5−3−4 試料分析

本トレンチでは北および南法面のC層・D層から試料を採取し、放射性炭素による年代測定・花粉分析・ プラントオパール分析を行なった。

試料採取位置および分析試料一覧は図5−11表5−7のとおりである。

(1)炭素年代測定

(a)分析方法

1)原理

大気中で宇宙線により形成された14Cは直ちに、14CO2に酸化され、周囲の12CO2や13CO2と混合されて地球表面の炭素循環に従って混合分化されていく。14Cの半減期は5730年と長いため大気中のCO2はよく混合されており、大気CO2の14C濃度(通常、安定炭素12Cの個数に対する14Cの個数の比、14C/12C比で与えられる)は地域差がほとんどない。従って、近代工業の成立による化石燃料(石炭、石油は14Cを含まないdead carbonである)の使用量の増加に伴う14C濃度の希釈や核実験起源の人工14Cの付加による14C濃度の増加がなかった19世紀半ば以前では、大気CO2の14C濃度は地球上のどこでもほぼ一定であったと考えられている。

植物が炭酸同化作用で大気中のCO2を植物体内に固定するとき12C、13Cとともに14Cも同じ比率で取り込まれ、生きている植物体また植物体を食して成長する動物体の14C濃度は大気CO2の14C濃度とほぼ等しい。ところが植物体が死ぬと同化作用が止まり、生物体内の14Cは大気中の14CO2から新たに補充されることなく、14Cの半減期に従って時間の経過とともに一定の割合で減少する。この14C濃度の減少の割合から生物体が形成されたときの年代を推定する方法が14C年代測定法である。

2)試料の採取

14C年代測定のために採取する試料はすべて過去のものであり、現代の炭素物質に比べ14Cの濃度が低い。従って、現代の炭素を含む物質が混入しないように細心の注意を払わなければならない。

微細な炭片などは金属製のピンで採取し、アルミ箔で包み、ポリエチレン袋に入れ封をした。木片などもアルミ箔で包み、ポリエチレン袋に入れ封をした。泥炭層では、金属製のへらやミニスコップで、なるべく薄く(1cm程度の厚みで)採取し、同じくアルミ箔で包むか、もしくはそのままポリエチレン袋に入れ封をした。

3)測定方法

測定方法は大きく分けて以下の2つの方法がある。

β線計数法            間接法

加速器質量分析法(AMS)  直接法

β線計数法は放射壊変で放出されるβ線を計測し、14C濃度を分析する方法であり、今回の分析では液体シチレーション計数法で測定を行った。

加速器質量分析法は、14Cが壊変する際に放出されるβ線を検出するのではなく、14C原子自身を直接検出する方法である。加速器質量分析法はβ線計数法に比べ、以下のような長所がある。

1、測定に必要な炭素の量が従来のほぼ1/1000(0.2〜2mg)である。

2、測定時間が1試料当たり2〜5時間(試料の年代により異なる)と短い。

3、計測の自然計数(バックグランド)が極めて低いため、測定可能年代の限界が長くなった。従来法の3〜4万年B.P.から約6万〜6万5000年B.P.までの びた。

4、常に標準試料と交互に計測するため、測定誤差が±1%以下になった。

(b)分析結果

採取した16試料のうち10試料について分析を行った。採取サンプルおよび分析サンプルは表5−7に、サンプル採取位置については図5−11に示した。また測定結果を表5−8に記す。

各層毎に結果をまとめると、D−1層で1340±50 y/BP・190±60 y/BP・2810±50 y/BP(C8・C9・C10サンプル)、C−5層で1010±50 y/BP・900±60 y/BP・1000±60 y/BP(C5・C6・C16サンプル)、C−4層で4130±50y/BP・3870±50 y/BP(C3・C13サンプル)、C3層で2200±50 y/BP (C11サンプル)という結果が得られた。これらより、C層およびD層については、沖積層に相当すると推定される。

(2)花粉分析

(a)分析方法

1)原理

種子植物やシダ、コケ植物は一般に多量の花粉あるいは胞子を生産する。これら花粉、胞子は植物体と離れて空中に放出され、広範囲の路面や水中に落下し、時には雨水や河川により湖沼や海域に運搬され堆積する。花粉、胞子の外膜はスポロポレニンと呼ばれる物理、化学的に強靱な物質で構成されているため、化石として保存される。花粉、胞子の形態は個々の植物群により特異的であるため、それぞれの花粉、胞子の特性から母植物群を知ることが出来る。これら植物群の質的、量的構成を知ることにより、過去の植生を復元したり、当時の気候や古環境を推定することが可能になる。

