(3)標高−10m以深の火山灰分析

A.分析手法

はじめにコアの肉眼観察を行い,テフラである可能性が高い試料を採取した.これを極細砂粒子サイズに篩い分け,洗浄し,鉱物組成,屈折率の測定を行い,近畿地方の文献記載火山灰の岩石記載との比較から,コアに挟まれるテフラの対比を行った.試料の前処理は古澤・梅田(2000)にしたがった.屈折率の測定には,浸液の温度を直接測定する温度変化型屈折率測定装置"MAIOT"(古澤,1995)を使用した.測定は火山ガラス,斜方輝石および角閃石ともに30粒子を目処とした.

これらのテフラの識別後に,肉眼では識別できないテフラの検出を目的として,コアを前出前処理手法にて洗浄,粒度調整し,鉱物組成を把握した.この組成分析結果から,テフラ起源であることを特徴づける鉱物の屈折率を測定し,対比の検討を行った.以下に,分析結果および対比に関する考察を記述する.

B.分析結果および考察

(a)肉眼で識別できるテフラ

ボーリングNo.1,No.2およびNo.3を通じ,肉眼ではNo.1の深度148.82〜148.85mに層厚3cmの灰白色シルトサイズテフラが,No.3の深度54.1〜54.2mにゴマシオ状シルトから中砂サイズテフラ,深度155.05〜155.15mに淡赤灰色シルトサイズテフラ,深度177.48〜178.88mに白色シルトサイズテフラが肉眼で識別できる.これらは,粒径,色調,有色鉱物組成および火山ガラス,斜方輝石,角閃石の屈折率から既知のテフラとの対比が可能である.以下に各テフラの特徴を記載し,対比を試みる.

@No.1深度148.82〜148.85mテフラ

コアでは層厚3cmの灰白色シルトサイズ火山灰として識別できる.火山ガラスを主体とする.ガラスの形態はパミスタイプを主体とする.有色鉱物としては斜方輝石および単斜輝石を含む.火山ガラスの屈折率は1.514−1.522である.斜方輝石の屈折率(γ)は1.706−1.740と著しく幅がある.これらの記載的特徴は大阪層群に挟まれる八丁池T火山灰と類似する.特に屈折率の高い斜方輝石を含有するテフラは珍しく,ガラスの屈折率が1.520より高く,しかも,斜方輝石の屈折率がブロードで高いもの(1.73以上)を含む火山灰は吉川(1983)によると八丁池T火山灰以外に見あたらない.粒度(細粒),色調(灰白色),ガラスの形態(パミスタイプ主体)および有色鉱物組成(両輝石主体)ともに両火山灰の記載は類似する.従って,No.1の深度148.82−148.85mに挟まれる火山灰は八丁池T火山灰に対比・同定できる.八丁池T火山灰はMa5に挟まれる.

ANo.3深度54.1〜54.2mテフラ

コアでは層厚10cmのゴマシオ状シルト〜中粒砂サイズ火山灰として識別できる.斜長石,角閃石を主体とし斜方輝石を含む.火山ガラスはこれらの斑晶鉱物のリムに付着していることが多い.ガラスの形態はパミスタイプを主体とする(偏光顕微鏡写真参照).火山ガラスの屈折率は1.503−1.509である.斜方輝石の屈折率(γ)は1.702−1.709である.角閃石の屈折率(n2)は1.671−1.678(モード1.671−1.676)である.重鉱物としてリン灰石を少量含む(重鉱物組成:緑色普通角閃石(69%),斜方輝石(28%),リン灰石(3%)).

これらの記載的特徴は前出資料の大阪層群および古琵琶湖層群に挟まれる火山灰には見あたらない.特に角閃石および斜方輝石を多量に含み,ゴマシオ状を呈するテフラはカスリ火山灰など数層準に限られる.大阪層群ないし古琵琶湖層群に挟まれるゴマシオ状テフラの内,本層準と有色鉱物組成,火山ガラスの屈折率および斜方輝石の屈折率が類似した火山灰は前出資料には記載されていない.

一方,琵琶湖高島沖では約40万年前までの地層にはさまれている火山灰の詳細な記載がなされている(吉川・井内,1991).これらの火山灰の中にはゴマシオ状を呈するものがいくつか挟まれている.この内,本層準と同様単斜輝石を含まないものはBT7,9,16,17,19,74および76であり,本層準と同様リン灰石を含むものはBT7,28,74および76である.さらに火山ガラスの屈折率(1.503−1.509)が一致する火山灰はBT74および76のみである(同表において○印のついた火山灰がゴマシオ状を呈する).よりガラスの屈折率が類似するのはBT74である.

