(2)堀田地区での調査結果と評価

(1) 断層の位置

堀田地区においては、平成10年度調査以後、詳細調査地点選定のために再度地形地質調査を実施した。

その結果、従来「堀田断層」とされていた断層は、朝見川断層の西方延長ないしその分岐の一条とみた方がよいと判断した(図3−3−5−3参照)。その根拠は次の通りである。

・従来、堀田断層の断層崖とみなしていた最比高約35mの東西走向、北落ちの崖の100〜130m北側にある「高位」段丘(千田,1995)北端の崖も、同様に東西走向で比高は最大25mに達する。

この崖を、従来は段丘の浸食崖とみなしていたわけであるが、現在最も近い河川である境川は崖から北側に約400m離れており、このような大きな崖をつくるような浸食力は想定しにくい。

・この崖の東方延長は、東方からの朝見川断層の断層崖の位置で急に途切れ、その東側へは連続しない。

・これらの諸点を考慮すると、朝見川断層の西方延長は、南立石板地町付近で走向を西北西−東南東から東西方向へかえ、西方へ従来の堀田断層と平行に延び、この断層の活動によって「高位」段丘が全体として南上がりの変位を受けて、現在のような分布になったとする方が考えやすいと思われる。

以上の考察をもとに、今回の調査では、朝見川断層の西方延長が2条に分岐し、それぞれ東西方向に延びていると判断した。

さらにこの判断を踏まえ、北側の分岐の西方延長地点で断層を確認するためにトレンチ調査を実施した。しかしながら、ここでは断層自体は確認できなかった。トレンチ掘削状況と壁面写真を巻末資料に収めた。

(2) 断層の走向・傾斜

前述のように、堀田地区では、堀田−朝見川断層はほぼ東西走向である。断層自体は確認していないので、断層面の正確な傾斜は不明である。ただし、断層崖の勾配からみて、鉛直に近いと推定される。

(3) 変位センス

地形から判断される変位センスは北落ちである。横ずれ成分の有無についてのデータは得られていない。

(4) 変 位 量

前述(表3−3−5−1)のように、千田(1995)は、断層の上り側の礫質な扇状地堆積物中にK−Ah火山灰を確認し、現在の崖の比高から、この堆積物が最大約35m北落ちに変位したと判断している。ただし、落ち側に上り側と対比できる堆積物や火山灰層があるかどうかは確認していない。

また、日本道路公団による大分自動車道路の地質調査ボーリング結果からは、扇状地堆積物の上面は、約32m北へ落ちていると読み取れる。

今年度の調査では、断層の両側でボーリング調査(BH−1,2孔)を行った。その結果、落ち側の両地点のボーリングで礫層中にK−Ah火山灰を確認した(図3−3−5−5参照、コア写真・柱状図は巻末資料に収める)。上がり側のK−Ah火山灰の分布標高と、落ち側の分布標高との比高を求めると、約19mである※。

両地点共に、K−Ah火山灰の上・下位の扇状地堆積物は、角閃石安山岩質溶岩の亜円〜亜角礫(最大径1m弱)が、同質の砂〜シルトサイズの基盤中に含まれており、岩質からみて、鶴見岳から供給されて扇状地を構成している堆積物であると判断される。火山灰層自体も明瞭な上方細粒化の構造を示しており、不純物はほとんどなく、降下時の構造が残されていると考えてよい。このようなコアでの産状及び千田(1995)に示されたスケッチからみて、扇状地形成の途中でK−Ah火山灰が地表を覆い、その後さらに礫層が覆った後で断層変位を受けて現在のように再配置されたと判断される。

このような地質状況からみて、堀田地区においては、K−Ah火山灰降下後に約20〜30m北落ちの変位があったと判断される。これは、前述した朝見川地区での評価とほぼ同じかやや大きい値である。

(5) 活動イベント

断層の活動時期を特定するデータは得られていないが、平成10年度の調査で鶴見岳の最新の溶岩流(1,600年BP以後に噴出)が断層による変位を受けていることが確認されており、このことからみて、最新活動時期は、1,600年BP以後と判断される。

図3−3−5−5の断面の方向は、断層の走向と正確には直交しておらず、落ち側のBH−1孔はやや上流側に位置している。現在の扇状地が東傾斜(勾配1/8〜1/4)であることをもとに補正すると、火山灰の出現標高の比高は、25〜31mとなる。

誤差を考慮すると、20〜30m程度と評価される。

◎堀田−朝見川断層の活動性評価

上に述べた2地区での活動性評価をまとめると、次のようになる。

・変位量(K−Ah火山灰)以後:上下方向で20m程度(北落ち)

・平均変位速度:上下方向で、3.2m/1,000年

・活  動  度:A級

・最新活動時期:1,600年BP以後

・1回の変位量:(落ち側の堆積物の層相変化から推定すると上下方向で2m程度)

