(2)地層

B火山体の構成層

実際には、露頭での確認頻度は少ないが、火山体斜面の構成層が断層の両側で認定できる場合には、@で述べた火山斜面自体より、変位基準面として有効と考えられる。ただし、一般に層厚が厚い(10〜数10mオーダー)ため、当該地層の上面ないし下面が決定できない場合には、変位量の推定精度は落ちる。また、火砕流などの場合、厳密に言えば冷却時の層厚変化等も考慮すべきであろうが、今回の検討では無視した。

今回の調査では、特に十文字原から天間にかけての地域や日出生台付近に分布する石質の火砕流堆積物などが、変位基準面として有用と判断した(図3−2−7図3−2−8参照)。

C表層の火山灰や土壌

調査地域では、事前の予想通り、火山斜面や沖積低地上に厚い黒ボク土(最大層厚2m以上)が分布し、その中に火山灰層が確認できた。火山灰層は、複数のこともある。これらは特に新しい時代の断層活動の認定・評価上で重要である。以下に、今回の調査により調査地域内で確認された火山灰についてまとめる。

町田・新井(1992)で調査地域付近に分布するとされている火山灰のうち、今回の調査で分布が確認された火山灰とその年代等は次の通りである。

表3

これらの火山灰の産状を図3−2−1図3−2−2図3−2−3にまとめた。

阿蘇−4火砕流堆積物(Aso−4)は、調査地域北西部の日出生台北部の沢沿いにまとまって分布し、平坦面を形成しているほか、調査地域北東端の日出地域でも、いわゆる「八女粘土」と「鳥栖ローム」の産状に類似した層相を示して分布していることが確認された。日出地域での厚さは、2m以上である。小林(1994)では、塚原地区での産出が報告されているが、今回は確認できていない。

九重第一軽石層(Kj−P1)に対比されると考えられる火山灰は、黄色ないし橙色の軽石層と細粒な火山灰層の組合せという特徴的な産状を示し、日出生台から天間にかけて分布する。層厚は30〜50pである。

ただし、この火山灰中の火山ガラスの屈折率にはかなり巾があり、すべてが一つの率ないし噴出源のものとは確認できていない。この火山灰については、今後さらに検討する必要がある。

姶良Tn火山灰(AT)も日出生台から天間・十文字原にかけて確認されるが、表層の土壌(黒ボク土)中に分散し、純層としては認められないこともある。層厚は、10〜30pである。

鬼界−アカホヤ火山灰(K−Ah)は、調査地全域に広く分布している。白〜黄〜オレンジを呈し、表層の黒ボク土中に挟まれることが多いため、識別は容易である。層厚は10〜15p以下であることが多いが、微小な凹地部では30〜50p以上の層厚を示すこともある。また、大分市内で地質調査所によって実施された既往のボーリング試料で「シラス」と記載された試料についても、K−Ah火山灰であることを確認した。

由布岳火山灰(Yf−1)は、由布岳北西部から溶岩円頂付近の崩壊で生じた火砕流〔小林(1984)では「塚原火砕流」、星住ほか(1988)では「池代火砕流」。ここでは後者の命名を採用〕と同時期でK−Ah火山灰の上位に位置する(小林、1984)とされている。Takemura(1995)では、別府湾のボーリングコアの分析で、K−Ahの上位に4層準の火山灰降下層準を認め、その内の1層準をYf−1に対比している(図3−2−1参照)。

今回の調査では、由布岳の東方にあたる天間地点でK−Ahの上位に3層準の火山灰層を確認した。これらの火山灰層に含まれる火山ガラスの屈折率は、いずれもほぼ同じであり、かつ、池代火砕流堆積物本体に含まれる火山ガラスの屈折率とも一致している。このことから、この3層準の火山灰の供給源は、由布岳であると判断した。また、火山灰近辺の黒ボク土について14C年代測定を行ったところ、下位の火山灰層から順に、2,000年BP前後(1,650年BPと2,550年BPの間)、1,350年BP前後(1,320年BPと1,400年BPの間)、1,000年(?)BP前後(860年BPと1,320年BPの間)という値が得られた、小林(1984)の結果と比べると最も層厚が厚く明瞭な最下位の層がYf−1であると判断される。※