以上から,No.3の深度54.1−54.2mに挟まれるゴマシオ状テフラはBT74である可能性が非常に高い.BT74火山灰の堆積期は約380kaと見積もられている(吉川・井内,1993).

BNo.3深度155.05〜155.15mテフラ

コアでは層厚10cmの淡赤灰色シルトサイズ火山灰として識別できる.パミスおよびバブルウォールタイプの火山ガラスを主体とする(偏光顕微鏡写真参照).有色鉱物として微量の斜方輝石および角閃石が含まれる.火山ガラスの屈折率は1.501−1.508である.斜方輝石の屈折率(γ)は1.702−1.709である.角閃石の屈折率(n2)は1.677−1.688である.

これらの記載的特徴は前出資料の大阪層群に挟まれるサクラ火山灰と類似する.サクラ火山灰はMa7の直下に挟まれる.淡赤色の細粒火山灰である.火山ガラスはバブルウォールタイプを主体とし,屈折率は1.502−1.507である.有色鉱物としては角閃石を多く含み,斜方輝石および単斜輝石を含む.斜方輝石の屈折率はγ=1.704−1.7013.モード1.705−1.708である(Yoshikawa,1984).上記両火山灰の岩石記載はほぼ一致する.特に野外での色調は特徴的である.このような色調を呈しガラスの屈折率が一致するテフラは近畿地方にはサクラ(大阪層群)およびこれに対比される上仰木T火山灰(古琵琶湖層群)以外に見あたらない.No.3の深度155.05−155.15mテフラはサクラ火山灰である.なお,サクラ火山灰は南九州の小林火砕流堆積物に対比されている(吉川,1991).

CNo.3深度177.48〜178.88mテフラ

層厚140cmの白色シルトサイズ火山灰である.バブルウォールおよびパミスタイプの火山ガラスを主体とする(偏光顕微鏡写真参照).有色鉱物として微量の角閃石を含む.僅かに斜方輝石も含まれる.なお,コアでは最下部以外の層準に雲母類が含まれる.これらは上下の層準の特徴から堆積時の混在粒子と考えられる.火山ガラスの屈折率は1.502−1.507である.斜方輝石の屈折率(γ)は1.711−1.721である.角閃石の屈折率(n2)は1.676−1.684である.

これらの記載的特徴は前出資料の古琵琶湖層群に挟まれる佐川U火山灰と類似する.佐川U火山灰は古琵琶湖層群の上部堅田層に挟まれる白色細粒の火山灰である.この火山灰の上位には大阪層群のサクラ火山灰に対比されている上仰木T火山灰が,下位には大阪層群の栂火山灰に対比されている栗原V火山灰が挟まれている.栂火山灰はMa6に挟まれる.佐川U火山灰の火山ガラスはパミスタイプおよびバブルウォールタイプを主体とし,屈折率は1.504−1.507である.有色鉱物としては角閃石および斜方輝石を含む.斜方輝石の屈折率はγ=:1.710−1.720である(Yoshikawa,1984).

上記両火山灰の岩石記載はほぼ一致する.No.3の深度177.48−178.88mに挟まれる火山灰と野外での特徴,有色鉱物組成,ガラスの形態および屈折率,斜方輝石の屈折率ともに一致する火山灰は佐川U火山灰以外に近畿地方には分布していない.No.3の深度177.48−178.88mに挟まれる火山灰は佐川U火山灰である.同火山灰は,Ma6に挟まれる栂の上位に位置し,Ma7の直下に挟まれるサクラ火山灰の下位に挟まれることから,Ma6−7間の堆積物と考えられる.

(b)肉眼で識別できないテフラ

ボーリングNo.1には八丁池T火山灰,No.3には下位より佐川U,サクラ,BT74の各火山灰が肉眼で識別できる.しかし,ボーリング間に共通して挟まれるテフラは識別できない.層序対比を正確に行うためには双方で同一のテフラを識別する必要がある.

そこで,概ね各火山灰の挟在が予想されている層準を対象に,各ボーリングコア中の極細砂サイズ粒子の粒子組成特性を把握した.結果を図3−4−4−2−2に示す.この作業でテフラ起源と考えられる鉱物が含まれる層準を見いだし,各鉱物の屈折率を測定し,肉眼で識別できるテフラとの対比を試みた.識別できたテフラの火山ガラス,斜方輝石および角閃石の屈折率をまとめ図3−4−4−2−2図3−4−4−3に示す.

