(3)花粉分析結果

出現した花粉化石の分類群と出現率を表4−2−4に、主要な花粉について図4−2−6に花粉ダイヤグラムとして示す。

a:出現傾向

針葉樹ではマツ属はP−19より産出し、スギ属は最下位のP−20と最上位P−19から産出する。広葉樹ではコナラ亜属が51.8%と著しく高率で、次いでハンノキ属が31.4%と続く。

P−19の木本花粉はが100個以上200個未満である。この試料は他の試料と同じ精度で比較できないが、 スギ属、コナラ亜属、ニレ属−ケヤキ属の順に多い傾向が認められる。特徴的なのはイヌマキ属が産 出することである。P−17ではハンノキ属、コナラ亜属、ニレ属−ケヤキ属の広葉樹及び草本花粉しか産出していない。

b:古植生・古気候

花粉化石とは、過去に自生していた樹木や草本などの植物の花粉が、土壌化の影響を受けていない堆積物中に保存されたものである。一般に花粉化石は、大型化石に比べて産出する個体数が圧倒的に 多く、環境の変化に呼応してその群集(組合せ)が変化する特徴がある。したがって、厚く累重した 地層を対象として連続的に試料を採取し、それらについて花粉分析を行うことによって、生層序学的 に古環境の変遷を精度よく復元することが可能である。また、すでに絶滅した植物の花粉化石が産出 する場合には、堆積年代を推定する手段(示準化石)として有効である。さらに花粉化石は、湖沼な どの陸上の堆積物だけでなく海成層にも一般的に産出することから、広域的な地層の対比に利用でき る。

一般に植生は、主に気温と降水量という気候的な要素によって支配されている。その気候的要素に基づいて、日本の森林帯には亜熱帯、暖温帯、中間温帯、冷温帯及び亜寒帯の5つの気候帯が設定されている。図4−1−8に花粉化石とその植物が分布する気候帯との関係を示し、以下に上岡枝下流地区トレンチでの各試料が堆積した時代の古植生、古気候について述べる。

古植生:最下位のP−20ではコナラ亜属やハンノキ属が多いことから落葉広葉樹林が推定できる。P−17では花粉の量が少ないが、産出する花粉がP−20の試料と一致することから、P−17においても類似した古植生であったと考えられる。しかし、P−19においては、スギ属、マツ属、コナラ亜属、ニレ属−ケヤキ属が伴われることから、針広混交林が推定される。

草本植物が多いことは、崖錐堆積物などの供給が多く、草地が広がっていたことを示していると考えられる。乾燥した草地にはイネ科、ヨモギ属、タンポポ亜科、キク亜科が繁茂し、水辺などにはカヤツリグサ科が生えていたであろう。

古気候:冷温帯の植物が多いことから、冷温帯と推定される。ただし最上位のP−19にはイヌマキ属の産出やスギ属が高率であることから下位層準に比べてやや温暖化したと考えられる。

c:既存の花粉帯との対比及び堆積年代の推定

今回の分析結果と既存の文献の花粉分析結果を比較検討し、堆積年代を推定する。既存文献では広 域火山灰や泥炭の炭素同位体測定によって推定年代が求められ、詳細な層序が明らかになっている研 究事例を対象とした。山口県内の詳細な花粉層序としては、畑中・三好(1980)による宇生賀盆地や三好(1989)による徳佐盆地においての最終氷期の研究が知られている。とくに宇生賀盆地では約25,000年前から現在までの連続した堆積物について分析が行われている(図4−2−7)。また海岸付近の低地帯の事例として、晩氷期以降の詳細な花粉生層序が確立している島根県宍道湖の研究(大西ほか、1990)が対象として挙げられる。

まず始めに宇生賀盆地の花粉分析結果(図4−2−7)と比較する。上岡枝上流地区・下流地区トレンチの分析結果は、ほぼどの試料にも他の木本花粉に比べてコナラ亜属が高率に出現するという特徴を持っている。また上岡枝下流地区トレンチの最上位のP−19では、コウヤマキ属が出現する。これらの特徴は、畑中・三好(1980)のR−T帯、R−U帯の下部のものに類似する。

次に宍道湖の花粉分析結果(図4−2−8)と比較する。上岡枝下流地区のP−17、P−20の花粉化石群集は、コナラ亜属がアカガシ亜属より多く出現し、ヨモギ属やイネ科も多く出現する傾向を持つ。この群集と類似しているのは、宍道湖でのSB1の花粉ダイアグラムに示されているナラ・ハンノキ帯かハンノキ・ナラ帯である。それに対してP−19は、イヌマキ属、スギ属やコナラ亜属が多く産出することから、宍道湖でのSB1に示されているブナ・ツガ帯ツガ亜帯に相当すると考えられる。

既存の花粉帯に今回の分析結果を対応させると次のような推定年代が求められる(表4−2−5)。

上岡枝下流地区トレンチのP−17、18、20の堆積年代は完新世直前の後期更新世の最期に相当し、ほぼ1万年より少し古い位であろう。またP−19の堆積年代は完新世に入り、気候が温暖化している縄文海進期最盛期前に相当し、8,000年前頃と推定した。