5−2 分析方法

各分析方法について、その概要を以下にまとめる。

(1)炭素年代測定
自然界に存在する炭素には、表5−2−1に示されるように、12C、13C、14Cの3種類がある。これらのうち、放射性同位体の14Cが5730年を半減期として一定速度で放射崩壊する性質を利用して年代測定が行われる。

表5−2−1 天然の炭素同位体

おもな測定方法には、液体シンチレーションカウンタによるβ線計数法(Radiometric Method)と、加速器質量分析計による質量分析法(AMS,Accelerator Mass Spectrometry)がある。一般的には、十分な腐植試料が得られる場合には前者の方法が用いられ、試料が微量で数10mmg程度しか得られない場合には後者の方法で分析される。

分析によって得られた数値は、主として2種類の補正が施される。ひとつは分析試料の種類の違いによる同位体の分別効果の補正であり、安定同位体の13Cを用いて試料形成時の同位体効果の程度を知る方法である。

他のひとつは、過去における大気CO2の14C濃度が、現代(1950AD)のそれとは必ずしも一致しないために発生する測定誤差に対する補正である。これは樹木の年輪から読みとられた既知の暦年代値と、その年輪形成時の14C濃度を測定することで得られる14C年代値とを対応させることによって作成される補正曲線を利用して行うものである。ただし、この暦年代補正は約10,000yBP以降のものについて実用化されている。

なお、これらの補正を行った測定結果は、西暦1950年を起算年0としてcal.yBPで表示している。また、年代値の算出に対して用いる半減期は5568年としている。

(2)火山灰分析
火山の噴火によって生成される火山灰は、火山の種類や噴火時期などによって化学組成、鉱物組成、火山ガラスの形態や屈折率などの特徴が異なることが知られている。したがって、噴出年代が既知の火山灰との対比を行うことにより、火山灰がはさまれる地層の年代を特定することができる。

一般に、火山灰の同定には地層の層位、層相にもとづく層位学的方法と、岩石・鉱物レベルにおける岩石記載的方法に大別される。しかし、火山灰層が検出されない場合には、後者の岩石・鉱物レベルにおける分析が行われる。これらのおもな分析項目は組織、鉱物組成比、火山ガラスを含む各種鉱物の形態・色・屈折率などである。以下では、鉱物レベルにおいて物理的性質を定量的に分析できる屈折率の測定について概述する。

ここで実施した屈折率の測定は温度一定型による方法である。これは一定の温度と光(D線)の条件下で厳密に調整された屈折率が既知の液体(浸液)と、同一の温度・光条件下で試料を浸液に浸して、試料と同じ屈折率の浸液を顕微鏡観察によって特定し、それを試料の屈折率とする方法である。

図5−2−1に示されるように、日本の後期第四紀における大規模火山灰について、火山ガラス、斜方輝石、角閃石などの屈折率の傾向を見ると、それぞれ特定のせまい範囲をピークとしてほぼ正規の頻度分布を示すことが知られている。したがって、鉱物の屈折率の測定値をもとに火山灰の対比を行う場合には、充分に吟味して得られた結果にもとづいて判定する必要がある。

図5−2−1 日本の後期第四紀主要火山灰の鉱物屈折率の頻度図(新井,1993)

(3)花粉分析
種子植物などの花粉や胞子は大量に生産されて、空中を広範囲に飛散〜落下して堆積物に埋積される。花粉や胞子の外膜はスポロポレニンと呼ばれる炭素・水素・酸素からなる高分子とセルロースで構成されており、物理・化学的に強靱であるため、化石として保存されやすい。しかし、紫外線に対しては弱く、花粉が速やかに埋没した場合にはよく保存されることになる。これより、堆積物に含まれる花粉化石を抽出して組成分析することで、地層形成時における気候の推定や含有植物種の特徴を把握することができる。その結果をもとに、図5−2−2に示されるような植生変遷と対応させて、堆積層の地質層準が推定される。

