した日本列【島】に働く力を統一的に説
 ないだろうか。日本列【島】の太平洋側沖合の帯状
 わせる。一方、日本列【島】が広い範囲で東西方向
 とは、東方から日本列【島】に向かって何かが押し
 るいは大陸側が日本列【島】を西方から押している
   それでは、日本列【島】とその周辺でのプレー
 の研究の結果、日本列【島】とその周辺は、複数の
 される。実際、日本列【島】の周辺には、このよう
 -7)。  日本列【島】とその周辺には、太平
 {9}の速さで日本列【島】に近づき、日本海溝な
 み込んでいる。日本列【島】(東北日本)を東西に
 平洋プレートが日本列【島】の下へ沈み込んでいる
 }程度の速さで日本列【島】に近づき、南海トラフ
   次項では、日本列【島】とその周辺で発生する
 。  なお、日本列【島】周辺のプレートに関す
2-4 日本列島とその周辺
 までにおいて、日本列【島】とその周辺で発生する
 ている。  日本列【島】とその周辺で発生する
2-4-1 プレート境界付近で発生する地震
 プレートが沈み込む千【島】海溝、日本海溝、伊豆
 トラフ、さらに南西諸【島】海溝付近にかけては、
2-4-2 陸域の浅い地震
        日本列【島】の陸域では、阪神・淡
 ることがある。日本列【島】の地下には、一般に東
 、このことは、日本列【島】の地下には、少なくと
 -23に示した日本列【島】とその周辺における主
 16}。  日本列【島】では、活断層の活動の
2-4-4 その他の地震
 ことが多い。また、桜【島】の大噴火に伴った19
 伴った1914年の桜【島】の地震(M7.1)の
 ある。例えば、伊豆半【島】東方沖の群発地震活動
2-5-1 地震動に関係した被害
 明石海峡付近から淡路【島】方向に断層運動が進行
2-5-3 その他の被害
 県南部地震では、淡路【島】の野島断層でずれが生
 地震では、淡路島の野【島】断層でずれが生じて、
3 北海道地方の地震活動の特徴
 は、太平洋側沖合の千【島】海溝や日本海溝から陸
 太平洋プレートは、千【島】海溝や日本海溝から北
 ぼ正面から、また、千【島】海溝ではかなり斜めの
  北海道地方では、千【島】海溝に面した北海道東
 付近から東部の知床半【島】にかけての地域も、火
 。この地域では知床半【島】周辺などに活断層が見
 、1973年の根室半【島】沖地震(M7.4)以
3-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 太平洋側沖合にある千【島】海溝と日本海溝から、
 ト間地震としては、千【島】海溝などに沿って発生
 、1973年の根室半【島】沖地震(M7.4)な
 した。太平洋沖合の千【島】海溝沿いの海域では、
 の沈み込みにより、千【島】海溝などに沿った地域
 けて歪が蓄積する。千【島】海溝に面した北海道東
3-1-2 陸域の浅い地震(深さ約20km以浅)
   北海道南西部の渡【島】半島周辺は、地形・地
 北海道南西部の渡島半【島】周辺は、地形・地質的
 る。このほか、知床半【島】周辺にも活断層が知ら
3-1-3 日本海東縁部で発生する地震
 年の神威岬沖(積丹半【島】沖)の地震(M7.5
 に挟まれた天売・焼尻【島】から利尻・礼文島にか
 焼尻島から利尻・礼文【島】にかけての西方沖合は
3-1-4 日高山脈南部の地震
 ら北東-南西方向(千【島】海溝)へと折れ曲がっ
 る{12}。また、千【島】海溝では、太平洋プレ
3-2-3 平成5年(1993年)北海道南西沖地震
 縁部の地震であり、渡【島】半島中央部の西の海域
 の地震であり、渡島半【島】中央部の西の海域で奥
 央部の西の海域で奥尻【島】のある奥尻海嶺と日本
 3)が、震源域が奥尻【島】や渡島半島西岸に近か
 、震源域が奥尻島や渡【島】半島西岸に近かったた
 源域が奥尻島や渡島半【島】西岸に近かったため、
 、津波の高さは、奥尻【島】で最大約30mに、渡
 で最大約30mに、渡【島】半島の西岸でも最大7
 大約30mに、渡島半【島】の西岸でも最大7〜8
 -14)。特に、奥尻【島】の青苗地区では、津波
 -15)。さらに、渡【島】半島の地盤が軟弱な地
 5)。さらに、渡島半【島】の地盤が軟弱な地域な
 沖地震に伴って、奥尻【島】は数十cmから1m以
 からは、これまでこの【島】は隆起してきたことが
3-3 各地域の地震活動の特徴
 差するように、知床半【島】から東へ延びる火山帯
 岬沖合で日本海溝と千【島】海溝が接し、海溝の延
 )、南西部(後志、渡【島】、檜山、胆振(苫小牧
3-3-1 東部地域
 、1973年の根室半【島】沖地震(M7.4)、
 。日本海溝北部から千【島】海溝南部にかけては、
 。このなかで、知床半【島】周辺に分布する標津断
3-3-2 中部地域
 年の神威岬沖(積丹半【島】沖)の地震(M7.5
 た。なお、天売・焼尻【島】から利尻・礼文島にか
 焼尻島から利尻・礼文【島】にかけての西方沖合は
 が、1908年の礼文【島】付近の群発地震が知ら
3-3-4 南西部地域
 域にごく近かった奥尻【島】を中心に渡島半島西部
 った奥尻島を中心に渡【島】半島西部で大津波と地
 奥尻島を中心に渡島半【島】西部で大津波と地震動
 害を受けた地域が、渡【島】半島のほぼ全域に及ん
 受けた地域が、渡島半【島】のほぼ全域に及んだ。
 (M7.7)では、渡【島】半島西岸の地域が大津
 7.7)では、渡島半【島】西岸の地域が大津波に
 741年に大津波が渡【島】半島西岸を襲い、北海
 1年に大津波が渡島半【島】西岸を襲い、北海道で
 いる。この津波は、渡【島】大島付近で発生したM
 。この津波は、渡島大【島】付近で発生したM7程
 、歴史の資料には、渡【島】大島の噴火が詳細に記
 史の資料には、渡島大【島】の噴火が詳細に記述さ
 )、1984年の奥尻【島】(最大M4.2)など
4-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 とがある。しかし、福【島】県沖では、1938年
 では、1938年の福【島】県東方沖地震(M7.