@No.1深度19.1−19.2m

この層準には巻末偏光顕微鏡写真にみられるように,自形で色調の類似した角閃石が上下の層準に比し多く含まれる.この角閃石の屈折率は1.699−1.676である.これと類似した色調,形態および屈折率の角閃石は上下の層準には含まれていない.斜方輝石の含有が識別できないため明確な対比は困難であるが,角閃石の特徴がNo.3のBT74とほぼ一致していることから,この層準がBT74に対比できる可能性がある.

ANo.1深度79.4m

深度79.4mにおいて突然斜方輝石の含有量が増加する.この層準にはやや新鮮で色調の類似した角閃石も多く含まれる.全体としては斜方輝石を含む緑色普通角閃石質火山灰である.斜方輝石の屈折率は1.703−1.710(モード1.705−1.710)である.角閃石の屈折率は1.678−1.685である.一方,大阪層群に挟まれるカスリ火山灰は斜方輝石の屈折率が1.705−1.709,角閃石の屈折率が1.680−1.683である(町田・新井,1992).有色鉱物としては角閃石を主体とし,斜方輝石を少量含む(Yoshikawa,1984).

両テフラは有色鉱物組成およびこれらの屈折率がほぼ一致する.No.1の深度74.9m層準にはカスリ火山灰が挟まれていると考えられる.

BNo.1深度109.1m

図3−4−4−2−2にみられるように,深度109.1mには多量の角閃石が含まれる.角閃石は緑褐色普通角閃石で,色調が類似する.この層準には緑褐色普通角閃石質火山灰が挟まれている.近畿地方のテフラについては詳細な記載があるものの,角閃石の屈折率はほとんど測定されていない.このため本層準の対比は困難である.

CNo.1深度111.30m

深度111.30mには新鮮な緑色普通角閃石が多く含まれる.角閃石の色調は類似する.斜方輝石も少量含まれる.このほか高温型石英も多く含まれる.斜方輝石および高温型石英を含む緑色普通角閃石質火山灰の挟在が指摘できる.

斜方輝石の屈折率は1.707−1.712(モード1.708−1.710)である.角閃石の屈折率は1.669−1.679である.大阪層群および古琵琶湖層群に高温型石英が多く含まれる火山灰の記載は見あたらない.一方,南九州ではATやK−Ahのほかにも中期更新世に噴出した巨大火砕流が多く存在する.鍋倉火砕流,小田火砕流,吉野火砕流,下門火砕流(町田・新井(1992)の樋脇火砕流)などがこれに相当する.最近,この内,下門火砕流(桑の丸火砕流)の直上に小林火砕流(南九州では本城火砕流)が分布することが明らかとなった(佐藤ほか,2000).

桑の丸火砕流は高温型石英を多く含むガラス質テフラであり,重鉱物として角閃石を多く含む.斜方輝石も含まれる.斜方輝石の屈折率は1.706−1.711,角閃石の屈折率は1.667−1.675である(佐藤ほか,2000).両テフラは鉱物組成および斜方輝石・角閃石の屈折率がほぼ一致する.No.1の深度111.30m層準には下門火砕流が挟まれていると考えられる.

DNo.2深度39.3−39.4m

この層準には巻末偏光顕微鏡写真にみられるように,自形で色調の類似した角閃石が多く含まれる.また,微量ながら斜方輝石も含まれる(図3−4−4−3参照).斜方輝石の屈折率は1.703−1.707である.角閃石の屈折率は1.670−1.677である.これと類似した色調,形態および屈折率の角閃石は上下の層準には含まれていない.コア試料のほとんどの層準に斜方輝石が全く含まれていなにも関わらず,この層準に斜方輝石が含まれていること,および斜方輝石および角閃石の屈折率がNo.3のBT74とほぼ一致していることから,No.2の深度33.3−33.4mにはBT74が挟まれていると考えられる.

(c)対比についての議論

@No.1における佐川U火山灰の挟在層準

No.1のAT層準より下位にはほとんど火山ガラスが含まれない.わずかに103.8〜104.0mに含まれるが,屈折率は1.497−1.499と佐川U火山灰より低い.一方,No.1のコアは全体に斜方輝石の含有がまれであり,同鉱物の含有はテフラ降灰層準を示す可能性がある.このため,佐川U火山灰に極少量含まれる斜方輝石を識別することを目的に詳細な斜方輝石含有量分析を行った.その結果,いくつかの層準で微量(0.01%以下)の斜方輝石の含有が確認できた.これらの屈折率測定結果を図3−4−4−2−2に示す.また,佐川U火山灰に微量含まれる自形の緑色普通角閃石と類似した色調の角閃石が産出する層準についても,同鉱物の屈折率を測定した.この結果をあわせて示す.

