2−2−4 解釈図面の作成

(1)重力異常の特徴

 名古屋港周辺、特に南側の測点は濃尾平野でも特に低い方であるが、基盤岩を切る大きなズレ断層ならば調査可能である。図2−2−3は、今回の測定結果を加えてコンパイルし直した濃尾平野の重力異常図である。図は岩石密度を2.3g/cm3で描いたブーゲー異常で、コンターの間隔は0.5mgal、太線の間隔は5mgalである。この図は濃尾平野の基盤の凹凸の概要を表すと考えてよい。次のような特徴が読みとれる。

@ 図左上隅から伊勢湾にかけて直線上に並ぶコンターの密集は重力が急激に変化する

ことを表し、地下の縦ずれ断層を示唆している。陸域では、濃尾平野の沈降と養老山地の隆起を示し、伊勢湾では知多半島の隆起と伊勢湾の沈降を示す。ここでいう隆起・沈降は相対的な意味であるが、養老断層、伊勢湾断層の大きさと活動様式を示すものである。

A 図中央のやや上に南北に延びる重力の急変帯がある。その北端はJR名古屋駅あた

りである。濃尾平野の沖積層はこの急変帯の西部に発達し、東側にはほとんど認められない。この急変域は濃尾平野の沈降域の東縁にあたり、地下にある異常な構造を示唆する。

B 天白河口断層推定の根拠の一つになった異常重力の急変帯はAの南側、名古屋港の

南東部にある。重力のコンターは北東−南西方向である。これが天白河口断層に由来するとすれば、コンターの方向は断層の走行にほぼ等しい。濃尾平野における重力の高密度測定を開始したころ、目立った重力異常は、名古屋市を東西にわけるAの異常とこの北東−南西方向の重力急変帯だけであった。後者は知多半島と濃尾平野を分ける構造との関連で注目を浴びたが、重力急変の度合いはAより弱く、養老断層や伊勢湾断層よりは遥かに弱い。

C 知多半島北部の東海市・知多市の沿岸地域にBと同程度の重力急変帯がありその方

向は北北東−南南西である。この急変帯はBにつながるもので、濃尾平野と知多半島の境界の構造を反映しているものと思われる。

(2)地下構造の推定

 濃尾平野における基盤岩は中・古生層である。北部は美濃帯、南部は領家帯が占め、それに中生代の花崗岩が貫入している。第四紀にはいってこの地域はブロック化し隆起・沈降あるいは傾動運動の結果現在の地形ができあがった。したがって基盤の形状がわかれば、現在活動的であるかどうかは別としても断層の有無は推定できるであろう。大規模な地震探査が有効であるが、重力異常の解析からも地下構造を推定することができる。そのためには、先ず重力異常の原因となる地層間の密度差を知らなければならない。濃尾平野においては、表層として沖積層、洪積層がありその下に厚い第三紀の東海層群がある。一般にはこれを基盤としているが、重力異常の原因は、後述するように、第三紀層とその下の基盤岩の密度差が重要である。

1)堆積層の密度

 最新名古屋地盤図(1988)には沖積層、洪積層、第三紀層の土質別の湿潤密度がでている。

表2−2−3 濃尾平野の土の湿潤密度(単独の数値は最頻値)単位:g/cm3

沖積層では粘性土の報告が圧倒的に多い、礫層を含んだ地層としての密度の記載はないが堆積層中の礫は少ない。洪積層では若干小さめにでる可能性があるが、砂質土および細粒土の湿潤密度をもって地層の密度に置き換えることにする。

 一方、硬質岩である砂岩や礫岩の密度は、幅があるが平均で2.4g/cm3、頁岩や花崗岩の密度は2.5〜2.8g/cm3程度である(図解:物理探査,物理探査学会,1989)、上部地殻密度としては2.67g/cm3を使うことが多いが、浅いところでは2.5g/cm3程度が適当である。

 図2−2−4は名古屋港周辺のボーリング調査で得られた密度の例である。位置は図2−2−5の小さな丸数字で示してあるが、ほとんど同じ場所である。図2−2−4で左側が西である。沖積層は西側ほど厚い、木曽川河口弥富町350mのボーリングでは厚さ50mと報告されている。図2−2−4の弥富町Aでの密度は1.5g/cm3,これが厚い沖積層での代表値である。東側では薄く、厚さ20m内外、密度は逆に大きく、洪積層と大差ない、重力異常の解析に関する限り、名古屋港東部の沖積層と洪積層を区別するのは無意味である。

 洪積層では、後期の地層Dと中期の地層Dmの密度差は無視できる。第三紀の東海層群の密度は表2−2−2で見る限り洪積層より0.1g/cm3大きい程度である。沖積層は、発達している場合は洪積層との密度差が大きく、約0.3g/cm3 にもなる。したがって、濃尾平野での重力異常の解析では、沖積層、洪積層+第三紀層および基盤岩の3層でよい。しかし、沖積層が100mあったとしても、その寄与はわずか1.3mgalである。名古屋市周辺では、沖積層が20m以下の分布が多いので、沖積層を無視した影響はそのさらに1/5と小さい。

 結局、濃尾平野の東半分の重力異常は基盤岩と堆積層の密度差できまる。その値は、堆積層深部の密度を1.8〜2.0g/cm3、基盤岩上部の密度を2.5〜2.6g/cm3とすれば、 0.5g/cm3あるいは0.6g/cm3が適当である。ここでは後者を採用する。

