(2)各種分析結果

下保木地区では、放射性炭素年代測定、花粉分析、火山灰分析を実施している。

@放射性炭素年代測定結果

表4−1−2に下保木地区放射性炭素年代測定結果を示し、詳細を巻末に示す。

A花粉分析結果

出現した花粉化石の分類群と出現率を表4−1−3に、主要な花粉について図4−1−7に花粉ダイアグラムとして示す。

a:出現傾向

針葉樹においては、マツ属(単維管束亜属)がマツ属(複維管束亜属)より高率に出現し、とくに壁面上部のP−11とP−12では28.0及び25.9%と、下位の層準のものより著しく高率になる。トウヒ属も下位のP−4、P−7に比べ上位では高率になる。

広葉樹では、シナノキ属が下位のP−4、P−7だけに出現し、23.5及び26.2%と他の広葉樹花粉を圧倒 している。またハシバミ属やニレ属−ケヤキ属も下位の試料だけで出現している。ハンノキ属は、P−7で25.5%の出現率を持つものの、それ以外は0.5〜8.7%程度となる。

草本では、ヨモギ属とカヤツリグサ科が下位のP−4、P−7では上位より高率に出現する。またセリ科、キク亜科は最下位のP−4で10.7%ので出現率を示すが、それ以外は数%もしくは0.5%とほとんど出現しなくなる。

b:古植生・古気候

花粉化石とは、過去に自生していた樹木や草本などの植物の花粉が、土壌化の影響を受けていない堆積物中に保存されたものである。一般に花粉化石は、大型化石に比べて産出する個体数が圧倒的に 多く、環境の変化に呼応してその群集(組合せ)が変化する特徴がある。したがって、厚く累重した 地層を対象として連続的に試料を採取し、それらについて花粉分析を行うことによって、生層序学的 に古環境の変遷を精度よく復元することが可能である。また、すでに絶滅した植物の花粉化石が産出 する場合には、堆積年代を推定する手段(示準化石)として有効である。さらに花粉化石は、湖沼な どの陸上の堆積物だけでなく海成層にも一般的に産出することから、広域的な地層の対比に利用でき る。

一般に植生は、主に気温と降水量という気候的な要素によって支配されている。その気候的要素に基づいて、日本の森林帯には亜熱帯、暖温帯、中間温帯、冷温帯及び亜寒帯の5つの気候帯が設定されている。図4−1−8に花粉化石とその植物が分布する気候帯との関係を示し、以下に下保木地区トレンチでの各試料が堆積した時代の古植生、古気候について述べる。

古植生:P−4、P−7の堆積時には、マツ属(単維管束亜属)、ツガ属、モミ属、トウヒ属から構成される針葉樹と、ハンノキ属やシナノキ属を主とした広葉樹との針広混交林が推定される。また水辺付近にハンノキ林やカヤツリグサ科が広がり、荒れ地には草地が広がっていたであろう。P−11、P−12の堆積時期になると、マツ属、トウヒ属、ツガ属を主とした針葉樹林が推定できる。

古気候:P−4、P−7の堆積時には、冷温帯要素のシナノキ属、冷温帯〜亜寒帯要素のマツ属、中間温帯〜亜寒帯要素のツガ属、モミ属が多く、多くの植物が分布する共通する気候帯を考慮するとほぼ冷温帯と推定される。さらに、P−11、P−12の堆積時には、冷温帯要素の広葉樹がほとんど産出せず、亜寒帯に主として分布するトウヒ属が多いことから亜寒帯と推定され、全体を通じて寒冷化傾向が示唆される。

c:既存の花粉帯との対比及び堆積年代の推定

今回の分析結果と既存の文献の花粉分析結果を比較検討し、堆積年代を推定する。既存文献では広 域火山灰や泥炭の炭素同位体測定によって推定年代が求められ、詳細な層序が明らかになっている研 究事例を対象とした。山口県内の詳細な花粉層序としては、畑中・三好(1980)による宇生賀盆地や 三好(1989)による徳佐盆地においての最終氷期の研究が知られている。とくに宇生賀盆地では約25,000年前から現在までの連続した堆積物について分析が行われている(図4−1−9)。三好(1989)では徳佐盆地の分析結果に畑中・三好(1980)の宇生賀盆地の分析結果を加えて、最終間氷期 から現在までの花粉層序を総括している(図4−1−10)。また海岸付近の低地帯の事例として、晩氷期以降の詳細な花粉生層序が確立している島根県宍道湖の研究(大西ほか、1990)が対象として挙げられる。

まず始めに宇生賀盆地の花粉分析結果(図4−1−9図4−1−10)と比較する。下保木地区トレンチより採取された試料の分析結果は、マツ属(単維管束亜属)、トウヒ属、ツガ属などの針葉樹が高率で出現する特徴が認められる。その特徴は畑中・三好(1980)のFG帯(図4−1−9)、三好(1989)のPI帯(図4−1−10)に類似し、最終氷期最期に相当する。

次に宍道湖の花粉分析結果(図4−2−8)と比較すると、下保木地区トレンチの試料から得られた花粉化石の特徴は、宍道湖の分析結果と類似するものが存在していないため、比較できない。

既存の花粉帯に今回の分析結果を対応させると次のような推定年代が求められる(表4−1−4)。この年代は、下保木地区トレンチの壁面を形成する堆積物の年代が、少なくとも試料採取最上位層準のP−12まではほぼ最終氷期最盛期頃であることを示している。