9 九州・沖縄地方とその周辺
 .1)、1922年の【島原】半島の地震(M6.9
 の別府湾付近から西の【島原】半島付近にかけて、九
 )。この地帯は別府-【島原】地溝帯と呼ばれており
 ている。なお、別府-【島原】地溝帯の南西方向の延
 地震の多くは、別府-【島原】地溝帯と同様に、正断
 .4)、1984年の【島原】半島西部での群発地震
9-1-2 陸域の浅い地震
 部地域は前述の別府-【島原】地溝帯とその周辺の地
 中・北部および長崎県【島原】半島などである。
 く正断層の多い別府-【島原】地溝帯は、この沖縄ト
9-2 九州・沖縄地方の被害地震の例
 として、1922年の【島原】半島の地震、また同様
9-2-4 島原半島の地震
 6)、最初の地震では【島原】半島南部、特に北有馬
 。一方、後の地震では【島原】半島西部の小浜村付近
 17)。  なお、【島原】半島周辺では、179
 以上{24}を数え、【島原】大変肥後迷惑と呼ばれ
9-3-2 佐賀県
 。また、1792年の【島原】半島眉山(当時前山)
9-3-3 長崎県
 とおりである。  【島原】半島は別府-島原地溝
   島原半島は別府-【島原】地溝帯にあり、特に雲
 M7)、1792年の【島原】半島の地震(M6.4
 .4)、1922年の【島原】半島の地震(M6.9
 。  1792年の【島原】半島の地震は雲仙普賢
 1792年4月頃より【島原】半島周辺で有感地震が
 噴火では、噴火前から【島原】半島西部〜千々石湾(
 1年12月の地震では【島原】半島西部の小浜で家屋
 も、噴火約1年前から【島原】半島西部〜千々石湾で
 さく被害はなかった。【島原】半島周辺では直接噴火
 ている。1922年の【島原】半島の地震では島原半
 の島原半島の地震では【島原】半島南部や西部を中心
 、1984年8月には【島原】半島西岸の千々石町付
 震(M6.3)では、【島原】半島の眉山に山崩れが
9-3-4 熊本県
 帯の北側には、別府-【島原】地溝帯を埋めるように
 ら熊本市付近の別府-【島原】地溝帯に沿った地域に
 害地震は、主に別府-【島原】地溝帯に沿った地域と
 ている。  別府-【島原】地溝帯に沿って発生す
 さらに、1922年の【島原】半島の地震(M6.9
 波には、1792年の【島原】半島の地震での眉山(
9-3-5 大分県
 県中部付近には別府-【島原】地溝帯が東西に伸びて
 地震の多くは、別府-【島原】地溝帯に沿って発生し