(2)万年山−亀石山地域

この地域については、文献に示されたデータのまとめに加えて、詳細な地質調査、年代測定による層序と年代の再検討を行なった。

万年山地域には、30万年〜85万年前に噴出した万年山溶岩、五馬市溶岩、亀石山溶岩等の作る溶岩台地上に、東西走向の多くの断層崖が認められる。まず、今回の調査により明らかになった、これらの火山噴出物の層序と火山地形についてまとめる。

1)既往文献に示された万年山溶岩の層序

いわゆる「万年山溶岩」という呼称は、かつては、大分県及び近傍に広く分布する流紋岩質の

溶岩に対して広く用いられていたが(大分県,1971)、その後の研究で万年山地域と他の地域では、噴出年代、磁化方向が異なることが判明し(宇都・須藤,1985;須藤,1985)、現在は、万年山及びその周辺に分布し平坦面を形成している溶岩についてのみ、この名称が用いられている(NEDO,1990など)。しかしながら、これら全てが同時期の噴出物であると確定できているわけではないとして、須藤(1985)は、万年山山頂の平坦面を作る溶岩のみを「狭義の万年山溶岩」とし、その周辺に分布する溶岩[池田(1979)の「万年山溶岩U」(図2−1−3)]を「中義の万年山溶岩」と名づけた。本報告では、NEDO(1990)と同様に、この「中義の万年山溶岩」について、万年山溶岩の名称を用いる。

NEDO(1990)での万年山地域の主要な溶岩流の区分と層序は、次のとおりである。

  後期更新世   Aso−4火砕流堆積物/Aso−3火砕流堆積物

                       (不整合)

  中期更新世   亀石山溶岩(黒雲母角閃石デイサイト)

   |      万年山溶岩(黒雲母流紋岩)

  前期更新世   五馬市溶岩(黒雲母含有輝石デイサイト)

                       (不整合)

          耶馬溪火砕流堆積物

ただし、地形的にみると、天ヶ瀬町塚田南方では、万年山流紋岩質溶岩の分布の南縁は、亀石山デイサイト質溶岩の高まりで区切られて、その南側には分布しないようにみえる。この点からみると、亀石山溶岩は、万年山溶岩より古いと考えることができる。一方、既往文献に示された年代値をみると、亀石山溶岩の年代値は、万年山溶岩の年代値より総じて若く、地形的な判断と矛盾する(図2−1−9参照)。

2)今回の調査結果

今回の調査では、上記の各溶岩が分布する天ヶ瀬温泉南方の溶岩台地について詳細な地質調査を行い、火山層序、噴出年代を検討した。

a.岩石記載

万年山地域主部(五馬市〜塚田〜北平付近)で採取した試料についての薄片観察結果をまとめ

ると次のようになる(表2−1−4、薄片写真は巻末資料に示す)。

万年山溶岩 :斑晶は、斜長石、角閃石、紫蘇輝石、普通輝石。基質はガラス質。流理構造がみられる。複輝石角閃石安山岩。

亀石山溶岩 :斑晶は、斜長石と紫蘇輝石、普通輝石。角閃石は含まない。斜長石斑晶にはやや細粒な柱状のものが多い、基質は間粒状。複輝石安山岩。

五馬市溶岩 :斑晶は、斜長石と紫蘇輝石、普通輝石。角閃石は含まない。斜長石斑晶にはかなり粗粒で、肉眼では斜長石斑晶のみが目立つ。斑晶含有率は亀石山溶岩に比べて低い。基質は間粒状。複輝石安山岩。

今回の結果は、上記のNEDOの記載とかなり異なっているが、この地域においては、これらの岩相は、かなり安定してみられるものである、以後、この結果にもとづいて記載する。

なお、既往文献では、吉武山付近の溶岩は、亀石山溶岩と一連とされているが、斑晶の構成等からみると、万年山溶岩との類似が大きいようである。この点については、さらに検討が必要であり、今回は、亀石山付近の溶岩のみを「亀石山溶岩」として扱う。

表2−1−4 万年山地域主部の岩石薄片観察結果

b.溶岩流の層序関係

天ヶ瀬町五馬市、塚田、出口付近での各溶岩流の分布は、次のとおりである。溶岩流相互の直接の関係を示す露頭は確認できていない(図2−1−4図2−1−5参照)。

・亀石山溶岩の分布標高は、万年山溶岩より低い(塚田の南方)。

・五馬市溶岩の分布標高は、万年山溶岩より低い(川作の東方)。

・亀石山溶岩は、五馬市溶岩より高い位置に出現する(見折谷南方〜出口東方)。栃井東方では、後者の分布域内に前者が出現するが、これは、溶岩流下時に地形的に低い部分を埋めたためと考えられる。

・亀石山断層の落ち側では、耶馬溪火砕流堆積物上位の礫層の直上を五馬市溶岩が覆う(出口西方の谷の北側斜面)。

・一方、亀石山断層の上がり側では、亀石山溶岩が、耶馬溪火砕流堆積物上位の礫層を覆う(出口南方の山腹)。

・塚田南方の鳥越付近では、南北方向の谷を挟んで西側に亀石山溶岩が、東側に万年山溶岩が分布する。東側の山体は、2面の平坦面と溶岩流末端斜面の組み合わせからなり、2層の溶岩流に対応すると考えられる。既往の地質図では、上位の溶岩流のみが万年山溶岩とされているが、今回の調査で、いずれも万年山溶岩からなることが確認された。