※この地点では、K−Ah火山灰の下位にもYf−1と同様の火山ガラスの屈折率を示す火山灰層準が2層認められた。これらについても由布岳由来と考え、Takemura(1995)の結果と総合すると由布岳ではK−Ah、Yf−1の両火山灰の降下を挟み、現在まで少なくとものべ7回の火山活動があったことになる。K−Ah以降についてみると活動間隔は、500〜2,000年程度となる。

これと類似の火山灰は、十文字原や経塚山付近にも分布しており、今後の活断層の評価の上で重要な指標となりうると考えられる(図3−2−2)。ただし、分布域は、由布岳の東方に限られるようである。

また、調査地域内の表層には、黒ボク土が厚く分布しており(最大層厚2m)、新しい時代の火山灰(AT以降)は、その間に挟まれていることが多い。その際に、黒ボク土中に火山灰が分散すると、肉眼では暗紫色ないし赤紫色を帯びる(図3−2−1の十文字原セクションの火山灰含有率参照)。一方、今回の調査結果からみると、調査地域での黒ボク土の形成開始年代は、K−Ahの前ないしATの前であり、1万〜3万年前と推定される。このように、黒ボク土ないし付随する赤紫色を帯びたシルト〜粘土は、火山灰の純層が確認できない地点でも年代の指標として用いることができると考えられる。これは特に表層の浸食が著しく、火山灰の産出が貧弱な北部地域において活断層の評価上の有効な指標となりうる。

このほか、調査地域のほぼ全域で、黒ボク土の下位で、基盤の火山岩類との間に、小〜中礫サイズの火山礫を所々に含む黄褐色〜褐色の粘土層が認められる。層厚は最大で2m以上に達する。十文字原セクションでの火山灰分析では、この層からも火山ガラスが抽出されており、粒度的な均質性からみて、降下火山灰起源の地層である可能性が考えられる。日出生台付近では、一部はKj−P1層とみられる火山灰層の上位に位置するが、十文字原セクションで抽出された火山ガラスがスーパーハイドレーションを生じていることが多いことからみて、10万年オーダーの年代とみられる。おそらく複数の火山灰起源で、かつ、降下後に再堆積したものも含まれていると思われるが、その噴出源や時代は特定できていない。

このように表層の黒ボク土や火山灰層は、調査地のほぼ全域で変位基準面として有効と考えられるが、次のような問題もある。

・ 沖積低地や段丘面の構成層を除き、断層の変位量の推定のためには、現地形の復元が必要であるが、地層の露出状況等、復元のための条件がそろうことはあまりない。

・ 原地形面が復元できた場合でも、10pオーダーの誤差が付随するが、しばし  

ば表層での断層変位量は、数10p以下であるため、変位量の絶対値にかなり

の誤差が含まれることになる。

・土壌中に含まれる火山灰層は、堆積後に分散することが知られており(竹村・壇原,1988)、いわゆる純層として認定できる場合以外は、降灰層準や当時の地形面の確定に際しては、充分注意を払う必要がある。今回も各所で土壌中の火山灰の顕著な分散現象を見出した(図3−2−4、左上の図)。

・斜面上の土壌や火山灰は、地すべりやクリープ等の斜面変動により、断層運動による変形と類似した変形を示すことがある。このような場合には、周辺の地形や変形の性格(圧縮によるものか引張によるものか)、変位の累積性などを考慮して、断層運動による変形かどうかを判断したが(図3−2−4、下の図)、判別の困難な場合もある(資料集Loc.21参照)。

・斜面の開析により、断層の特に上り側の表層の軟質な地質が消失していることがある。調査地域内の火山斜面での浸食作用は、時に断層による変位と逆向きの斜面を短時間で形成することもある(図3−2−4、右上の図)。また、調査地域の北部や日出地域で表層の火山灰層や黒ボク土の分布が乏しいのは、大部分この作用によると考えられる。

以上のような変位基準面の評価に関連する問題については、調査地点毎にその状況から解釈や評価の有効性を判断した。地形地質調査にあたっては、このような変位基準面の問題点を考慮し、断層の活動性評価が過大・過小にならないように留意した。