(7)地質構造解析(変位量、平均変位速度の推定)

 断層周辺の地質構造を把握し、断層活動による変位量、平均変位速度を推定するために、図5.2.1.4に示すようにトレンチ西側に3本のボーリング(No.4孔:断層下盤側、No.5孔、No.6孔:断層上盤側)を配置した。

(a) 地層対比

 当地域の地質構造を解析する上で重要な鍵層となるのは、埴生累層(基盤)の上面とAT(D8層)である。ボーリングコアとトレンチ内の地層対比を行った結果を、ボーリング詳細解釈柱状図(巻末資料)に、また、ボーリング、トレンチ壁面の地質から推定した地質構造解釈図を図5.2.1.7に示す。トレンチ南端に見られた埴生累層上面は、No.4孔、No.5孔では、深度11m付近に位置しているのに対して、No.6孔においては、深度5.4mに存在し、この間に約5mの鉛直落差がある。また、No.6孔では、深度8.70〜11.86mの3m間にE層に類似する粘土層が挟在しており、深度5.0〜8.7m間の埴生累層は、高角の割れ目を伴いながら激しく変形を受けている。図5.2.1.8にNo.6孔のコア状況写真とその地質解釈を示す。このことから、断層は、深度8.5mの位置にあり、この断層によって埴生累層がNo.5孔とNo.6孔との間で変位があると推定される。

 また、No.4孔,No.5孔の深度5m以深の灰色シルト層は、その最上部が2万5千年前前後であることから上部はトレンチ内におけるE層に相当すると思われる。また、下部については、4万年前後の年代値を示し、上部の礫混じりシルト(深度8.5〜8.7m)が下部を削り込むところをもって上部(E)、−下部(E’)境界とした。E層直上の未固結の砂礫層、礫混じりシルト層は、B〜C層に相当し、ATはこれによって下盤側では削りとられ、欠如しているものと考えられる。

 No.6孔で確認した断層がトレンチで見た断層に連続するかどうかは不明であるが、トレンチで見たような短波長の背斜を作るには、非常に浅い位置にもう一本別に断層(すべり面)が存在し、それよりも上位の地層を水平方向に変形させているものと考えた方が合理的である。図5.2.1.9は、すべり面がバルジ下に存在するとし、面積バランス法を用いてATの形状を円弧と仮定した場合、ATバルジ下のデタッチメントまでの深さと水平短縮量との関係を計算したものである。モデルは、二次元の平面ひずみとして水平方向から応力が加わった際、水平短縮した短形の面積と上下方向に膨らんだ円弧(半円)の面積とが等しくなるとした場合に単純化している。この結果、バルジ基底からすべり面までの深度(D)は3.3m、水平短縮量は、2.9m(約3m)となる。

 No.6孔において、この計算が正しいとするとすべり面の深さはちょうど埴生累層とE層との境界にあたる。ボーリングではこの境界のコアが欠如しており、断層の有無は判断できない。ただし地層の物性の違いにより、層面断層ができても不思議はないとはいえない。以上のことをまとめたのが、図5.2.1.7の地質構造断面解釈図である。断層は2本存在し、バルジ下に伏在している断層(すべり面)は、トレンチ北端の断層に連続し、B4層以下に変位を与えているがB1〜B3層には覆われていると推定した。このすべり面周辺の地質構造については、反射法探査結果とも併せて検討する。

(b)極浅層反射結果の検討

 図5.2.1.10は、反射法探査断面(マイグレーション処理済み)をA−A’(トレンチ西側側壁をとおる南北測線)にバルジの走向(N60E)に平行に投影したものである。また、図5.2.1.10は、トレンチ内の断層の走向(E−W)に平行に反射法探査断面をA−A’に投影したものである。起点から55m前後から0mにかけて、深度22〜25mにあるやや連続的な反射面(北傾斜〜水平)が存在するが、これは埴生累層(基盤)とE層との境界であると思われる。上盤側でこの境界は不明瞭であるが、ややオフセットのためずれているとすると起点から65〜95mの反射断面深度15mの反射面が基盤上面に対応する可能性がある。ボーリングとトレンチで見られた2本の断層は、図5.2.1.10図5.2.1.11いずれにおいても、基盤上面の反射面がとぎれる位置(起点から55〜65m付近)において、2本の断層とも50〜60°前後で南傾斜している可能性がある。しかし、山際の断層(起点から80〜90m付近)との関係は不明である。

 図5.2.1.12には、上記の結果を踏まえて当地区の地質構造発達史をまとめた。2本推定した断層のうち、すべり面下の断層は、3万7千年前以降は、活動しておらず、それ以降に、断層の活動の中心は、すべり面に移ったものと考えられる(図中d.)。すべり面が下の断層よりも山側に発生したのは、E層が側方侵食し、山麓境界が南へ後退したためと考えた。AT火山灰とD層の堆積以降、すべり面は立ち上がり、その上盤を変形させながら地表部まで達し、現在に至っているものと推定される(図中a.b.)。したがって、約2万年以降は、全体の変位量のうち、大半はトレンチ直下3mの位置にあるすべり面がまかなっていたものと解釈できる。

(c)変位量、平均変位速度の推定

 2本の断層の位置については不確定要素が多いが、E層堆積後、最近まで活動し続けているのは、バルジの形態から深さ3m付近で水平になっている直下の断層(すべり面)のほうである。図5.2.1.7において、E層を基準にとると、トレンチ下底のE層(年代25,930yrBP, 未補正値)が、No.4・No.5孔のE層(26,810yrBP,25,230yrBP)に対比されるので、その鉛直落差は、4.4m(トレンチの下底がGL−2m, No.4,No.5孔の深度はいずれも6.4m)となり、この間の断層の傾斜35°から、総変位量は約8mとなる。

 これから、ネットスリップを計算すると、0.32m/千年(年代値を25,000年として)となる。これに上盤側のバルジを形成した水平短縮量3mを加えると、真のネットスリップは、0.43m/千年と計算される。