 たらす地震がある。千【島】海溝では、1993年
4-1-3 日本海東縁部
 、1940年の積丹半【島】沖地震(M7.5)や
4-2-3 1978年宮城県沖地震
 城県沖地震は、牡鹿半【島】の東方沖を震源域とし
 M6.3の地震で、福【島】市で震度4、仙台市で
4-2-6 昭和58年(1983年)日本海中部地震
 海中部地震は、男鹿半【島】沖から津軽海峡の西側
 び、山陰沿岸や朝鮮半【島】、沿海州などの日本海
4-3-1 青森県
 に、弘前以北の津軽半【島】全域に及び、死者1,
 がある。  下北半【島】周辺、県西部の岩崎や
 いる。例えば、下北半【島】周辺では、1976年
 んどであるが、下北半【島】周辺で発生した上記の
 所の近くには、下北半【島】には恐山、県西部には
4-3-3 宮城県
 に延び、県南部から福【島】県にかけての奥羽山脈
 奥羽山脈の東麓には福【島】盆地西縁断層帯がほぼ
 6年の白石の地震は福【島】盆地西縁断層帯付近で
4-3-4 秋田県
 付近で発生した男鹿半【島】沖の地震(M6.9)
 、1810年の男鹿半【島】付近の地震(M6.5
 、1810年の男鹿半【島】付近の地震(M6.5
4-3-6 福島県
          福【島】県に被害を及ぼす地震
 地震である。なお、福【島】県とその周辺で発生し
 おりである。  福【島】県の太平洋側沖合では
 ぼした1938年の福【島】県東方沖地震(M7.
 5)や1987年に福【島】県沖で続けていくつか
 ない。1938年の福【島】県東方沖地震は塩屋崎
 ようである。  福【島】県の地形を見ると、県
 奥羽山脈との境目に福【島】盆地西縁断層帯があり
 }。図4-55は、福【島】県の地形と主要な活断
 9)、1659年の田【島】付近の地震(M6 3
 5)、1943年の田【島】地震(M6.2)など
 地震(M6.5)は福【島】盆地西縁断層帯付近で
 る{68}。また、田【島】付近で発生した165
 が発生した。特に、田【島】町、下郷町周辺などで
 場合が多い。また、田【島】町付近では、1943
 では、1943年の田【島】地震(M6.2)のよ
 ある。  なお、福【島】県とその周辺における
 す。 表4-6 福【島】県に被害を及ぼした主
5 関東地方の地震活動の特徴
 関東地方では、伊豆半【島】付近や東海沖など周辺
 震、相模湾から房総半【島】沖合にかけての相模ト
 ト上に位置する伊豆半【島】が日本列島へ衝突して
 する伊豆半島が日本列【島】へ衝突しているため、
 地方南部、特に房総半【島】南部、三浦半島南端、
 房総半島南部、三浦半【島】南端、神奈川県西部に
 ついて見ると、伊豆諸【島】から伊豆半島にかけて
 、伊豆諸島から伊豆半【島】にかけては、活発な群
 、1978年の伊豆大【島】近海地震(M7.0)
 、1980年の伊豆半【島】東方沖地震(M6.7
 、1990年の伊豆大【島】近海の地震(M6.5
 発生している。房総半【島】周辺では、1987年
 部や相模湾から房総半【島】南東沖にかけての相模
5-1-1 相模湾から房総半島南東沖にかけてのプレート境界付近
 は、相模湾から房総半【島】南東沖にかけて延びる
   相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 に位置している伊豆半【島】は、陸側のプレートと
 に沈み込めず、日本列【島】に衝突するような形に
 る。このため、伊豆半【島】や神奈川県西部などで
 3(8)参照、伊豆半【島】の地震の詳細は、6-
5-1-2 関東地方東方沖合のプレート境界付近
 東地方東方沖合から福【島】県沖にかけて発生した
 (M7.0)の房総半【島】南東沖の地震、193
 地震、1938年の福【島】県東方沖地震(M7.