2)名古屋市周辺の基盤の深さ

 地下構造を考える上で、基盤岩と堆積層の2層と仮定しても、どこか1点、あるいは平均の深度を与えない限り一義的に地下構造は決定できない。基盤岩は濃尾平野の犬山や小牧また東縁部の瀬戸では露岩もありボーリングデータも多い、西部では養老山地がある。しかし、広域の重力異常の分布がわからない状態では、平野中央部での構造決定には役に立たない。調査すべき地域のデータを探す必要がある。図2−2−5図2−2−3の中央部を拡大したものであるが、この区域内には1000m以上のボーリング資料が4本ある。東部の2本は基盤岩に達したが西部の2本は1000m以上を越えても基盤に達していない。これも役立つ情報である。

A.大府市: 標高26m

 13m〜718m 第三紀層(常滑層群・師崎層群)

 718m〜 美濃帯中古生層

B.港区: 標高〜0m

 620m〜  第三紀層(東海層群)

 1210mでも基盤に達せず。

C.中川区: 標高〜0m

260m〜  第三紀層(東海層群)

1008mでも基盤に達せず。

D.栄: 標高 m

260m〜610m 第三紀層(東海層群)

610m〜650m 変麻岩

650m〜 花崗岩

3)名古屋市南東部および東部の基盤の形

重力異常の解析は、2次元のTalwaniの方法によった。基盤深度の既知の場所に近く、かつ重力の急変帯を直角に横断し、2次元解析手法の有効な次の測線を選んだ。

 A−B断面:大府から重力のコンターに直交する方向(N55°W)で長さ20Kmの断面である。断層は名古屋港を横断し、西端は十四山村である。基盤岩と堆積岩の密度差を0.6g/cm3、基盤の深さを700mとすると計算した重力値と測定値はあわなくなる。その差が広域の重力異常でその原因は地下深部にある。広域重力異常は場所により緩やかに変化する。十四山村まで一定ではあり得ないが、名古屋港南部の構造が問題であるので、ここでは定数とし、オフセットと呼ぶことにする。解析結果は図2−2−6に示した。 左が南東、右が北西である。0Km の位置の▽印が基準となった大府の深層ボーリングの位置である。

 構造の推定は、地表の重力異常にほぼ比例する簡単な構造から出発し、計算された重力異常が測定値に合致するまで構造を変更する。その際、A−B断面では距離 0Km で基盤深度700mという拘束条件をつけた。測定値と計算値の差が場所によらず一定になる構造を最終結果とする。その差がオフセットである。

 実際の計算にあたっては考え方が必要である。深部の細かい構造の差違は地表の重力異常には効いてこない。したがって構造の変更については、断層を意識的に導入するか、あるいは細かい凹凸をできるだけ避けるかで、結果が変わってくる。図2−2−6は、断層なしでどこまで重力異常が説明できるかを探るために作成されたモデルであり、図2−2−7は断層の存在を考慮したモデルである。

 これらの図では基準点を左側に選んだので北側から見た断面図になっている。 それぞれは上下に分かれ、上図が重力異常、下図が地下構造の断面である。丸印で示した測定値とは、その点での実測値というよりは重力異常のコンターから読みとった値である。実線は下図の構造から計算した重力異常にオフセット値を加えた理論値である。

 構造については、その両端での処理が必要である。図の左側では左端をそのまま延長した水平構造として計算した。右側も同様である。

4)結論

 濃尾平野の広域重力異常は三河地区で正、西側の養老山地で負である。A−B断面で南東から北西方向への重力減少の一部は地殻深部に原因があり、重力異常の全てを第三紀以降の堆積層に結びつけるべきではない。従って、図2−2−6の基盤構造は北西に傾いているが、図の左端および右端の傾斜は見かけのものである可能性が高い。この点を考慮すると、基盤深度が急に深くなるのは知多市の沖合からであろう。特に名古屋港の海域部(距離10Kmの点)では急勾配である。この構造はできるだけ滑らかな基盤構造をつくるという方針でも12度程度の勾配は必要であった。広域重力から推定される知多半島での基盤勾配は1.5度である。これに比べると大きな値であり、北東−南西方向の断層が存在する可能性は十分ある。

 そのモデルが図2−2−7である。落差は約300mである。なおこのモデルでは知多半島内に重力異常の谷の原因を断層とした。落差は約200m、その位置の縦ズレのセンスは加木屋断層と一致する。(しかし南北方向への異常の連続については疑点がある。)このように断層を入れるモデルは従来の考え方に調和的であるが、重力異常のモデルとしては、断層のあるモデル、ないモデルも同等の精度で重力異常の分布を説明できる。

 図2−2−6では、できるだけ滑らかな構造という条件をつけても重力勾配の急な中村区直下の基盤勾配は30度程度である。

 断層なし、あり、いずれのモデルでも同等の精度で重力異常を説明できるが、基盤の構造としては、断層モデルがより妥当である。

 天白河口断層を直角に横断する断面(大府−港区)が最大の関心事であるが、重力測定の密度が不足であり、また2次元の解析ではその精度に問題がある。重力異常の分布や港区での基盤深度が1200m以上という点を考慮すると、天白河口断層、あるいは類似の北落ち縦ずれ断層の存在する可能性は大きい。

 また、今回の補足測定によって高潮防波堤東寄りの測点No.3とNo.4の間を境にして北西方向に約1mgalの段差(東側が正)が明らかになっている。即断はできないが、今回のデータを組み入れた重力異常図(図2−2−3)でわかるように、この段差は局所的というよりは知多半島北西岸沿いの重力の急勾配の存在、すなわち沖積層の急変か地下深部の断層の可能性が高い。今後の検討課題である。

 この地域の重力異常の解析には3次元解析手法を導入しなければならない。重力測定の高密度化と解析ソフトの開発を含め、より詳細な解析は今後の課題として残されている。