・この地域での両溶岩の分布からみると、万年山溶岩が下位の亀石山溶岩にアバットしていると考えるのが妥当と思われる。

・2面の平坦面を形成している万年山溶岩は、いずれも複輝石角閃石安山岩で黒雲母を含まないが、さらに東方の山田牧場付近では、山体の標高が高くなり、面の平坦性が失われ、黒雲母を含むデイサイト質溶岩が出現する。これは、平坦面を作る溶岩より新しいと考えられる(図2−1−6−1図2−1−6−2)。

・以上の結果より、本地域の層序は、次のようにまとめられる。

  後期更新世    Aso−4火砕流堆積物/Aso−3火砕流堆積物

                       (不整合)

           万年山溶岩(黒雲母含有デイサイト型)

  中期更新世    万年山溶岩

           亀石山溶岩

    |      五馬市溶岩

                       (不整合)

  前期更新世    礫層

                       (不整合)

           耶馬溪火砕流堆積物

c.火砕流堆積物の層序

平成14年度調査では、万年山地域主部の溶岩台地を開析した谷の中に、段丘状の平坦面を形成して広範囲に分布している堆積物について、性状からみて火砕流堆積物であり、既知のどの火砕流にも対比されない、由来不明のものであることを明らかにした(図2−1−7)。

この堆積物は、おおまかに次の2つのタイプに区分され、タイプAが上位と推定された。

タイプA: 雲母片を多量に含む。火山ガラスも残存していることが多い。

タイプB: 雲母片を含まない。火山ガラスもほとんどみられない。

さらに、周辺の溶岩との関係からみて、これらの火砕流堆積物の層準は、複数であると推定された。フィッション・トラック法による年代も、34万〜64万年前というやや幅のある値を示した(図2−1−8)。

以上の結果をふまえて、今年度はさらに詳細な調査を実施した。調査結果は、次のとおりである。

c−1.火砕流と万年山溶岩の関係

調査地内の溶岩流の最上位に位置する黒雲母を含むデイサイト質溶岩のさらに上位に、黒雲母を多量に含むタイプAの火砕流堆積物が厚く出現することが確認された(山田牧場入り口の道路法面)。最上部は、軽石流堆積物からなる(図2−1−6−1図2−1−6−2)。万年山溶岩分布域の各所で、このような火砕流堆積物(タイプA)が、溶岩を覆って出現する。

一方、塚田南方のフラワーパークへ向かう林道沿いでは、上記の2面の溶岩流のつくる平坦面のうち、下位の平坦面に対応する位置に火砕流堆積物(タイプB)が出現する。産状からみて、この堆積物は、溶岩流の間に挟まっていると考えられる。

前述した層序にもとづけば、万年山溶岩は、この地域内では、最上位の溶岩流であり、これより上位には、不明火砕流と関連する可能性のある火山噴出物はみられない。

以上の結果をまとめると、この火砕流堆積物は、万年山溶岩に密接に伴っており、この溶岩と一連の活動で噴出したと推定され、溶岩流を間に挟む、少なくとも2つの層準に出現すると考えられる。万年山溶岩分布域内には、タイプAとタイプBの両方がみられるが、多くはタイプAである。以下。この火砕流を「万年山火砕流」と呼称する。

c−2.他の溶岩流との関係

不明火砕流堆積物の分布は、一部は、万年山溶岩の分布域を越えて、さらに西方の五馬市溶岩や亀石山溶岩を基盤とする地域にも広がっている。

・五馬市溶岩や亀石山溶岩を基盤とする地域では、火砕流堆積物が、風化面や浸食面(あるいはその両方)を間に挟む、時代の異なる複数のフローに区分できる。それぞれのフローは、特徴的な層相を示し、細分したフロー同士の対比も可能と考えられる。

・このようなフローの中でも、上位のものはタイプAを含み、万年山火山の最上位のデイサイト質溶岩流と関連する火砕流堆積物に対応していると考えられる。下位に位置すると考えられるフローは、主にタイプBからなる(まれにタイプAもみられる)。特に、亀石山溶岩を直接覆う堆積物は、軽石片(現在は粘土化)を多量に含み、黒雲母を含まない特徴的な層相を示す。これを、万年山火山の溶岩流に先行する噴出物と考えると、先に述べた溶岩流の層序と整合する。

d.層序と年代値のまとめ

各火山噴出物について、平成14年度の今回の調査で得られた年代値、文献に示された年代値をまとめた(図2−1−9)。

・万年山溶岩と不明火砕流堆積物の年代は、いずれも、30万〜40万年前と50万〜65万年前の2つに大きく区分できる。

・これは、両者の密接な関係、さらに溶岩と火砕流の噴出が2回(以上?)生じたという地形、地質データからの推定を支持する。

・五馬市溶岩の年代値は、試料数は少ないものの、おおむね万年山溶岩より古い年代を示し、地形、地質データと整合的である。

・しかしながら、亀石山溶岩の年代値は、万年山溶岩と同時代かそれより若い年代を示す。これは、地形、地質データと矛盾している。この点については、さらに再検討が必要であるが、今回の調査の中では実施できなかった。

・ このような問題点も含め、各火山噴出物の変位基準面としての年代を、次のようにまとめた(図2−1−9の右端の欄)。

    万年山溶岩および火砕流堆積物:35万年前

    亀石山溶岩             :42万年前

    五馬市溶岩             :85万年前