 発生するのに対し、福【島】・茨城県沖合以南では
 8程度の規模で房総半【島】東方沖に発生したと考
 られる地震により、福【島】県から房総半島沿岸・
 り、福島県から房総半【島】沿岸・八丈島にかけて
 ら房総半島沿岸・八丈【島】にかけて津波によって
 は、1972年の八丈【島】東方沖地震(M7.2
5-1-3 陸域で発生する地震
 地域にあたり、伊豆半【島】の衝突に伴う複雑な力
 している。特に房総半【島】南部、三浦半島南端、
 房総半島南部、三浦半【島】南端、神奈川県西部に
 に延びている。房総半【島】南部、三浦半島南端の
 房総半島南部、三浦半【島】南端の活断層帯につい
 光・足尾地域や伊豆諸【島】の周辺では、定常的に
 地震としては、房総半【島】九十九里浜付近で発生
5-2 関東地方の被害地震の例
 は、相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 の例としては、房総半【島】東方沖で発生したと考
5-2-1 関東地震
 神奈川県全域、房総半【島】の南部を含む相模トラ
 なお、真鶴岬や伊豆半【島】東岸沖の初島がこの地
 や伊豆半島東岸沖の初【島】がこの地震で隆起した
 模湾沿岸地域や房総半【島】南端では、現在の震度
 熱海で12m、房総半【島】の相浜で9.3mとな
 小田原付近から房総半【島】先端にかけての地域で
 日の9月2日に房総半【島】の勝浦沖で発生し、勝
5-2-2 元禄地震
 は、相模湾から房総半【島】の先端部、房総半島南
 半島の先端部、房総半【島】南東沖の相模トラフ沿
 模湾沿岸地域や房総半【島】南端では震度7相当の
 なった。また、房総半【島】や相模湾の沿岸部を中
 波が襲い、特に房総半【島】では6,500名以上
 ている。また、伊豆大【島】では波浮池が決壊し、
 地震に伴って、房総半【島】から相模湾沿岸にかけ
 る。隆起量は、房総半【島】の方が大きかったよう
 図5-17)。房総半【島】には、この地震に伴う
 いる。ただし、房総半【島】の被害や地殻変動の大
 関東地震より、房総半【島】側に震源域が広がって
5-2-3 1677年の房総沖の地震
 状況などから、房総半【島】東方沖で発生したと考
 。この地震により、福【島】県から房総半島沿岸・
 り、福島県から房総半【島】沿岸・八丈島にかけて
 ら房総半島沿岸・八丈【島】にかけて津波が襲い、
 て津波が襲い、房総半【島】の溺死者246余名を
5-2-6 千葉県東方沖地震
 るこの地震は、房総半【島】九十九里浜付近のやや
5-3-1 茨城県
 合や相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 東地方東方沖合から福【島】県沖にかけてのプレー
 (M7.5)の房総半【島】南東沖の地震、193
 M7.0)、同年の福【島】県東方沖地震(M7.
 ない。1938年の福【島】県東方沖地震では県内
 8程度の規模で房総半【島】東方沖に発生したと考
   相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
5-3-2 栃木県
 が発生した。また、福【島】県との県境付近で発生
 震や相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
5-3-3 群馬県
 震や相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
5-3-4 埼玉県
 主に相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
   相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
5-3-5 千葉県
 主に相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
  相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 地震の震源域は房総半【島】南端を含んでいると考
 えられており、房総半【島】南部を中心に強い地震
 元禄地震では、房総半【島】での津波による死者は
 3}が生じた。房総半【島】南端の野島崎では、こ
 た。房総半島南端の野【島】崎では、これらの地震
 した{54}。房総半【島】には、元禄地震に伴う
 東地方東方沖合から福【島】県沖にかけてのプレー
 (M7.5)の房総半【島】南東沖の地震、193
 地震、1938年の福【島】県東方沖地震(M7.
 8程度の規模で房総半【島】東方沖に発生したと考
 地形を見ると、房総半【島】の南部では丘陵地が広
 要な活断層は、房総半【島】南端近くには、活動度
5-3-6 東京都(伊豆諸島及び小笠原諸島を除く)
 主に相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
   相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
5-3-7 東京都(伊豆諸島及び小笠原諸島)
 東京都に属する伊豆諸【島】及び小笠原諸島では、
 伊豆諸島及び小笠原諸【島】では、1923年の関
 うに相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 地震によって、伊豆諸【島】の北部を中心に、地震
 がある。また、房総半【島】東方沖で発生したと考
 1972年2月の八丈【島】近海の地震(M7.1
 972年12月の八丈【島】東方沖地震(M7.2
 いない。なお、伊豆諸【島】周辺で発生した主な被
 図5-52は、伊豆諸【島】及び小笠原諸島の地形
 伊豆諸島及び小笠原諸【島】の地形と主要な活断層
 である。  伊豆諸【島】の周辺では、火山活動
 る。最近では、伊豆大【島】では1986年11月
 の地震が発生し、三宅【島】では1983年10月
 れている。また、三宅【島】の南方ではその前年の
 震が発生している。新【島】及び神津島の近海では
 ている。新島及び神津【島】の近海では、ここ数年
 また、1936年の新【島】近海の地震(M6.3
 (M6.3)では、新【島】・式根島で死者3名な
 3)では、新島・式根【島】で死者3名などの被害
 }が生じた。なお、新【島】と神津島の最新の噴火