同図に見られるように,斜方輝石および角閃石ともに佐川U火山灰と一致する層準はNo.1には見あたらない.No.1においては佐川U火山灰は削剥されたかあるいは堆積期にNo.1地点に残存しなかった可能性がある.この結果は,花粉分析結果と整合する.花粉分析では佐川U火山灰を挟む細粒土を湖などの陸水性堆積物であると考えている.一般に陸水性の堆積物は側方への連続性に乏しく,細粒土は比較的小規模な後背湿地に残存している場合が多い.このためNo.3地点が佐川U火山灰降灰期に小規模な水たまりを形成し火山灰を残存させる一方で,No.1では同火山灰が陸水に流され残存していない可能性も十分に考えられる.これは,No.1において佐川U火山灰の挟在が予想される層準を詳細に分析した結果,同火山灰起源のガラスが全く含まれなかった結果を説明するにも合理的である.

ANo.1の角閃石質テフラと下門火砕流の層序

角閃石質テフラ

No.1において佐川U火山灰が挟まれると目される層準付近には,特徴的な色調(緑褐色)および屈折率(1.685−1.691)の角閃石がまとまって産出する.本報告ではこの層準を角閃石質テフラと仮称した.近畿地方に分布するテフラの内,この角閃石質テフラであると明瞭に識別できる岩石記載のテフラは識別できない.角閃石の屈折率がほとんど測定されていないことが主な理由である.このため,角閃石質テフラが近畿地方のどのテフラに対比できるかを判断するのは困難である.ただし,佐川U層準に近接するテフラには角閃石を主体とするテフラが他の層準に比し比較的多く挟まれている.これらのテフラのうちいずれかが角閃石質テフラと対比できる可能性は十分に考えられる.

下門火砕流

No.1では下門火砕流に対比できるテフラを識別した.このテフラの産出層準は佐川T火山灰の産出が予想されてる層準付近である.言い換えれば,佐川A火山灰と下門火砕流とは近接した層準に挟まれている可能性が指摘できる.佐川U火山灰の約20m上位には大阪層群のMa7直下にはさまれるサクラ火山灰が識別できる.同層準の下位,佐川U火山灰との間には厚い細粒土が挟まれないことから,佐川U火山灰はMa6ないしはこれより下位の層準に降灰した可能性が高い.一方,Machida(1999)は下門火砕流を樋脇火砕流とよび,同テフラの層準をMa6の直上と推定している.

以上のように,下門火砕流と佐川U火山灰とが近接する可能性を示唆する資料が多く存在する.これに否定的な資料はこれまでに見あたらない.今回の分析では,No.1に佐川U火山灰を識別できなかったが,No.3の佐川U産出層準とNo.1の下門火砕流産出層準とを概ね同一層準とみなすことに大きな矛盾は無いと考える.

文献

(1)古澤 明(1995):火山ガラスの屈折率測定・形態分類とその統計的な解析.地質雑,101,123−133.

(2)古澤 明・梅田浩司(2000):別府湾コアにおける最近7000年間の火山灰層序−ピストンコア中の火山灰と阿蘇,九重火山のテフラとの対比−.地質雑,106,31−50.

(3)Machida H.,(1999): Quaternary Widespread Tephra Catalog in and around Japan: Recent Progress, Quaternary Research, 38, 194−201, (Japan Association for Quaternary Research).

(4)佐藤 亮・大木公彦・古澤 明・廣瀬亜紀子(2000):鹿児島湾北西部沿岸地域に分布する上部新生界の層位学的研究.鹿児島大学理学部紀要,33,69−87.

(5)吉川 清志(1991):火山ガラスの主成分・微量成分組成−ICPを用いたテフラの対比−.月刊地球,13,161−168.

(6)吉川 周作(1983):大阪層群と古琵琶湖層群の火山灰層の対比,地学団体研究会専報,25,45−61.

(7)Yoshikawa,S.,(1984):Volcanic ash layers in the Osaka and Kobiwako Group, Kinki District, Japan.J. Geosci. Osaka City Univ.,27,1−40.

(8)吉川周作・井内美郎(1991):琵琶湖高島沖ボーリングコアの火山灰層序.地球科学.45,81−100.

(9)吉川周作・井内美郎(1993):琵琶湖高島沖ボーリング火山灰から見た中期更新世〜完新世の噴火活動史.地球科学,47,97−109.

図3−4−4−1−2 ATおよびそれより上位のテフラ層準

図3−4−4−2−2 No.1鉱物組成表

図3−4−4−3 No.2,3 鉱物組成表

図3−4−4−4 No.1分析結果総合表

図3−4−4−5 No.2分析結果総合表

図3−4−4−6 No.3分析結果総合表