2−1−1 既存調査結果の概要

庄内平野東縁断層帯分布域では、明治27年(1894年)にマグニチュード7程度の内陸地震(庄内地震)が発生しているため、従来から活断層の活動履歴に関する調査が行われている。これら調査・報告のうち、北部の酒田市北境地区では、観音寺断層を対象として、鈴木・他(1989)によるトレンチ調査及び鈴木・他(1994)によるボーリング調査が行われており、断層の最新イベントが2,500年前以降、それ以前のイベントが4,300〜5,500年前及び6,000〜6,300年前の2回認められている。しかし、庄内地震に対応する断層活動による変位・変形の確認はされなかった。

庄内地域南部では、松山断層を対象として、太田・他(1996)、澤・他(1997)においてトレンチ調査の結果が報告されている。このうち松山町朴の木沢で実施されたトレンチ調査では、東上がりの逆断層が確認され、最終活動期が、7,000〜8,000年前であることが明らかとなっている。

庄内平野の空中写真判読(平成9年度実施)では、新編日本の活断層などに示される断層の位置を大きく変更すべき判読結果は得られなかったが、鳥海山南西麓の活断層線については、ややブロードな変形や従来示されていた断層位置よりも前面側(平野側)に傾斜変換点がある可能性が考えられ、観音寺断層では、山地と平野の境界付近前縁に傾斜変換点が認められる部分もある。

南部地域でも、断層の位置については、従来の報告と大きな差はみられないが、松山町及び立川町付近では狭い幅ながら変位地形や低崖が山麓線とほぼ平行に並列する場合も観察された。また、北部と同様に、より前縁部に変形地形の可能性が考えられる傾斜変換点の連続も確認された。

庄内平野東縁断層帯では、既存のトレンチ調査などで指摘された断層の存在とこれらの断層面の地表付近への到達位置を明らかにし、従来報告された活動履歴をこの断層帯の代表値として扱うことが可能であるかを検討するために浅層反射法探査を実施した。探査は、酒田市横代〜生石地区(平成9年度実施;生石測線)と松山町引地〜土渕地区(平成10年度実施;土渕測線)の2地区で実施した。

生石測線は、酒田市横代地区から生石地区で観音寺断層を横断し矢流川沿いに東へ向かう測線である。図2−1−1に探査結果を示す。これによると、鮮新〜更新世の地層に大きな褶曲がみられ、最も大きな屈曲を示す部分の西側に不連続面が見られる。この不連続面が観音寺断層に対応している可能性が考えられた。このことから、観音寺断層が、地下深部から連続するものではなく、第四紀層の褶曲の中に形成されたものであると考えられた。上記不連続面による地層のズレは小さいと考えられるが、庄内層群の火砕岩類の高度差は350〜400mに達する。これに対して基盤岩である青沢層上面は緩い東傾斜を示し、上位の地層にみられる褶曲や不連続面は見られない。このことから、探査測線範囲内では、青沢層は断層運動や構造運動には参加しておらず、青沢層とより上位の地層との間に大きな不連続面(ごく低角な衝上断層)を想定することができる。

土渕測線は、松山町引地から土渕を通過し東側の辰ヶ湯温泉に至る測線である。図2−1−2に探査結果を示す。解析断面に示された断層面には分岐が認められ、東側のものが澤・他(1997)に示された活断層に、また一番西側の断層面が、澤・他(1996)に示された地形的傾斜変換点に対応する可能性があると考えられた。