・活 動 間 隔:(落ち側の堆積物の層相変化から推定すると600〜700年程度)

堀田断層の地形・地質調査結果

※平成10年度報告書より転載

1)断層の概要

              九州活構造研究会(1989)           活断層研究会(1991)

確 実 度          T                         T

長   さ(q)        4.3                         4

走   向          EW                         EW

変位の向き       S上がり                       S上がり

変位基準と      扇状地面(fM3:5万年)に30mの     扇状地面(fM3:5万年)に30mの

変 位 量       断層崖。                  断層崖。

平均変位速度    上下方向 0.6                上下方向 0.6

 (m/千年)      水平方向 −                水平方向 −

活 動 度        B                           B

2)その他の既往資料

断層に沿って凹地が並ぶ(九州活構造研究会、1989)。千田(1995)では、「堀田−朝見川断層」を一連として評価しており、「高位」扇状地堆積物を切る断層露頭(走向N80W 傾斜78Nで、断層面に沿って礫が系統的に立つ)を報告している。また、「高位」扇状地堆積物中にK−Ah火山灰を確認している。断層の落ち側で、K−Ah火山灰の分布は不明であるが、この火山灰が堆積した後、(崖の比高からみて)35m以上の変位を生じたと判断している。これからみると平均変位速度は、5.5m/千年以上となる。

3)空中写真判読結果

・堀田より東では、「高位」と「低位」扇状地面に変位が見られる。

・低位扇状地面上の変位は、南立石で約 2m北落ち。他の場所では、河川の浸食により不明。東方では、境川の谷に一致する可能性があるが、川の両岸の高さは変わらない。

・高位扇状地面の変位は、堀田付近で10〜30m。西で大きく、東で小さい。

・堀田西方では、鶴見岳溶岩の斜面に北落ち10m程度の崖が見られる。これは、断層変位によるものと判断した。さらに西方の崩壊地では崩壊堆積物上方には変位はみられない。

4)地表踏査結果

・低位扇状地面の変位は、人工改変が著しいため、現在は確認できない。

・鶴見岳溶岩の末端は、断層付近では火砕岩に変化する。その下位に出現する軟質な黄褐色粘土を基質とする礫層(土石流堆積物)の14C年代(AMS法)を求めたところ、1,610年BPという値が得られた(Loc.45)。

・鶴見岳溶岩上の断層崖付近には、崩壊した巨礫が密集しており、断層露頭は確認できない。

5)評   価

・千田(1995)によると、平均変位速度は上下方向で 5.5m/千年以上で、活動度はA級である。今回も基本的にこの評価に従う。

・断層変位の見られる鶴見岳溶岩は、小林(1984)によると、ここでいう「高位」扇状地(千田、1995によるとK−Ah火山灰を挟む)を覆っており、また、その上には、由布岳火山灰層(1,500〜2,000年BP)が存在しない。よって、溶岩の噴出は2,000年BP以降であるとしている。一方、扇状地上の古墳時代の遺跡分布や古文書から見ると、AD500〜771年の間に溶岩が噴出したと見られ(8世紀にも水蒸気爆発)、771年の可能性が高いとしている。また、竹村(1993)でも塚原鉱山における2層準の火山性堆積物について、年代値が1,600〜1,800年BPと、1,100年BP(未公表資料)であることをもとに、歴史時代の鶴見岳山頂溶岩の活動との関連が指摘されている。

・一方で、小林(1984)や星住ほか(1988)が一連の溶岩流としている山頂から南方の鳥居方面に流下した溶岩流と東方の堀田方面に見られる溶岩流は、地形の明瞭さに明らかな違いがあり、前者には溶岩堤防などが見られ、かなり新しい時代のものと考えられるが、後者は開析が進んでおり、地形的にみるとそれより古いようにみえる。

・このような問題はあるが、今回の地表踏査及び年代測定結果からみると、小林(1984)や竹村(1993)が述べているように、この地域に流下した鶴見岳溶岩の時代は歴史時代の可能性があると考えてよいと思われる。

・また、「高位」扇状地の断層による変位が西方で大きくなったまま、断層が鶴見岳の山体にぶつかることからみて、この溶岩は「高位」扇状地堆積層の上位に位置すると考えられるが、このことも溶岩についての上記の年代評価と矛盾しない。

・この評価にもとづくと、堀田断層は歴史時代に入ってからも上下方向に10mに達する変位を生じたことになり、きわめて活動的な断層ということになる。

・また、一回の活動における変位量もかなり大きいと推定される。

朝見川断層の地形・地質調査結果

※平成10年度報告書より転載

1)断層の概要

                九州活構造研究会(1989)           活断層研究会(1991)