 た。なお、新島と神津【島】の最新の噴火活動は、
 。  また、伊豆半【島】など周辺地域で発生す
 。  また、伊豆諸【島】及び小笠原諸島周辺に
 伊豆諸島及び小笠原諸【島】周辺における小さな地
5-3-8 神奈川県
 主に相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
  相模湾から房総半【島】南東沖にかけてのプレ
 いる。さらに、三浦半【島】を含む県東部には、な
 要な活断層は、三浦半【島】には活動度A級の三浦
 は活動度A級の三浦半【島】断層群が北西-南東方
 る。このうち、三浦半【島】断層群は断層の南側が
 注1も参照)。三浦半【島】断層群については、こ
 海プレート上の伊豆半【島】が陸側のプレートの下
 ン海プレートと伊豆半【島】の間が、裂けるような
 30kmでは、伊豆半【島】が陸側のプレートに衝
6 中部地方の地震活動の特徴
 ことができる。日本列【島】の中で中部地方から近
 レート上にある伊豆半【島】が日本列島に衝突して
 ある伊豆半島が日本列【島】に衝突している。関東
 、中部地方は、日本列【島】の中でも地殻変動が大
 。 さらに、伊豆半【島】東部及びその周辺海域
 動もみられる。伊豆半【島】とその周辺では、19
 ごく最近では、伊豆半【島】東方沖(伊東市付近の
 地震があった。能登半【島】沖では、1993年に
6-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 ともに、房総、伊豆半【島】から九州に至る太平洋
 たらす。特に、紀伊半【島】沖から東海地方の沖合
6-1-2 陸域の浅い地震
 が多い。一方、伊豆半【島】の周囲はフィリピン海
  中部地方は、日本列【島】の中でも最も地殻変動
 いない。  伊豆半【島】周辺を除く明治以降の
 や1993年の能登半【島】沖の地震(M6.6)
 6.6)など、能登半【島】から西の日本海の沖合
 られる。なお、能登半【島】などの北陸地方の沿岸
 。  一方、伊豆半【島】周辺では、1970年
 発生している。伊豆半【島】には比較的新しい時代
 大きく異なる。伊豆半【島】はフィリピン海プレー
 は1974年の伊豆半【島】沖地震(M6.9)や
 や1978年の伊豆大【島】近海地震(M7.0)
 発生している。伊豆半【島】北東部、伊東市周辺で
 ている。また、伊豆半【島】の北部にある北伊豆断
 発生している。伊豆半【島】東方沖、箱根火山近傍
6-2 中部地方
 上げる。また、伊豆半【島】周辺で発生した被害地
6-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
 政東海地震は、紀伊半【島】東部の沖(熊野灘)か
 かった。津波は房総半【島】〜高知県の沿岸を襲い
 東南海地震は、紀伊半【島】東部の沖(熊野灘)か
 12)。津波は伊豆半【島】から紀伊半島の間を襲
 は伊豆半島から紀伊半【島】の間を襲い、津波の高
6-2-2 濃尾地震
 の範囲は仙台から鹿児【島】にまで及んだ。被害は
6-2-5 新潟地震
 であり、新潟市、佐渡【島】相川町、酒田市、仙台
 となった。また、佐渡【島】の両津湾付近で3m前
 近で3m前後、能登半【島】周辺までの沿岸で1〜
 となった。さらに遠く【島】根県隠岐諸島でも水田
 らに遠く島根県隠岐諸【島】でも水田が冠水した。
 この地震で新潟県の粟【島】は全体としては1m隆
 が上がるように傾き、【島】の東側が1.6m、西
6-2-6 伊豆半島とその周辺及び伊豆大島近海
        伊豆半【島】とその周辺では、陸域
 こで取り上げる伊豆半【島】沖地震や伊豆大島近海
 豆半島沖地震や伊豆大【島】近海地震はこのタイプ
 である。  伊豆半【島】沖地震は伊豆半島南端
 豆半島沖地震は伊豆半【島】南端部分を震源域とす
 この地震以後、伊豆半【島】およびその周辺地域で
 こった。  伊豆大【島】近海地震は、伊豆大島
 島近海地震は、伊豆大【島】の西方から伊豆半島中
 大島の西方から伊豆半【島】中部にかけてを震源域
 る地震であり、伊豆大【島】、横浜市で震度5が観
 図6-35)。伊豆半【島】中南部で、死者25名
 {38}ほか、伊豆大【島】でも住家の一部破損な
 -37)。また、湯ケ【島】町持越鉱山の鉱さい堆
 被害が生じた。伊豆半【島】西部では翌日の最大余
 波も発生した(伊豆大【島】岡田70cm、南伊豆
 ら夜半過ぎまで伊豆大【島】西方で最大M3.7を
 っきりしない。伊豆半【島】では地表に断層運動に
 わかるように、伊豆半【島】周辺では地震動による
6-3-1 新潟県
 3(6)参照)。佐渡【島】にも、北東-南西方向
 7)、1927年の三【島】郡関原の地震(M5.
 いる。いずれも、佐渡【島】付近の海域で発生した
 62年の地震では佐渡【島】において地震動による
6-3-2 富山県
 びえ立ち、また能登半【島】側は丘陵地になってい
 、1933年の能登半【島】の地震(M6.0)な
6-3-3 石川県
 地形をみると、能登半【島】には丘陵地が広がり、
 たものである。能登半【島】には、その丘陵地を断
 はB級である。能登半【島】には、このほか長さ数
 かけての地域や能登半【島】、さらにはそれら地域
 生じた。  能登半【島】周辺では、1729年
 地震が発生し、能登半【島】先端付近で死者、家屋
 年の地震では、県内鹿【島】郡で死者3名、家屋倒
 、1993年に能登半【島】沖で、M6.6の地震
 。なお、この地震で輪【島】の験潮場などにおいて
 津波が観測された(輪【島】では最大波高26cm
 生じた。また、能登半【島】では、日本海東縁部の
 地震のなかで、紀伊半【島】沖から遠州灘、駿河湾
6-3-4 福井県
 地震のなかで、紀伊半【島】沖から遠州灘ないし駿
6-3-5 山梨県
 のところでは、伊豆半【島】をのせたフィリピン海
6-3-8 静岡県
 って、県内では伊豆半【島】を中心として死者・行
 8.4)では、紀伊半【島】沖から駿河湾(駿河ト
 広がっている。伊豆半【島】は比較的新しい時代の
 断層としては、伊豆半【島】北部の北伊豆断層帯お
 震度6となった伊豆半【島】北部を中心に死者25
 参照)。  伊豆半【島】では、1974年伊豆
 は、1974年伊豆半【島】沖地震(M6.9)で
 }、1978年伊豆大【島】近海地震(M7.0)
 照)。その後も伊豆半【島】東部を中心として、1
