(3)変位基準の年代

各断層の平均変位速度を求める際の変位基準の年代値は、基本的に既往文献による年代測定値に拠った。

雲仙火山の年代測定はカリウム・アルゴン法(K−Ar法)、14C年代測定法、フィッション・トラック法(FT法)、熱ルミネッセンス法(TL法)及び放射性炭素法(14C法)による年代測定値が多く公表されている(表4−12−3表4−12−4)。各年代値の測定地点と年代値を星住・宇都(2000)の雲仙火山地質図(図4−12−6)に示す。

これらの年代値のうち、TL法による年代測定値は表4−12−4に示すように、同一試料の年代値が、年間放射線量の見積りの変更に伴い変更されている。また、図4−12−6に示したように、星住・宇都(2000)の地質図でほぼ同時期と考えられる火山岩類のTL年代値に大きなばらつきが認められ、年代測定を行った試料の信頼性に疑問がある。

したがって、本報告では基本的に星住・宇都他によるK−Ar法、FT法、14C法による年代値を使用する。

断層の変位量を算定した地点付近に、変位基準とした溶岩等の年代測定値の報告がない場合は、最も近い同一時代と考えられる岩体の年代測定値を変位基準の年代値とした。したがって、今後の研究の進展により、変位基準の年代値が変更される可能性がある。

深江・布津断層において変位基準とした低位扇状地T面及びT’面、およびその構成層である湯河内火砕流、俵石岩屑なだれ堆積物の年代について以下に述べる。

新期雲仙火山野岳期の噴出物とされる湯河内火砕流堆積物は立山他(2003)によればY1〜Y4のユニットに区分される。模式地における観察から、Y2とY3の間には時間間隙を示すようなローム層や土壌は認められず短期間に連続して発生した火砕流と考えられる。一方、Y3とY4の間には火山灰分析で確認は出来なかったが、Aso−4火山灰(85−90ka:町田・新井、2003)を挟在するとされる。これからY2とY2ユニットの年代はAso−4火山灰降下直前、Y4ユニットはAso−4火山灰降下直後と推定される。したがって、本報告書ではY2・Y3ユニットの年代を90ka、Y4ユニットの年代を80kaとみなす。

湯河内火砕流堆積物とその二次堆積物の土石流で構成される低位扇状地T面、T’面構成層の層序については、地表踏査の結果から、低位扇状地T面の海岸付近ではAso−4火山灰が地表に分布すること、及び低位扇状地T’面ではAso−4火山灰が確認されず海岸付近までY4ユニットが分布することが確認された。したがって、湯河内火砕流のユニットの年代から、低位扇状地T面の時代を約90ka、T’面の時代を約70kaとする。

低位扇状地T面及びT’面の上流部を覆う俵石岩屑なだれ堆積物は、AT火山灰(26−29ka:町田・新井、2003)に覆われる。俵石岩屑なだれの給源の崩壊地形は、その後の野岳溶岩(60−80ka)で埋設されたとされている(星住・宇都、2000)。したがって不確かではあるが本報告書では、俵石岩屑なだれ堆積物の時代を60kaとした。

赤松谷断層の南側の牡丹山を構成する古江火砕流堆積物は、本調査によって上位の古土壌の14C年代が13kaを示すことが明らかとなり、また、AT火山灰(26−29ka)には覆われないことが明らかとなった。これは島雄他(1999)が報告した古江火砕流のTL年代値(23ka)と矛盾しない。したがって、本報告書ではこの23kaを古江火砕流堆積物の年代とした。

礫石原火砕流堆積物の年代は小林・中田(1991)の19.9ka及びHoshizumi et al.(1999)の18.850±180ybpが知られている。平成14年度調査においても礫石原火砕流堆積物の年代値として18,520±100ybpの値が得られた。以上の結果から本報告書では礫石原火砕流の年代を19kaとした。

完新世における変位基準としてはK−Ah火山灰がある。K−Ah火山灰は地表の黒ボクに挟在される場合には認定は容易である。また、肉眼的には認定できない場合でも、火山灰分析により確実にその存在が確認できる。K−Ah火山灰の年代は町田・新井(2003)では7.3kaとされており、本報告書でもこの値を用いる。

この他、雲仙地域で分布が確認もしくは存在の可能性が示された広域テフラしてはK−Ah火山灰、AT火山灰、Aso−4火山灰、Aso−3火山灰、阿多−鳥浜火山灰がある。これらのテフラの年代については、町田・新井(2003)に従い、K−Ah火山灰を7.3ka、AT火山灰を26−29ka、Aso−4火山灰を85−90ka、阿多−鳥浜(Ata−Th)火山灰を240kaとする。