(1)大原断層 地表地質調査結果

大原断層周辺の地質層序表は、表3−3−3に示した。

三郡変成岩は、金谷以西に分布しており、おもに泥質片岩および塩基性片岩により構成され、珪質片岩を挟在している。地質構造は、ほぼ東西方向を示している。三郡変成岩内に、非変成の緑色岩が挟在されていることが確認されている。

舞鶴層群は、非変成の粘板岩、緑色岩を主体としており、一部でチャートを挟在している。夜久野岩類は、舞鶴層群の周辺あるいは、内部の構造的弱線に沿って分布しているとされているが、本調査地では、夜久野岩類が広く分布しているため、舞鶴層群の分布は局所的となっている。舞鶴層群の分布が認められる地域は、中町付近に粘板岩(一部に砂岩を挟在)、豊成付近に緑色岩、東町付近に緑色岩、チャートが分布している。

夜久野岩類は、塩基性岩相の分布が卓越しており、おもに変斑れい岩と変輝緑岩が分布している。酸性岩相は、変花崗閃緑岩、変石英閃緑岩が塩基性岩相内にレンズ状に挟在されている。酸性岩相の分布は狭小なため、地質平面図には表現していない。また、舞鶴層群の粘板岩が夜久野岩類内に挟在されている箇所が認められる。舞鶴層群と夜久野岩類の地質構造は、ほぼENE −WSW を示すものと推定される。相生層群は、西町から中町にかけて、おもに大原断層の南側に分布している。相生層群は、下位より流紋岩(火砕岩主体)、安山岩(溶岩、火砕岩)の順序で分布しており、ほぼ東西方向で南に傾斜する構造を示しているものと推定される。

黒尾峠花崗岩は、真殿から塩谷上流の沢にかけて分布しており、三郡変成岩に貫入しており、那岐山火山岩類の安山岩に覆われている。

那岐山火山岩類は、おもに安山岩の火砕岩が分布しており、上部に局所的に安山岩溶岩が分布し、その上部に流紋岩溶岩の分布が認められる。

@大原断層と基盤岩の関係

西町〜中町東方にかけては、基盤岩の境界にほぼ一致しており、大原断層の北側に夜久野岩類、舞鶴層群が分布し、南側に相生層群の流紋岩、安山岩が分布している。ただし、西町のトレンチサイト周辺では、大原断層の南側に夜久野岩類が局所的に分布している。

中町では、大原断層の北側に夜久野岩類、南側に舞鶴層群の粘板岩が分布している。北側には、断層周辺に局所的に流紋岩が分布している。

古町〜金谷にかけては、大原断層を挟んで両側に夜久野岩類が分布している。夜久野岩類の岩相が変化に富み、構造が明確でないため、大原断層による分布の相違は明らかではない。古町では、大原断層の南側のみに相生層群の流紋岩が局所的に分布している。

金谷〜豊成東方にかけては、大原断層の北側に舞鶴層群、三郡変成岩が分布し、南側に夜久野岩類が分布している。

豊成付近では、北側に三郡変成岩、南側に舞鶴層群が分布しており、大原断層が岩相の境界にほぼ相当している。

豊成以西では、大原断層は、三郡変成岩の分布域を通る断層となり、北側に黒色片岩および珪質片岩、南側に緑色片岩が分布しており、ほぼ岩相境界に対応した断層となっている。

大原断層末端以西の塩谷付近では、黒尾峠花崗岩の三郡変成岩への貫入面、黒尾峠花崗岩と那岐山火山岩類の境界は断層による分布の規制を受けていない。

大原町中町と大原町古町に夜久野岩類を覆う相生層群の流紋岩の小規模な岩体が確認されている。中町の岩体は南限、古町の岩体は北限をそれぞれ大原断層により規制されており、大原断層による右横ずれを生じたものと考えられる。横ずれの量は約 1qである。

大原町金谷と勝田町豊成において、それぞれ大原断層の北側と南側において、夜久野岩類 変はんれい岩と舞鶴層群 緑色岩の境界が推定される。この地質境界は大原断層により約 1.8q右横ずれを生じている。

