(4)宇賀川地点

宇賀川トレンチは、大安町石樽南地内の宇賀川左岸で実施された。掘削地点西側は、比高20m程度の浸食崖がほぼ南北に連続している他、崖の東側には宇賀川の氾濫源が広く分布する。トレンチ掘削は、その氾濫源と崖の境界部にある休耕田で実施した。

トレンチ掘削は当初、開口幅が長さ(EW方向)約5m、幅(NS方向)約3.5m、深さ約2mで行った。また、S面に沿ってW面側で、長さ(EW方向)2.5m、幅(NS方向)1.5m、深さ1.4mのサブトレンチも併せて掘削した。その後、サブトレンチをN面まで拡幅した。スケッチは、サブトレンチ拡幅前に、N面(一部)、N’面、W面、S面で実施し、サブトレンチ拡幅後、N面のスケッチを加筆した。図2−5−5−8にスケッチ展開図を示した。

1) 観察結果

トレンチ壁面の観察及びスケッチは、出入口を除く、N面、N'面、W面、S面の4面を対象として実施した。本トレンチに出現する地層は、下位から東海層群に属する砕屑岩類、その上位に宇賀川の河川堆積物が分布する。河川堆積物は、下位より砂礫層、粘土層、礫混じり砂層に細分される。またこれらの上位には、水田の耕作土及び盛り土が分布する。トレンチ壁面の地質構成表を表2−5−5−4に示した。また、トレンチ壁面の写真は5−3項で示した。

トレンチに出現する地層の概要及び特徴を以下に示す。

@ トレンチ壁面の地質構成

イ) 東海層群砕屑岩類(A)

主として砂岩、礫岩、シルト岩が層状に分布する。砂岩は、細粒砂を主とした塊状砂岩で、しばしば炭質物の葉理が認められる。シルト岩は、塊状硬質で、褐色に汚染された不規則な亀裂が発達する。礫岩は、礫径1〜5cm程度の円礫を多く含む(礫率は30〜50%程度)。それぞれの岩相境界は明瞭である。

ロ) 河川堆積層(B)

礫径5〜15cm、最大径50cm以上の花崗岩、砂岩、泥岩、チャートからなる円〜亜円礫を含む砂礫層を主体とする。基質はシルト分を少々含む砂からなり、非常にルーズである。礫率は10〜20%程度である。粘土層直下の20〜30cmは新鮮色を示す灰色を呈するが、それより下位では赤褐色を呈する。本層中には中〜細粒砂からなる砂層レンズがしばしば挟む。

ハ) 河川堆積層(C)

青灰(暗青灰)を呈し、1日〜数日で暗青灰〜灰に変色する粘土である。花崗岩起源の細岩片、鉱物粒を少量含む粘土からなる。均一、塊状で堆積構造等は認められない。断層付近では、砂分をやや含んだ砂混じり粘性土が分布する。本層は、断層の近傍でやや厚く堆積しているが、トレンチ東側で急激に層厚を減じている。断層による変形を受けている可能性を考慮すると、N面から堆積時の層厚は30〜40cm程度と推定される。

本層の堆積状況については不明な点が多いが、宇賀川が形成した自然堤防と断層崖に挟まれて形成された小さな湖沼で堆積し、堆積物の供給源としては、主として東海層群中のシルト、粘土であると推定される。

ニ) 河川堆積層(D)。

花崗岩起源の鉱物粒、細岩片からなる粗粒砂〜細礫層を主体とし、シルト〜細粒砂の細層やレンズが頻繁に挟む。これら細層やレンズはほぼ水平に分布する。単層の厚さは、1〜20cm程度である。本層の基底部には、断続あるいは連続的に有機質細砂〜シルト層が分布する。本層は、堆積構造から下位の粘土層にアバットしていると考えられ、両者の関係は不整合関係であると推定される。

本層の堆積構造は水平であり、断層運動による変形は受けていないと判断される。

ホ) 耕作土(E)

細礫混じり砂からなる。基質はやや有機質である。

ヘ) 埋め土(M)

シルト混じり砂からなる。所々に亜円〜円礫を含む。

A 断層運動による変形構造

トレンチ観察から断層及び断層変形に関する観察事項を整理すると以下の様に要約される。

・断層は、N面で2条(見かけ上位からF−1、F−2とする。これらは、西側で1本に収れんする)、W面では、主断層(N面のF−1に相当)が 一条とその主断層から分岐する枝断層が東海層群中及び河川堆積層(B)中に分布する。

・W面とS面の境界部では、 F−1の延長が、河川堆積層(B)中でわずかに認められるものの不明瞭である。また、河川堆積層(C)中には、明瞭な断層面は認められない。

・断層の見かけせん断長は、N面のF−1で約120cm、F−2で約70cm(不明瞭)、東海層群中の礫層を基準にした断層による見かけの変位量は約110cmである。

・断層面には、東海層群中では、幅1〜3mm程度の粘土が狭在する。河川堆積層(B)中では、幅3〜5mm程度の青灰色粘土がレンズ状に挟まれる他、東海層群の礫岩がブロック状に取り込まれている。

・トレンチ壁面に出現する断層面は、東海層群中に延びる一部の割れ目を除いて、ほぼ水平(局所的に東傾斜)に分布するが、W面側では、緩く西側に傾斜する。その、西側に傾斜する断層面の走向傾斜は、N35゜E15゜Wである。

・断層上盤に分布する東海層群は、地層の傾斜が60゜〜90°と急傾斜を示している。この東海層群の下位の地層(たとえば宇賀川上流部)の平均的な傾斜が、10゜〜 40°程度であることを考慮すると、この急傾斜部は断層運動による地層の撓曲である可能性が高い。

・河川堆積層(C)の粘土は、堆積構造が認められないため、変形やせん断を受けている証拠ははっきりしない。しかし、前述したように、堆積時の層厚が30〜40cm程度と想定した場合、断層活動による断層上盤の前進運動によって粘土層が圧縮され、厚くなったと推定することもできる。

2) 考察

@ イベントを認定した地層

断層面付近の観察から、河川堆積層(B)は、東海層群の堆積岩によって、覆われたように分布しているため、断層によって変形・切断を受けたイベント層であると認定できる。その上位に分布する河川堆積物(C)の粘土は、明瞭なせん断変形をうけた証拠は見いだされないが、その分布状況が不自然であり、イベント層の可能性は極めて高いと思われる。一方、イベント層を覆う地層として、河川堆積物(D)が考えられる。河川堆積物(D)は、下位の河川堆積物(C)の粘土層を浸食して、ほぼ水平に堆積していること、系統的な変形構造が認められないことなどから、断層運動の影響を受けていない層準であると判断される。

A 断層の活動年代

断層運動の活動年代は、河川堆積層(C)及び河川堆積層(D)で採取された放射性炭素年代測定結果から、それぞれ880±60yBP及び700±70yBPの値が得られている。このうち試料を採取した地形面からみて明らかに年代値が古いものは異常値として取り扱った。補正された値から、発掘された断層の活動時期は、暦年代の最大限の2σまでの確率幅を引用して、AD1020年〜AD1410年の範囲、すなわち平安中期から室町時代初期の間であると推定される。