4−4−2 鴛鴦ノ池断層トレンチ

古期雲仙火山後期の溶岩等から構成される山体の北麓に沿う鴛鴦ノ池断層リニアメントの位置は、県道や国道となっており露頭が殆ど無く、トレンチ調査も不可能である。さらにこの地域は雲仙国立公園特別地域や特別名勝温泉岳に指定されており、観光地でもあることから詳細調査を行うための適地が殆どない。

雲仙ゴルフ場南の矢岳北麓の国有林ヒノキ植林地内において、国道57号線に沿ったリニアメントと平行する地形変換線が認められた(図4−4−2)。この地形変換線においてトレンチ調査を検討したが、ヒノキ植林地内ではトレンチ掘削用地や重機搬入路の確保が困難と判断した。環境省雲仙自然保護官事務所および長崎県自然公園事務所と協議した結果、この地形変換線を横切る地滑り崩壊地に設営された「NBCもう1本の森」植林地において、伐木を回避できる範囲での使用許可を取り、トレンチ調査を実施した。

トレンチ掘削に先立ち、トレンチ予定地点の地下状況を把握するためにオーガーボーリングを実施した(図4−4−3)。オーガーボーリングの結果、予想された通り表土の下に砂礫を主体とした崩壊堆積が確認されたため、トレンチは用地的に可能な範囲で深く掘削した。

トレンチ法面の写真及びスケッチを図4−4−4及び図4−4−5に、トレンチの掘削状況を図4−4−6に示す。図4−4−4には火山灰分析及び14C年代測定用試料採取位置を合わせて示した。

トレンチ法面で確認された地層を下位より示す。

@ 暗褐色礫混じり砂質ローム

・φ3cm以下の安山岩角礫を含み、褐色の礫混じりロームを挟在する。

・14C年代測定の結果は7,710〜7,580 cal ybpであった。一方、火山灰分析からK−Ahガラスの混入が確認された。

A 灰褐色の礫混じりローム

・火山灰分析によりK−Ahガラスの混入が確認された。

B 礫混じり黒ボク

・上位層の堆積時の削りこみにより、トレンチ西面の中央付近のみに分布する。

・14C年代測定結果は2,310〜1,920 cal ybpであった。火山灰分析からK−Ahガラスの混入が確認された。

C 礫混じり褐色ローム

・黒ボク及びその下位の灰褐色礫交じりロームを削り込んで堆積しており、φ3cm以下の礫を含むことから崩壊土砂の可能性がある。

・上位の地層の堆積時の削りこみにより、トレンチの北半分にのみ分布する。

D 淡黄褐色の土石流堆積

・φ3cm以下の礫を多く含み、下位の地層を削り込んで堆積している。

・上位の山体崩壊物による削り込みにより、トレンチの北半分にのみ分布する。

E崖錐堆積物(山体崩壊物)

・巨礫を大量に含む、未固結の崖錐堆積物が約2mの厚さに堆積している。

・下位の地層を削りこんでいる。

F褐色ローム

・崩壊堆積物を覆う、厚さ約40cmの褐色ローム層。

・14C年代測定結果は690〜570年前(AD1260〜1380)を示す。

・火山灰分析では雲仙系の火山ガラスのみが検出された。

G表土

・地表部に厚さ約30cmの表土が堆積している。

・K−Ah火山ガラスの混入が認められる。

用地的に可能な約4mまでトレンチを掘り下げたが、矢岳火山の山体には達しなかった。また、トレンチ法面で確認された最下位の礫混じりローム層にも、断層を示すような変状は認められなかった。

この結果、矢岳北麓斜面に見られる鴛鴦ノ池断層リニアメントに平行な地形変換線が断層運動による変状地形とする証拠は得られなかった。

矢岳の山体崩壊物であると考えられる崖錐堆積物を覆う褐色ローム層の年代測定結果から、矢岳北斜面の崩壊時期は、上限が690〜570年前(AD1260〜1380)と推定される。下限に関しては崖錐堆積物より下位の黒ボクの年代が約2000年前を示すが、黒ボク層の上位にローム層、土石流堆積物があり、また黒ボク層自体が削剥を受けていると考えられることから崩壊イベントの下限は2000年前よりもっと新しいと考えられる。

この矢岳の斜面崩壊が鴛鴦ノ池断層をはじめとする雲仙活断層群の活動による地震動に起因するかどうかに関しては不明である。