2)分析方法

花粉・胞子化石の抽出方法は、以下の手順で行った。

試料を約10〜20g秤量し、塩酸処理により炭酸塩鉱物の除去を行い、遠心分離法で水洗する。フッ化水素酸処理により珪酸質の溶解と試料の泥化を行い、遠心分離法で水洗する。次に重液(ZnBr2比重 2.2)を用いて遠心分離法で鉱物質と有機物を分離させ、有機物を濃集し、水洗する。この有機物残渣について、アセトリシス処理を行い植物遺体中のセルロースを加水分解し、遠心分離法で水洗する。最後にKOH液処理により腐植酸の溶解を行ない、遠心分離法で十分に水洗する。処理後の残渣は、よく攪拌しマイクロピペットで適量をとり、グリセリンで封入し、検鏡した。

 検鏡は、プレパラートの2/3以上を走査し、その間に出現した全ての種類(Taxa)について同定・計数することを原則とした。ただし花粉化石の産出が非常に少ない試料に関してはこの限りでない。

(b)分析結果

花粉分析の結果を表5−9に示す。解析を行うために計数の結果にもとづいて、花粉化石群集図を作成した(図5−12)。出現率は、木本花粉(Arboreal pollen)は木本花粉の合計個体数を、草本花粉(Nonarboreal pollen)とシダ類・セン類胞子(Pteridophyta&Moss spores)は花粉・胞子の合計個体数をそれぞれ基数とした百分率である。図表において複数の種類をハイフォン(−)で結んだものは、その間の区別が明確でないものである。

分析結果のうち、特徴的な結果を記すと、P−3試料とP−6試料は、酷似した花粉化石である事からほぼ同時代の堆積物と考えられる。両花粉化石群集は、大阪周辺におけるウルム氷期以降のマツ属、スギ属、ツガ属などが増加し、それに伴ってアカガシ亜属が減少傾向を示すF5亜帯(古谷、1979)に類似し、対比される。古谷(1979)によればF5亜帯期は、シイ・カシに変わってマツ属(アカマツ・クロマツ)を主体とする二次林が次第に発達しはじめた頃であり、年代としては約2000年〜1500年前とされる。一方最近の発掘調査(小阪遺跡など)によると、奈良・平安時代においても同様の花粉群集が認められている。以上の事から、P−3・P−6の両試料の堆積年代は古墳時代から奈良・平安時代に相当すると推定される。

P−15試料のマツ属が卓越し、スギ属を多産するような花粉化石群集は、古谷(1979)のF6亜帯(約1500年前以降)に類似し、対比される。しかしその後の遺跡調査報告(パリノサーヴェイ(株)、1992)によると、奈良・平安時代のころはまだマツ属が卓越する事はなく、それは中・近世になってからである。これによって、本試料の堆積年代は中・近世と推定される。また、本試料では、水田稲作やソバ栽培を示唆するイネ科の多産やソバ属の産出と主に、アブラナ科が多産する事が注目される。アブラナ科は虫媒花で、花粉の生産量が風媒花と比較しても少なく。本試料のように多産する事は近隣にかなり密集して生育していたと推定される。これにより、アブラナ栽培の可能性が考えられる。深津(1975)によれば、九州・近畿などでは、江戸時代とあまり遠くない時期に搾油がはじまり、慶長〜元和(1556〜1624年)の頃には極めて盛んにアブラナ栽培が行われるようになったとされる。本試料のアブラナ科の多産が、アブラナ栽培に由来するものとすれば、その時代はそれらが盛んに行なわれ得ていた1600年前後の可能性が考えられる。

なお、P−11、P−13試料は、花粉化石の産出が非常に少なく時代を考察する事は困難である。

文献)

深津 正(1975)アブラナ.週刊朝日百科 世界の植物,61,14−19.朝日新聞社.

古谷正和(1979)大阪周辺地域におけるウルム氷期以降の森林植生変遷.第四紀研究,18, 121−141.

