4−3 調査結果

ボーリング調査結果の概要を示すと図4−3−1のとおりである。
図に示されるように、当地域では連続する2枚の粘土層が確認される。上位の粘土層は均質で青灰色を呈することで特徴づけられ、No.2地点を除いて最上部の0.5〜1.5m部分はシルトや砂分を混入し腐植質となる。層厚はNo.1地点で約6mあるほかは、おおむね5mで安定している。下位の粘土層はシルトの卓越した層相であり、黄褐色を呈する。全体に砂分を混入し、厚さ0.5m程度の粘土混じり砂層をはさむ。上位のものに比べてやや粗粒である。この粘土層の下面が確認されている地点はNo.1のみであり、厚さは約3.7mである。

これら2枚の粘土層は粘土混じり砂礫層によって挟まれる。砂礫層は基質に粘土分を多く混入した基質支持礫層であり、礫径は5〜50mmが主体的であり全体に淘汰は悪い。構成礫は亜角礫〜亜円礫が多く、礫種は砂岩、チャート、泥岩などを主体とする。各砂礫層の厚さはおおむね一定していると考えられ、下位の砂礫層で約5m、上位の砂礫層で約7.3mである。

上記したこれらの粘土および砂礫層は、断層活動による変形を受けていると考えられ、No.1−No.2間とNo.3−No.4間でそれぞれの伏在深度が異なる。

粘土混じり砂礫層の上位にはNo.1〜No.3地点では河川成と考えられる沖積層が分布し、下位より砂礫〜砂、シルト質粘土などよりなる。これらのうち砂礫層は下位の粘土混じり砂礫層とは層相が異なり、基質をほとんど持たない礫支持礫層であることより特徴的である。基質がほとんど流失していることより、利根川および小山川による河川堆積物と考えられる。この砂礫層の層厚は3.6〜1.4mに変化し、No.1地点で厚い。

当地区のもっとも表層部にはゆるい砂と軟弱な粘土が互層状に約3m堆積する。No.1、2地点の深度0.5m付近には軽石の微細片が含まれる。しかし、肉眼観察においてはこれ以外の火山灰起源物質は見いだされなかった。

No.4地点の深度5m以浅には、部分的に腐植部をはさむゆるい砂礫層が分布し、基質の粘土分が少なく下位の粘土混じり砂礫層やNo.1地点に見られた河川成と考えられる砂礫層とは層相が異なる。しかし、深度5m以深の2枚の粘土混じり砂礫層の層相は、No.1〜3地点の主体を占める粘土混じり砂礫層と同じであり、連続した地層と判断される。

なお、当調査地域は7〜8世紀ころの岡部条里遺跡の分布地域であり、遺跡調査より遺構面は地表面下0.5〜1.5m付近であることが確認されており、1.5m以浅の表層部は人工改変されている可能性が大きい。

以上の調査結果の詳細は、巻末資料に詳細柱状図およびボーリングコア写真として添付しているが、これらの結果をもとに作成した約1/100縮尺の概略柱状図を図4−3−2〜5にまとめて示す。

図4−3−1 ボーリング調査結果概要図

図4−3−2 概略ボーリング柱状図[No.1地点]

図4−3−3 概略ボーリング柱状図[No.2地点]

図4−3−4 概略ボーリング柱状図[No.3地点]

図4−3−5 概略ボーリング柱状図[No.4地点]