確 実 度              T                      T

長   さ(q)            3.3                      1.8

走   向              NW                      NW

変位の向き            S上がり                   S上がり

変位基準と        扇状地面(fM3:5万年)に30mの  乙原面構成層が170m変位火山扇状地

変 位 量         断層崖。                (5万年)に30mの断層崖。

平均変位速度       上下方向 0.6                上下方向 0.6

 (m/千年)         水平方向 −                 水平方向 −

活 動 度              B                       A〜B

2)その他の既往資料

断層沿いに温泉が分布している。また、断層崖の斜面上に地すべりが発生しており斜面は不安定である。観海寺より南東方向では朝見川の谷を通る(いずれも九州活構造研究会、1989)。

首藤・日高(1971)は、阿蘇−4火砕流堆積面(雄城台面)に対比される朝見川浄水場の70m面形成以後に乙原面の 170mの変位があったと考えている。

池田(1975)は、別府扇状地南縁の崖線は、対応する河川が存在しないことから、この崖は河川の浸食によって形成されたものではなく、断層崖であると考えている。また、崖線の北側では、扇状地が段丘化していないことから、(扇状地側が落ちる断層運動の継続により)扇状地は現在も形成され続けていると推定している。

竹村・壇原(1993)は、由布川火砕流堆積物の年代(FTにより、60万年BP)と別府市浜脇地区での分布(断層南側で下限高度50m、浜脇地区のボーリングで下限標高 235m程度)から、この断層による同堆積物の変位量を約 285m、平均変位速度を0.48m/千年と算出している。

福田ほか(1994、1995)は、断層を横断した重力探査結果を報告しているが、断層付近では、あまり明瞭な重力異常は認められていない(浜脇地区で崖線より200〜500m扇状地側に微弱な兆候はある)。

<海域への延長について>

森山・日高(1981)は、この断層の東方延長の海域部で音波探査により、断層(祓川断層:NE落ち)を見出している。変位している地層の年代は不明であるが、かなり新しいものと思われる。ただし、この断層については、森山・日高(1981)は、陸上では祓川方向に続くと見ており、九州活構造研究会(1989)もこの見解に従っている。

建設省大分工事事務所提供の資料によると、本断層の東方延長部では、現在の海岸線より200〜300m沖合に、被覆層に対して北落ちの変位を与えている断層がみられる。

3)空中写真判読結果

・観海寺温泉付近で断層の上り側に分布する扇状地面は、堀田断層付近の面と一連のものである。この面と落ち側の面の比高は30m程度である。

・断層付近では、朝見川の浸食により崖線位置が後退していると思われる。人工的な地形改変も著しい。

・現在の山地末端の崖縁付近では南北性(走向N10〜20m)東落ちと東西性北落ちの2種類の短いリニアメントが交互に出現する。しかしながら、これらは連続性に乏しく、河川の浸食や地すべりで説明できると思われる。

・断層全体としては、NW−SE方向のトレンドで、浸食され残した断層崖(朝見神社付近の段差など)を連ねて連続すると想定される。

4)地表踏査結果

・ラクテンチ入口北方と長松寺南方(ルートマップのLoc.A)で、それぞれ観海寺安山岩と乙原溶岩中に断層による破砕で生じたと見られる角礫化部が見られる。前者は、著しく珪化を受けている。いずれの露頭でも、付近には短いリニアメント方向と一致する東西および南北性の節理が発達する。

・浜脇中学校南方では、南北性のリニアメント付近で由布川火砕流中に南北方向の小断層が見られる(ルートマップのLoc.B)。同様の節理系は断層近傍の他の地点でも確認できるが、いずれも断層本体とは考えにくい。

・断層本体の露頭は確認できていないが、リニアメント延長部を新しい扇状地性ないし河川性の堆積物が覆い、トレンチ調査によって最新の断層活動の抽出が可能とみられる地点を2箇所見出した。

5)評   価

・平均変位速度および活動度について、九州活構造研究会(1989)と、竹村・壇原(1993)の評価は、ほぼ同様とみてよい。

・一方、首藤・日高(1971)の乙原面の変位評価に基づいて算出すると、平均変位速度は約 2m/千年であり、活動度はA級となる。

・また、観海寺温泉付近で断層の上り側に分布する面の構成層の時代は、地形的にみて堀田断層の上り側に分布する面の構成層と同じであるとみてよい。このことより、本断層によるこの面の構成層の変位は、30m以上となり、断層の活動度はA級となる。

・現段階ではこれらの評価について再検討する新たなデータは得られていないが、次年度以降の調査のために、断層崖の延長部で、トレンチ掘削が可能な地点を2ヶ所抽出した。

・活動時期については、断層崖の規模、西方でこの断層に連なるとみられる堀田断層の評価などをあわせて考慮すると、最新活動は、K−Ah火山灰以後に生じたとみてよいと思われる。