ここで実施した分析の具体的手法は以下のとおりである。

試料を約10〜15g秤量し、塩酸処理により炭酸塩鉱物の除去を行い、遠心分離法で水洗する。フッ化水素酸処理により珪酸質の溶解と試料の泥化を行い、遠心分離法で水洗する。次に重液(ZnBr2 比重 2.2)を用いて遠心分離法で鉱物質と有機物を分離させ、有機物を濃集し、水洗する。この有機物残渣について、アセトリシス処理を行い植物遺体中のセルロースを加水分解し、遠心分離法で水洗する。最後にKOH液処理により腐植酸の溶解を行い、遠心分離法で十分に水洗する。処理後の残渣は、よく攪拌しマイクロピペットで適量をとり、グリセリンで封入し、顕微鏡観察(検鏡)する。
  検鏡は、プレパラートの2/3以上を走査して木本花粉の合計が200個体以上になるまで行い、その間に出現したすべての種類(Taxa)について同定・計数することを原則とした。しかし、分析処理後の残渣が非常に少なく、花粉化石をほとんど産出しない試料はプレパラートの全面を検鏡した。

図5−2−2 関東地方の過去約15万年間の植生変遷の模式図(内山,1998)

(4)珪藻分析
珪藻は、数十〜数百μmの大きさの単細胞の藻類であり、淡水域から海水域までさまざまの水域環境に生息している。そのため、堆積物に含まれる珪藻種類を同定・解析することにより、堆積物が形成された水域環境を推定することができる。

以下に、具体的な分析手法についてまとめる。

湿潤重量約10gについて、過酸化水素水と塩酸により試料の泥化と有機物の分解・漂白を行う。分散剤を加えた後、蒸留水を満たして放置する。その後、上澄み液中に浮遊した粘土分を除去したうえで、珪藻殻の濃縮を行う。この操作を4〜5回繰り返す。次に、L字形管分離で砂質分の除去を行い、検鏡し易い濃度に希釈し、カバ−ガラス上に滴下して乾燥させる。乾燥した試料上に封入剤のプリュウラックスを滴下し、スライドガラスに貼り付け永久プレパラ−トを作製する。

検鏡は、油浸600倍または1000倍で行い、メカニカルステ−ジを用い任意に出現する珪藻化石が200個体以上になるまで同定・計数する。なお、基本的には、珪藻殻が半分以上破損したものについては同定・計数は行なわない。

(5)砂粒組成分析
砂粒組成分析は、粘土やシルトなどの細粒土層を対象として、含まれる砂粒大の粒子構成を明らかにするために行った。とくに、火山ガラスや重鉱物などのような火山灰やローム層などの火山性物質の検出を目的として実施した。

分析の手順は以下のとおりである。

試料約50gに蒸留水を加えて、これを超音波洗浄器にかけて、粒子を分散させる。分散した泥水を0.063mmの標準篩に流し、流水下で泥分を洗い流し、篩上に残った砂分をビーカーに回収する。回収した水に濁りが無くなるまでこの作業を繰り返した後、試料を乾燥し、検鏡試料とした。

検鏡は、実体顕微鏡・偏光顕微鏡を用い、砂分について砂粒組成を半定量した。この際に、火山ガラスが検出された場合は、吉川(1976)のガラス形態区分に従って、形態分類を行うこととした。また、コア試料の観察時に、表層試料中には浅間火山起源の軽石粒の存在が推定されているので、軽石の有無確認と形態観察を行い、新井(1979)の記載等に従い同定を行った。

(6)礫種構成分析
砂礫層を対象として、含まれる礫の岩石種類を特定することにより、礫種構成を明らかにし、その層準による違いを把握するために実施した。

分析は、コア試料の約10cm区間より採取された砂礫を水洗して細粒分を除去し、各試料の50個程度の礫を対象として肉眼あるいは実体顕微鏡により礫種を鑑定した。これらの結果をもとに、調査地域周辺における後背地の地質状況を考慮して礫の供給起源を推定し、砂礫層の形成時期を推定するための基礎資料とした。