 ている。また、伊豆半【島】東岸の沖では、198
 、1980年の伊豆半【島】東方沖地震(M6.7
6-3-9 愛知県
 の東岸に沿って知多半【島】が延び、またその南東
 たその南東には渥美半【島】が西方に突き出してい
7 近畿地方の地震活動の特徴
 地形を見ると、紀伊半【島】には東西に延びる中央
7-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 、日本海溝から日本列【島】の下に沈み込んでいる
 おり、四国沖〜紀伊半【島】沖(南海沖)だけを震
 変動を見ると、紀伊半【島】南部が1944年の東
 の地震により、紀伊半【島】が載っている陸側のプ
 がある。なお、紀伊半【島】南東部で発生した18
7-1-2 陸域の浅い地震
 地形を見ると、紀伊半【島】の中央部を東西に横切
 都、神戸を通り、淡路【島】に至る断層帯がある。
 、中央構造線の紀伊半【島】中央部より西は中央構
 断層帯及び六甲・淡路【島】断層帯で発生した可能
 、京都府北部の丹後半【島】で1927年の北丹後
7-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
  東南海地震は紀伊半【島】南東部から静岡県西部
 て、南海地震は紀伊半【島】南西部から四国の太平
 南海地震では、紀伊半【島】東部を中心に強い地震
 -7)。また、伊豆半【島】から紀伊半島にかけて
 、伊豆半島から紀伊半【島】にかけての太平洋沿岸
 海地震に伴って紀伊半【島】東部の海岸は30〜4
 南海地震では、紀伊半【島】南部を中心に強い地震
 地震に伴って、紀伊半【島】や四国の室戸半島では
 伊半島や四国の室戸半【島】では地面が隆起した。
7-2-2 平成7年(1995年)兵庫県南部地震
 部の阪神地域から淡路【島】にかけて延びる六甲・
 けて延びる六甲・淡路【島】断層帯で発生した。こ
 、現地調査により淡路【島】の一部から神戸市、宝
 部地震に伴って、淡路【島】の野島断層で地表にず
 に伴って、淡路島の野【島】断層で地表にずれが生
 た(図7-16)。野【島】断層では、断層の南東
 な変動が観測され、野【島】断層の南東側が北西側
 、阪神地域では、淡路【島】の場合とは逆に、震源
7-2-3 北丹後地震
 京都府北西部の丹後半【島】付近の陸域から沿岸海
 京都府北西部の丹後半【島】の付け根のあたりが最
 郷村断層を境に丹後半【島】側が北西に動き、反対
7-3-2 滋賀県
 た、琵琶湖北部の竹生【島】の一部を崩壊させた1
7-3-3 京都府
 ている。また、丹後半【島】の付け根付近には、1
 地震により若狭湾内の【島】が山頂のみを残して海
 断層帯及び六甲・淡路【島】断層帯で発生した可能
 明治以降では、丹後半【島】を中心に甚大な被害を
7-3-4 大阪府
 する巨大地震は紀伊半【島】沖を境に東側で発生す
7-3-5 兵庫県
 形で六甲山地から淡路【島】北部にかけて、六甲・
 にかけて、六甲・淡路【島】断層帯が北東-南西方
 れもB級である。淡路【島】の南部には、紀伊半島
 島の南部には、紀伊半【島】から四国に延びる活動
 断層帯及び六甲・淡路【島】断層帯の主要部分は慶
 震の際は、六甲・淡路【島】断層帯の一部である野
 断層帯の一部である野【島】断層で地表にずれが生
7-3-7 和歌山県
 する巨大地震は紀伊半【島】沖を境に東側で発生す
 からないものの紀伊半【島】南部に被害が生じたと
8 中国・四国地方の地震活動の特徴
 である。また、日本列【島】の中では地殻変動が比
 沿うように、平野(徳【島】平野)が山地に細長く
 77年と1978年の【島】根県中部(三瓶山付近
 と1991年の鳥取・【島】根県境付近でのM5〜
 、1997年の山口・【島】根県境の地震(M6.
 では、1955年の徳【島】県南部の地震(M6.
 7.2)が発生し、徳【島】県及び香川県で小被害
8-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 おり、四国沖〜紀伊半【島】沖(南海沖)だけを震
8-1-2 陸域の浅い地震
 けば全般的に狭く、広【島】平野のような比較的規
 い。主な活断層は、広【島】市から岩国市付近に分
 際、中国地方は日本列【島】の中でも地殻変動の比
 図8-5)。なお、広【島】県西部には、北東-南
 ることもあり、朝鮮半【島】では津波被害が生じて
 では南上がり、高縄半【島】では北上がり、松山以
 調和的である。室戸半【島】や足摺岬付近には、活
8-2-1 南海トラフ沿いで発生する巨大地震
 、四国の沖から紀伊半【島】沖にかけての沿岸部を
 地震では、高知県や徳【島】県の沿岸地域で震度6
 で震度6相当、紀伊半【島】西部沿岸地域や大阪周
 潮岬付近以西の紀伊半【島】沿岸などで高く4〜7
 く四国の沖から紀伊半【島】沖にかけての沿岸部を
 り、潮岬、尾鷲市、徳【島】市、高知市、津市、彦
 10)。津波は房総半【島】から九州に至る沿岸を
 る沿岸を襲い、特に徳【島】、高知沿岸の津波の高
8-2-3 芸予地震
 0}。地震の揺れは広【島】、愛媛両県の沿岸、特
 媛両県の沿岸、特に広【島】市、呉市、江田島町、
 に広島市、呉市、江田【島】町、宇品(広島市)、
 、江田島町、宇品(広【島】市)、松山市、三津浜
 た(図8-15)。広【島】県で死者11名、家屋
 た(図8-16)。広【島】県では、広島監獄での
 6)。広島県では、広【島】監獄での被害が目立っ
8-3-1 鳥取県
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
8-3-2 島根県
           【島】根県に被害を及ぼす地
 ることもある。なお、【島】根県とその周辺で発生
 山地の北麓に位置する【島】根県では、地形は中国
 いる。図8-21は、【島】根県の地形と活断層を
 た東出雲地方(現在の【島】根県東部)が震央とも
 られる。  また、【島】根県西部の石見地方で
 997年6月に山口・【島】根県境付近の地震(M
 った。  この他、【島】根県では、島根県東部
 この他、島根県では、【島】根県東部の鳥取県境近
 近くと三瓶山付近の広【島】県との県境付近などで
 可能性もある。  【島】根県では、南海トラフ
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となる地震