パリノサーヴェイ(株)(1992)小阪遺跡における珪藻・花粉・植物珪酸体からみた古環境.小阪遺跡 −近畿自動車道松原海南線および府道松原泉大津線建設に伴う発掘調査報告− 自然科学考察編,561−582,大阪府教育委員会・(財)大阪文化財センター.

(3)プラントオパール分析

(a)分析方法

1)原理

 プラント・オパ−ルとは、根より吸収された珪酸分が葉や茎の細胞内に沈積・形成されたもの(機動細胞珪酸体や単細胞珪酸体などの植物珪酸体)が、植物が枯れるなどして土壌中に混入して土粒子となったものを言い、機動細胞珪酸体については藤原(1976)や藤原・佐々木(1978)など、イネを中心としたイネ科植物の形態分類の研究が進められている。また、土壌中より検出されるイネのプラント・オパ−ル個数から稲作の有無についての検討も行われている(藤原 1984)。このような研究成果から、近年プラント・オパ−ル分析を用いて稲作の検討が各地・各遺跡で行われている。

2)分析方法 

プラント・オパ−ル分析は以下のような手順にしたがって行った。

秤量した試料を乾燥後再び秤量する(絶対乾燥重量測定)。別に試料約1g(秤量)をト−ルビ−カ−にとり、約0.02gのガラスビ−ズ(直径約40μm)を加える。これに30%の過酸化水素水を約20〜30cc加え、脱有機物処理を行う。処理後、水を加え、超音波ホモジナイザ−による試料の分散後、沈降法により1μm以下の粒子を除去する。この残渣よりグリセリンを用いて適宜プレパラ−トを作成し、検鏡した。同定および計数はガラスビ−ズが300個に達するまで行った。

3)引用文献

藤原宏志(1976)プラント・オパ−ル分析法の基礎的研究(1)−数種イネ科植物の珪酸体標本と定量分析法−.考古学と自然科学, 9, p.15−29.

藤原宏志(1984)プラント・オパ−ル分析法とその応用−先史時代の水田址探査−.考古学ジャ−ナル, 227, p.2−7.

藤原宏志・佐々木彰(1978)プラント・オパ−ル分析法の基礎的研究(2)−イネ(Oryza)属植物における機動細胞珪酸体の形状−.考古学と自然科学,11,p.9−20.

(b)分析結果

同定・計数された各植物のプラント・オパ−ル個数とガラスビ−ズ個数の比率から試料1g当りの各プラント・オパ−ル個数を求め(表5−10)、それらの分布を図5−13に示した。以下に示す各分類群のプラント・オパ−ル個数は試料1g当りの検出個数である。

検鏡の結果、全試料よりイネのプラントオパールが検出され、1000〜2000個のPo−10〜Po−12以外は、15,000個以上を示している。最も多く得られたのはネザサ節型で、少ないPo−9でも150,000個を越えている。ついでウシクサ属が多く、10000個前後を示している。ヨシ属も全試料から得られ、Po−11では約8000個とヨシ属としては多く得られている。その他、シバ属も個数は少ないが多くの試料から検出され、キビ属も3試料より得られている。

全試料より稲のプラントオパールが検出されており、この事より稲作について考察すると、検出個数の目安として水田址の検出例を示すと、福岡市の板付北遺跡では、稲のプラントオパールが試料1gあたり5,000個以上という高密度で検出された地点から推定された水田址の分布範囲と、実際の発掘調査とよく対応する結果が得られている(藤原、1984)。こうした事から、稲作の検証としてこの5000個を目安に、プラントオパールの産出状況を踏まえて判断されている。

P−10〜Po−12の3試料をのぞく他の4試料においては、15,000個以上と5,000個をはるかに越える個数を示しており、これらの採取地点・層準においては検出個数からは稲作が行なわれていた可能性は高いと判断される。

また、Po−10〜Po−12の3試料におけるイネのプラントオパールはいずれも風化が激しく、二次堆積である事が推定され、稲作の可能性は低いと考えられる。同3試料においてはネザサ節型とクマザサ属型が卓越し、周辺部よりこれらのプラントオパールが混入してきたと推測される。また堆積物が砂質なため、上位より雨水に混じって混入した事も推定される。なおキビ属については、タイヌビエといった稲作に関係する雑草種であると推定される。