A 断層露頭の記載

大原断層 Y−3沿いに確認される断層露頭の記載は、以下に示すとおりである。

宮本川河谷西方約 400mの地点(SK−3)における道路工事法面において、夜久野岩類 変はんれい岩と相生層群 流紋岩?が接する断層露頭が確認された。断層の走向・傾斜はN75D°E,50°N を示す。夜久野岩類 変はんれい岩は断層沿いに 2m粘土化し、相生層群 流紋岩?は約10m紫色を帯びた粘土化している。

相生層群 流紋岩?の上位には、砂礫層が分布し、さらにその上位を崖錐堆積物が覆っている。砂礫層は、露頭周囲の段丘面がLU段丘面に対比されることより、LU段丘面堆積物( 2万数千年程度)と考えられる。

沢の系統的な左横ずれが認められる古町西の山地において、2か所の断層露頭が確認されている。吉野川北西方約 700mの地点において、夜久野岩類 変はんれい岩内の破砕部が確認された。断層の走向・傾斜はN 30°W,74°SWを示し、破砕幅は約70pである。また、幅 1pの断層粘土にNWで45°に傾斜する鏡肌が認められる。断層面の直上は表土に覆われている。吉野川北西方約 800mの地点において、夜久野岩類 変はんれい岩と流紋岩質岩石が接する断層露頭が確認されている。断層の走向・傾斜はN 26°W,80°NEを示し、幅 3p程度の断層粘土が認められる。流紋岩質岩石と変はんれい岩の間50pは、上方から崩落した礫により充填されている。

古町西のライスセンター法面(SK−7)において、夜久野岩類 花崗岩質岩石と変はんれい岩、石英閃緑岩を境する断層が確認されている。断層の走向・傾斜はN 32

°W,90°を示している。断層の南側の花崗岩質岩石は著しく風化しているため、破砕幅は明らかではないが、北側のはんれい岩、石英閃緑岩は40p程度破砕により粘土化し、 1m以上破砕の影響を受けている。南側の小沢により形成された扇状地礫と断層の関係が確認されており、扇状地礫層に 0.5m以上の変位を与えている(図3−3−7)。この扇状地礫層は、沢の渓床とほぼ同じ高さに堆積していることから、完新世の堆積物であると考えられる。

真船川東方約 400mの地点では、現在法面工事により観察を行うことができないが、夜久野岩類内に破砕粘土があったという報告があり、大原断層に相当するものと考えられる。

川上川北西方約 100mの地点(SK−8)では、夜久野岩類 変はんれい岩と変閃緑岩を境する断層露頭があり、断層の走向・傾斜は、N 70°W,65°S を示し、破砕幅は15p程度で、数oの断層粘土が確認されている。断層の直上は表土に覆われている。断層の南側の石英閃緑岩は、約 4mの変質部を伴っている。

吉野川河谷東方約 250mの地点では、三郡変成岩 泥質片岩と舞鶴層群 緑色岩を境する断層露頭が確認されている。断層の走向・傾斜はN 80°W,81°N を示し、破砕幅は約40pで、 5pの断層粘土が確認されている。

豊成より北西に延びるリニアメントY−2 では、勝田町碇谷において、泥質片岩内にN 45°W,80°S を示す破砕部が確認されているが、変質を伴って、締まっており、明瞭な破砕組織は認められない。これより北西方では断層露頭は確認されていない。

豊成から西方に延びるリニアメントY−3 では、リニアメント周辺に小規模な破砕部が認められるのみであり、明瞭な破砕組織を示す断層露頭は確認されていない。

リニアメントY−3 南側の東西方向のリニアメントO−8 では、塩谷西方約 1qの林道法面において、塩基性片岩内にN 70°W,85°N の破砕部が確認されている。破砕粘土は約 3p、破砕幅は10pである。破砕部の両側は堅硬な塩基性片岩であり、豊以東の大原断層に相当する破砕部と比較して、破砕幅が小さい。