 地震によっても、隠岐【島】や島根半島の沿岸域で
 によっても、隠岐島や【島】根半島の沿岸域でかな
 ても、隠岐島や島根半【島】の沿岸域でかなり大き
 }が生じた。   【島】根県付近における小さ
 示す。 表8-2 【島】根県に被害を及ぼした
8-3-3 岡山県
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となる地震
 (M8.0)では、児【島】湾北岸や高梁川下流域
8-3-4 広島県
          広【島】県に被害を及ぼす地震
 地震である。なお、広【島】県とその周辺で発生し
 おりである。  広【島】県の北部から西部にか
 な活断層としては、広【島】市西部の五日市断層(
 られている。なお、広【島】県西部には、北東-南
 れていない。さらに、【島】根県石見地方の浅い地
 害が生じた。  広【島】県では、南海トラフ沿
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となる地震
 害が生じた。  広【島】県付近における小さな
 す。 表8-4 広【島】県に被害を及ぼした主
8-3-5 山口県
 6)、1898年の見【島】の地震(M6.2)、
 997年6月に山口・【島】根県境付近の地震(M
 西部に発生する地震や【島】根県の石見地方で発生
8-3-6 徳島県
          徳【島】県に被害を及ぼす地震
 地震である。なお、徳【島】県とその周辺で発生し
 おりである。  徳【島】県では、南海トラフ沿
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
 ることがある。 徳【島】県の地形をみると、全
 れ、その河口付近に徳【島】平野が広がっている。
 ころもある。  徳【島】県で発生した被害地震
 また、1955年の徳【島】県南部の浅いところで
 ことがある。  徳【島】県付近における小さな
 す。 表8-6 徳【島】県に被害を及ぼした主
8-3-7 香川県
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
 。さらに、隣接する徳【島】県北部には、ほぼ東西
8-3-8 愛媛県
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
 に二分される。高縄半【島】や芸予諸島などの県北
 る。高縄半島や芸予諸【島】などの県北部には、な
8-3-9 高知県
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
 参照)。また、紀伊半【島】以東の南海トラフなど
 また、1789年の徳【島】県南部の地震(M7.
9 九州・沖縄地方とその周辺
 てきた。また、南西諸【島】沿いでは、1911年
 、1911年の奄美大【島】近海の地震(M8.0
 3)、1914年の桜【島】の地震(M7.1)、
 .1)、1922年の【島】原半島の地震(M6.
 、1922年の島原半【島】の地震(M6.9)、
 )では、津波により先【島】諸島で12,000名
 は、津波により先島諸【島】で12,000名近い
 たとされている。沖縄【島】や慶良間列島では、1
 る。沖縄島や慶良間列【島】では、19世紀末まで
 、1911年の奄美大【島】近海の地震(M8.0
 の南海トラフや南西諸【島】海溝から陸側へ傾き下
 、南海トラフや南西諸【島】海溝から九州・沖縄地
 動が、宮崎県から鹿児【島】県の沿岸付近では深さ
 の別府湾付近から西の【島】原半島付近にかけて、
 湾付近から西の島原半【島】付近にかけて、九州地
 れ断層)が多い日本列【島】にあって、ここは特異
 )。この地帯は別府-【島】原地溝帯と呼ばれてお
 ている。なお、別府-【島】原地溝帯の南西方向の
 の延長にあたる南西諸【島】の北西側(東シナ海側
 )の海底には、南西諸【島】に並行するように溝状
 地震の多くは、別府-【島】原地溝帯と同様に、正
 九州地方の南部には霧【島】や桜島の火山があり、
 方の南部には霧島や桜【島】の火山があり、この付
 られる。さらに、種子【島】、屋久島、沖縄島の南
 さらに、種子島、屋久【島】、沖縄島の南部や石垣
 種子島、屋久島、沖縄【島】の南部や石垣島などに
 、沖縄島の南部や石垣【島】などには活断層がある
 被害が生じた。奄美大【島】近海では、1995年
 5の地震が発生し喜界【島】などで小被害が生じた
 .4)、1984年の【島】原半島西部での群発地
 、1984年の島原半【島】西部での群発地震(最
 )、1994年の鹿児【島】県北部の地震(M5.
 )、1997年の鹿児【島】県北西部の地震(M6
 発生した。また、西表【島】の北西部を中心とした
9-1-1 太平洋側沖合などのプレート境界付近
 海トラフおよび南西諸【島】海溝から、九州・沖縄
 がある。  南西諸【島】海溝付近で発生した顕
 、1911年の奄美大【島】近海の地震(M8.0
 いずれにしろ、南西諸【島】海溝の近くで起こる大
 95年10月の奄美大【島】近海の2つの地震(M
 った。さらに、南西諸【島】海溝付近で発生した過
 、1911年の奄美大【島】近海の地震(M8.0
 )では、遠く岡山や広【島】県での被害も知られて
9-1-2 陸域の浅い地震
 部地域は前述の別府-【島】原地溝帯とその周辺の
 中・北部および長崎県【島】原半島などである。
 部および長崎県島原半【島】などである。  北
 7)と1898年の糸【島】地震(M6.0)しか
 八代海、千々石湾、甑【島】付近などの海域にも音
 平野、大隅・薩摩両半【島】などを含み、九州の面
 る。南部地域には、桜【島】や霧島などの火山は分
 部地域には、桜島や霧【島】などの火山は分布する
 ては、1914年の桜【島】噴火に伴う地震(M7
 7年3月と5月の鹿児【島】県北西部の地震(M6
 陸域部分が狭い南西諸【島】では、海域に震源があ
 域に震源があっても、【島】周辺で発生する浅い地
 は、1909年の沖縄【島】南部海域の地震(M6
 )、1898年の石垣【島】東方沖の地震(M7)
 ある。なお、トカラ列【島】の近海では、しばしば
 る。 なお、南西諸【島】の北西側(東シナ海側
 )の海底には、南西諸【島】に並行するように溝状
 く正断層の多い別府-【島】原地溝帯は、この沖縄
 した1938年の宮古【島】北方沖の地震(M6.
