(2)トレンチB

トレンチBの実施位置は、図2−1に示す。前述のように、角田ほか(1988)などでは、霞川低地内では立川断層の活動により「古霞湖」ができ、この中の湖沼堆積物の堆積開始時代が断層活動年代を示すと考えられている。トレンチBでは、断層の最近の活動により霞川にせき止めが発生して堆積したと考えられる沖積層を確認することを目的とした。したがって、トレンチAより西方に約10mおきにオーガーボーリングを実施し、湖沼堆積物と考えられる腐植土層を確認した。そのうえで、その境界部がトレンチの底盤になるようにトレンチの形状を設定した。またトレンチの深度は、レキ層を確認するまでとした。

トレンチBのスケッチを図2−5に示した。出現した地層(図2−3参照)は、下位からレキ層,シルト層〜砂層,青灰色粘土層,淡灰色粘土層,レキ層や砂層を含む淡褐灰色砂質粘土層(フラッドローム)、ローム層,土壌化した黒土層(以上、トレンチAと同じ)およびこれらを約1m掘り込んだ谷状の不整合面を覆って、木片を多く含む斜交葉理が発達した砂層および無構造の腐植物に富む粘土層が分布している(このような谷状の不整合面とその中を埋めた堆積物からなる地質構造を、以後「埋没谷」と呼ぶ)。この砂層および粘土層との境界はトレンチの北側のり面では明瞭であったが、南側のり面では境界付近に多量の木片が含まれており、必ずしも明瞭でなかった。埋没谷内の砂層および腐植質粘土層から採取した植物片の炭素同位体年代測定の結果を、

以下に示す(詳細は表2−2参照)。

砂層        1,100±50〜1,010±50y.B.P.(5試料中4試料)

                             (AD865〜1,045)

腐植質粘土層  1,520±40〜1,040±40y.B.P.(4試料)

                             (AD440〜1,035)

ここでは、下位の砂層の方が、上位の腐植質粘土層より若い年代値を示し、ばらつきも少ない。採取した炭質物の試料は、砂層では比較的大きな木片、粘土層では細片化した植物片および腐植物である。砂層中の木片の年代は全て1,010〜1,100y.B.P.(4試料。1試料のみ1,800y.B.P.で二次堆積とみなした)を示し、短時間に堆積したことを示している。砂層中の年代がそろっていることから、この値の信頼性は高いものと判断される。一方、上位の腐植質粘土層の中の試料(4試料)の年代は、下位の砂層の年代より古い上、ばらつきが激しく、上下の年代の逆転も見られる。以上のことから粘土層に含まれる腐植物は二次堆積物を多く含んでおり、1,040±40y.B.P.を示す試料以外は信頼できないとみられる。

また、埋没谷中の地層から微化石分析用の試料を採取し、珪藻化石による堆積環境の特定を行った(表2−3参照)。その結果、砂層、腐植質粘土層のいずれも多くの珪藻化石を含んでいた。検出された珪藻化石は、すべてが淡水性種であり、わずかに陸生種を含んでいた。下位の砂層には、定常的に流れのある水域に付着生育する種群が検出された。また、河川上流部の峡谷部に集中して出現する上流性河川指標種もみられた。さらに、検出される珪藻の種類が30種以上あり、異なった環境の珪藻もみられた。以上のことから、砂層は基本的には流水の影響が大きく、さらに沼沢・湿地起源などの様々な環境の珪藻が二次的に混入するような環境で堆積したもの考えられる。

砂層は、異地性の珪藻化石を含むこと、炭素同位体年代で得られた年代がほぼ一定であること、やや粗い砂や樹木などを多く含むこと、斜交葉理が発達することなどから、土石流のようなものであった可能性が高く(図2−6参照)、この土石流が形成された時代は、ほぼ1,100〜1,010y.B.P.(AD865〜1,045)である。

そこに角田(1983)が「古霞湖」と名付けたような水域が広がっていたかの議論はともかく、河川が浸食して堀り込まれ、谷が形成されるような侵食の場であった環境が、約1,000〜1,100年前以降、堆積の場に変化するできことがあったことは確かである。この変化が立川断層の活動により、下流側の河床が上昇して河川をせきとめ、全体としては、断層付近で河川勾配が緩くなった結果であることは十分考えられる。このように考えた場合、堆積環境の変化をもたらした断層の活動は1,100〜1,010y.B.P.の直前であると結論される。

土石流とみられる砂層の上位に堆積した腐植質粘土層には、好止水性で冷水を好む種が検出され、さらにやや貧栄養な水域で、湿原など腐食を生成するような水域に生息する種が特徴的である。このことは、層相で堆積構造がみられないことと調和的である。ただし、少量ながら多様な環境に生息する種を含んでおり、これらは上流から流れてきて再堆積したものと考えられる。この腐植土の中の試料の炭素同位体年代が約1,520〜1,040y.B.P.とばらついている上に、上下の逆転もみられることから、この地層は、湖沼のような堆積盆に上流から腐植物を含む粘土質な土砂が流入してくる(珪藻化石や植物片が二次堆積する)ような状況にあったものとみられる。

いずれにしても、土石流とみられる砂層の堆積以降も、引き続き堆積の場であったといえる。この地層の中で信頼できる年代は1,040±40y.B.P.であり、埋没谷はおよそ1,100年前の断層の最終活動後、比較的短時間で埋め立てられたものと考えられる。

なお、角田ほか(1988)が埋没谷の堆積物の堆積年代を790〜1,840y.B.P.としたのは、主に二次堆積した植物片を試料とした結果であったと推定される。

図2−5 トレンチB解釈図(1/50)

表2−2 分析結果一覧表(炭素同位体年代測定:トレンチB)

表2−3 分析結果一覧表(珪藻:トレンチB)

図2−6 埋谷堆積物の形成概念図