(1)古植生・古気候

植生は、主に気温と降水量という気候的な要素によって支配されている。一般に、気温と降水量の違いは緯度と海抜高度の違いとして表わされる。緯度による植生(森林)の区分を水平的森林帯、海抜高度による区分を垂直的森林帯と呼んでいる。図5−1−9に現在の日本の植生図(森林帯)を示し、その区分毎に優占する主な植物種を表5−1−2にまとめた。ここでは、これら現在の森林帯の植生に従って、産出花粉化石の古植生および古気候を検討した。

本地区のボーリング掘削試料より得られた花粉化石群集は、暖温帯〜冷温帯要素のアカマツ、クロマツからなるマツ属(複維管束亜属)と、主に亜寒帯要素のトウヒ属から構成されている。さらに、中間温帯に特徴的なスギ属が安定して出現し、暖温帯要素のモチノキ属の花粉も検出されている。また、冷温帯要素の広葉樹(カバノキ属など)も認められた。しかしながら、現在の冷温帯に特徴的なブナ属の花粉化石は検出されなかった。

トウヒ属とアカマツやクロマツが混存する植生は現在では珍しい。今回得られた花粉化石群集のうち、トウヒ属を除けば、その群集は現在の冷温帯に普通に見られる植生に類似している。現生のトウヒ属は主に亜寒帯に分布しているが、トウヒ属のヒメバラモミは中期更新世以前まで西日本の冷温帯に広く生育していたとされている。例えば、広島県の中期中新統の西条層からヒメバラモミが産出しており、中期更新世まで中国地方や近畿地方においてヒメバラモミが分布していたことが知られている。中期更新世以前にはその出現率が低いブナ属の花粉化石(現在の冷温帯の特徴種)が認められないことからも、今回同定したトウヒ属の花粉化石は冷温帯に分布するヒメバラモミの可能性が高い。

これらのことから、本郷地区の花粉化石群集は、中間温帯から冷温帯南部にまたがる植生帯を示しており、冷温帯要素の落葉広葉樹をともなった古植生が推定される。

推定地周辺の古環境は、草本植物がほぼ木本植物の出現率に匹敵することから、堆積地周辺には草地が多く存在したと推定される。また、主に乾燥地に分布するキク亜科、イネ科とともに、水辺に生えているカヤツリグサ科が出現していることから、堆積地周辺には水辺が形成され、その周りに乾燥に強い草本が生育し、後背地に針葉樹を主体として落葉広葉樹を伴った森林が広がっていったと推定される。

古気候は中間温帯から冷温帯南部という事からやや冷涼で、スギ属が安定して出現することから降雨・降雪などが安定的に存在していたと考えられる。

試料採取地点の現在の植生は暖温帯を示すことから、現在の気候よりは寒かったものと推定される。