 1.5mの津波が宮古【島】に押し寄せた{10}
9-2 九州・沖縄地方の被害地震の例
 、1911年の奄美大【島】近海の地震および津波
 として、1922年の【島】原半島の地震、また同
 、1922年の島原半【島】の地震、また同様なタ
 して、1914年の桜【島】の地震を記述する。
9-2-2 奄美大島近海
        奄美大【島】近海の地震{15}
   この地震は奄美大【島】の東方海域のプレート
 の地震であり、奄美大【島】や喜界島では震度6相
 あり、奄美大島や喜界【島】では震度6相当、沖縄
 では震度6相当、沖縄【島】でも震度5相当の揺れ
 }もある。  喜界【島】では、死者1名、負傷
 1名、負傷者9名、全【島】の家屋2,500の内
 被害が生じた。奄美大【島】では家屋全壊11に上
 家屋が浸水した。徳之【島】でも死者5名などの被
 kmほど隔たった沖縄【島】南部でも、598ヶ所
9-2-3 八重山地震津波
         石垣【島】付近の南方で発生した
 地震動は小さく、石垣【島】では震度4程度と推定
 大きな津波が八重山列【島】および宮古列島を襲い
 重山列島および宮古列【島】を襲い{19}壊滅的
 こした地震は、南西諸【島】海溝付近での大規模な
 いがあるが、八重山列【島】では9,400名余、
 ,400名余、宮古列【島】では2,463名が溺
 した家屋は、八重山列【島】で約2,200棟、宮
 2,200棟、宮古列【島】では少なくとも800
 800棟に上り、石垣【島】では完全に消滅した村
 1}。しかし八重山列【島】と宮古列島以外に被害
 し八重山列島と宮古列【島】以外に被害報告は無く
9-2-4 島原半島の地震
 6)、最初の地震では【島】原半島南部、特に北有
 最初の地震では島原半【島】南部、特に北有馬村で
 。一方、後の地震では【島】原半島西部の小浜村付
 、後の地震では島原半【島】西部の小浜村付近で被
 17)。  なお、【島】原半島周辺では、17
 。  なお、島原半【島】周辺では、1792年
 以上{24}を数え、【島】原大変肥後迷惑と呼ば
9-2-5 別府湾の地震
 周囲約12kmの瓜生【島】は、その8割が陥没し
 。しかし、この「瓜生【島】」という地名が記され
 の海底地形調査からも【島】の存在は確認されてい
9-2-6 桜島の地震
    この地震は、桜【島】大正大噴火が始まった
 、震源の位置から鹿児【島】湾西縁断層が動いた可
 例がいくつかあり、桜【島】の地震はマグマの貫入
 8)、ほぼ現在の鹿児【島】市に集中しているが、
 報告されている。鹿児【島】市とその周辺では、家
9-3-1 福岡県
 ては、1898年の糸【島】の地震(M6.0)が
 度から震源域付近(糸【島】半島)では震度5相当
 ら震源域付近(糸島半【島】)では震度5相当で、
 1、1930年には糸【島】郡の雷山付近でM5.
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となる地震
9-3-2 佐賀県
 。また、1792年の【島】原半島眉山(当時前山
 、1792年の島原半【島】眉山(当時前山)の崩
9-3-3 長崎県
 とおりである。  【島】原半島は別府-島原地
 である。  島原半【島】は別府-島原地溝帯に
   島原半島は別府-【島】原地溝帯にあり、特に
 断層である。また、五【島】列島、壱岐、対馬の北
 である。また、五島列【島】、壱岐、対馬の北西の
 M7)、1792年の【島】原半島の地震(M6.
 、1792年の島原半【島】の地震(M6.4)、
 .4)、1922年の【島】原半島の地震(M6.
 、1922年の島原半【島】の地震(M6.9、M
 35}。なお、朝鮮半【島】でも被害が生じたこと
 。  1792年の【島】原半島の地震は雲仙普
  1792年の島原半【島】の地震は雲仙普賢岳の
 1792年4月頃より【島】原半島周辺で有感地震
 2年4月頃より島原半【島】周辺で有感地震が頻発
 噴火では、噴火前から【島】原半島西部〜千々石湾
 は、噴火前から島原半【島】西部〜千々石湾(橘湾
 1年12月の地震では【島】原半島西部の小浜で家
 2月の地震では島原半【島】西部の小浜で家屋が倒
 も、噴火約1年前から【島】原半島西部〜千々石湾
 火約1年前から島原半【島】西部〜千々石湾で活発
 さく被害はなかった。【島】原半島周辺では直接噴
 害はなかった。島原半【島】周辺では直接噴火活動
 ている。1922年の【島】原半島の地震では島原
 。1922年の島原半【島】の地震では島原半島南
 の島原半島の地震では【島】原半島南部や西部を中
 半島の地震では島原半【島】南部や西部を中心に大
 、1984年8月には【島】原半島西岸の千々石町
 84年8月には島原半【島】西岸の千々石町付近で
 M6、天草、長崎、五【島】で被害あり)などで被
 震(M6.3)では、【島】原半島の眉山に山崩れ
 6.3)では、島原半【島】の眉山に山崩れがあっ
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となった場
9-3-4 熊本県
 、その西側には天草諸【島】がある。県東部には阿
 帯の北側には、別府-【島】原地溝帯を埋めるよう
 ら熊本市付近の別府-【島】原地溝帯に沿った地域
 害地震は、主に別府-【島】原地溝帯に沿った地域
 ている。  別府-【島】原地溝帯に沿って発生
 さらに、1922年の【島】原半島の地震(M6.
