(2)平成7年(1995年)兵庫県南部地震(1995年1月17日、M7.2)

兵庫県南部地震は、兵庫県南部の阪神地域から淡路島にかけて延びる六甲・淡路島断層帯で発生した。この地震により、神戸海洋気象台と洲本測候所では震度6が観測されたが、現地調査により淡路島の一部から神戸市、宝塚市にかけて震度7の地域があったことが明らかとなった。京都市、彦根市、豊岡市では震度5が観測され、大阪市内でも地盤によっては震度5相当の揺れとなった地域もあった(図7−13図7−14)。多くの木造家屋、コンクリートの建物のほか、高速道路、新幹線を含む鉄道線路などが崩壊し、被害は、死者・行方不明者6,427名、負傷者40,000名以上、住家全壊110,000以上、火災285件など{17}(平成8年12月26日現在)、非常に大きなものとなった(図7−15)。地震の発生が早朝であったため、死者の多くは家屋の倒壊と火災によるものである。その他、液状化により港湾施設が被害を受けたり、地震後の雨によるがけ崩れなどの被害も生じた。この地震による災害は「阪神・淡路大震災」と呼ばれる。

兵庫県南部地震に伴って、淡路島の野島断層で地表にずれが生じた(図7−16)。野島断層では、断層の南東側が北西側に対し、最大1.4m隆起し、南西の方向へ最大2.1mずれた{18}。また、地殻変動観測によると、この地震に伴って震源域周辺の地域が東西に縮むような変動が観測され、野島断層の南東側が北西側に対して相対的に隆起したことが分かった(図7−17)。また、阪神地域では、淡路島の場合とは逆に、震源域の北西側が南東側に対して相対的に隆起したことが分かった。これらの変動は、この付近が東西方向に圧縮されるような力を受けていることを示しており、この付近の地形やこれまで知られている地殻変動とおおよそ調和している。しかし、阪神地域では量的に小さく、兵庫県南部地震と同様の地震の繰り返しだけで六甲山地が形成されてきたとは考えにくいので、六甲山地の形成に見合うような別のタイプの地震を考える必要がある。例えば、慶長伏見地震と呼ばれる1596年の地震(M7 1/2) がそれに当たるのではないかという指摘もある{19}

 兵庫県南部地震では、本震後、数多くの有感・無感の余震が観測されたが、余震活動は順調に減衰した。最大の余震は、本震の約2時間後に発生したM5.4であった(図7−18図7−19)。

 なお、この地震を契機として、地震防災対策特別措置法が公布され、地震調査研究推進本部が発足した。