 、1922年の島原半【島】の地震(M6.9、M
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となった場
 波には、1792年の【島】原半島の地震での眉山
 、1792年の島原半【島】の地震での眉山(当時
9-3-5 大分県
 県中部付近には別府-【島】原地溝帯が東西に伸び
 認されている。国東半【島】から耶馬渓、英彦山に
 県南部では、佐賀関半【島】付近を中央構造線がと
 地震の多くは、別府-【島】原地溝帯に沿って発生
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域になった場
9-3-6 宮崎県
 がる。県南西部の鹿児【島】県との県境には霧島火
 児島県との県境には霧【島】火山があって、その北
 で、四国沖から紀伊半【島】沖が震源域となった場
9-3-7 鹿児島県
         鹿児【島】県に被害を及ぼす地震
 含む)と日向灘や種子【島】、奄美大島の東方沖の
 向灘や種子島、奄美大【島】の東方沖の海域での地
 震である。なお、鹿児【島】県とその周辺で発生し
 とおりである。  【島】部を除く鹿児島県は、
   島部を除く鹿児【島】県は、その中央部を南
 央部を南北にはしる霧【島】-桜島-開聞岳の火山
 南北にはしる霧島-桜【島】-開聞岳の火山列によ
 山列の東側には大隅半【島】、西側には出水山地や
 には出水山地や薩摩半【島】がある。県内には、シ
 をつくっている。鹿児【島】県の主な活断層として
 水断層帯があり、鹿児【島】湾北部に鹿児島湾西縁
 、鹿児島湾北部に鹿児【島】湾西縁断層と鹿児島湾
 児島湾西縁断層と鹿児【島】湾東縁断層がある(図
 図9-39)。  【島】部を除く鹿児島県での
   島部を除く鹿児【島】県での地震は、薩摩半
 県での地震は、薩摩半【島】など県西部に多い。こ
 われる1914年の桜【島】の地震(M7.1)が
 0)、1961年の霧【島】山北西麓の吉松付近で
 7年3月26日に鹿児【島】県北西部の地震(M6
 49}が生じた。 【島】部では、種子島や喜界
 。 島部では、種子【島】や喜界島などに活断層
 部では、種子島や喜界【島】などに活断層がある(
 -42)。また、喜界【島】には階段状の平坦な土
 があり、付近の南西諸【島】海溝で発生する地震に
 }。1996年の種子【島】中部の地震(M5.7
 れはなかった。奄美大【島】周辺の被害地震には、
 被害地震には、奄美大【島】に崖崩れ等を引き起こ
 した1970年奄美大【島】北西沖の地震(M6.
  日向灘南部から種子【島】東方沖を経て奄美大島
 島東方沖を経て奄美大【島】東方沖にいたる海域で
 ある。このうち、鹿児【島】県東部地域は、日向灘
 7.0)では、大隅半【島】、特に大崎町、志布志
 50km)では、鹿児【島】市で小被害が生じた。
 が生じた。  種子【島】東方の海域では、19
 .1)が発生し、種子【島】の中部と南部において
 可能性がある。奄美大【島】東方の海域では、19
 地震では、津波が喜界【島】や奄美大島を襲った。
 津波が喜界島や奄美大【島】を襲った。また、外国
 リ地震津波では、種子【島】および奄美大島で被害
 、種子島および奄美大【島】で被害が生じた。
 が生じた。  悪石【島】・小宝島・諏訪之瀬島
 。  悪石島・小宝【島】・諏訪之瀬島などの近
 島・小宝島・諏訪之瀬【島】などの近海でしばしば
 る。1972年の小宝【島】付近に発生した群発地
 )や1995年の小宝【島】近海の群発地震(最大
 た。  なお、鹿児【島】県とその周辺における
 。 表9-7 鹿児【島】県に被害を及ぼした主
9-3-8 沖縄県
 す地震は、主に南西諸【島】海溝付近などの海域の
 りである。  沖縄【島】や慶良間諸島では、M
   沖縄島や慶良間諸【島】では、M4〜5程度の
 害地震は少なく、沖縄【島】南東海域に起こった1
 よび1926年の沖縄【島】北西沖の地震(M7.
 那覇、首里などの沖縄【島】南部で1,000ヶ所
 はない。なお、奄美大【島】東方沖に発生した19
   沖縄県西部の先【島】諸島周辺には、M7程
  沖縄県西部の先島諸【島】周辺には、M7程度の
 7.8)では、与那国【島】で死者や家屋全壊など
 た。1947年の西表【島】西方沖の地震(M7.
 よび1958年の石垣【島】付近の地震(M7.2
 M7.2)では、西表【島】や石垣島に数名の死傷
 )では、西表島や石垣【島】に数名の死傷者{54
 る。1915年の石垣【島】北方沖の地震(M7.
 -45)。  石垣【島】と宮古島において、石
 。  石垣島と宮古【島】において、石垣崩壊、
 じた1898年の石垣【島】東方沖の地震(M7)
 れる1938年の宮古【島】北方沖の地震(M6.
 生の約10分後、宮古【島】平良港に高さ約1.5
 が生じた。  西表【島】近海では、1991年
 のチリ地震では、沖縄【島】などで死者、住家全半