(2)花粉分析

花粉分析の結果を表5−7に示す。全試料から木本花粉、草本花粉、シダ・コケ植物胞子などの化石を産出したが、T2−N11試料は花粉化石の産出が非常に少なかった。表5−7をもとに花粉化石群集の産出図を作成した(図5−10)。各化石の出現率は、木本花粉においてはハンノキ属を除く木本花粉の合計、ハンノキ属と草本花粉とシダ・コケ植物胞子においては花粉と胞子の総計をそれぞれの基数とした百分率である。図表の中で複数の種類をハイフォン(−)で結んだ同定種(Taxa)は、その間の区別が明確でないことを示している。

T2−N5M試料(低位段丘)

分析後の残渣は少ないが、非常に多くの花粉化石を産出する。化石の保存状態はやや悪い。木本花粉では、針葉樹のツガ属が卓越する。そのほかに、マツ属(単維管束亜属を含む)や落葉広葉樹のクマシデ属−アサダ属、コナラ属コナラ亜属(以後、コナラ亜属)、ブナ属などを伴う。草本花粉ではヨモギ属が多産し、イネ科、カヤツリグサ科、カラマツソウ属、キンポウゲ科などが主に産出する。また、寒冷地に生育するイブキトラノオ節が僅かながら産出する。化石の保存が悪いこともあり、シダ植物胞子が非常に多い。

T2−N11試料(段丘/大阪層群境界)

分析後の残渣が少なく、花粉化石の産出も非常に少ない。化石の保存状態はやや悪い。産出する花粉化石としては、トウヒ属、マツ属、ハンノキ属などの木本花粉とシダ植物胞子が僅かに産出するにすぎない。

T2−S20試料(段丘/大阪層群境界)

分析後の残渣は普通で、花粉化石の産出は多い。化石の保仔状態はやや悪い。木本花粉では、トウヒ属とマツ属単維管束亜属の針葉樹花粉およびクマンデ属−アサダ属、コナラ亜属、ニレ属−ケヤキ属などの落葉広葉樹が主に産出し、ツガ属、カバノキ属、プナ属などを伴う。また、広葉樹花粉では湿地性のハンノキ属が非常に多く産出する。草本花粉では、イネ科とカヤツリグサ科が多産し、ヨモギ属、キク亜科などを伴う。

NP2−3試料

木本花粉ではマツ属複維管束亜属(いわゆるアカマツ・クロマツなどのニヨウマツ類)が卓越し、スギ属、コナラ亜属、アカガシ亜属などを僅かに伴う。草本花粉ではアブラナ科とイネ科が多産し、低率ながら栽培植物のソバ属を産出する。

NP2−5試料

木本花粉では、マツ属複維管束亜属が卓越し、スギ属を多産する。 また、コナラ亜属やアカガシ亜属を僅かに産出する。草木花粉ではイネ科が多産し、アブラナ科を伴う。また、栽培植物のソバ属が低率ながら産出する。

考察

T2−N5M試料(低位段丘)

古谷(1979)によれば、近畿地力におけるウルム氷期最盛期以降から完新世初頭の花粉化石群集(E1〜E4亜帯)はマツ属単維管束亜属、トウヒ属、モミ属、ツガ属などの亜高山帯針葉樹が特に優勢であることから、同地域には亜高山帯針葉樹林要素が広く分布していたと考えられている。ツガ属が卓越するT2−N5M試料の花粉化石群集は、亜高山帯針葉樹のツガ属が多産することからウルム氷期最盛期以降から完新世初頭の花粉化石群集(E1〜E4亜帯)の中で特にE4亜帯に類似し、対比される。年代的には約20,000〜10,000年前にあたると考えられる。

T2−N11試料(段丘/大阪層群境界)

本試料は花粉化石の産出が非常に少ないので解析は困難である。

T2−S20試料(段丘/大阪層群境界)

本試料分析結果により、周辺にハンノキ属が繁茂した湿地が分布し、後背地にはトウヒ属、マツ属単維管束亜属、クマシデ属−アサダ属、コナラ亜属、ニレ属−ケヤキ属などからなる冷温帯上部の針・広混交林が分布していたと推定される。

この花粉化石群集は、マツ属単維管束亜属、トウヒ属、モミ属、ツガ属などの亜高山帯針葉樹が特に優勢になるとされている近畿地方におけるウルム氷期最盛期以降から完新世初頭のE1〜E4亜帯の花粉化石群集(古谷,1979)と異なるので、これに対比されない。また、山科盆地西側の深草地域ではMa3層〜Ma6層の各粘土層とピンク・山田・アズキ・深草・八町池などの各火山灰層が確認されており、Ma6層の上には層厚40m以上の鞍ヶ谷層(満池谷累層相当層)が堆積している。満池谷累層はMa6層〜Ma8層に対比される粘土層を含んでいる(市原編,1993)。この地域ではMa6層以下の海成層について花粉分析が行われており、Ma6層〜Ma3層ではブナ属とマツ属が優占し、Ma3層よりも下位ではメタセコイア属の花粉が多産する(田井,1963)。これと比較すると本試料の花粉化石群集は、メタセコイア属を産出しないこと、ブナ属を多産しないことなど、Ma6層以下の何れの花粉化石群集とも−致しないので、これに対比されない。したがって、本試料はMa6層以下の地層に至らないと考えられる。これらのことから本試料は、大阪層群のMa7層以降であるが低位段丘には至らない堆積物と推定される。なお、大阪層群のMa7層から高位〜中位段丘堆積物の花粉化石群集はFrutani(1989)、田井(1966)などによって明らかにされているように気候の寒暖(または海進海退)の繰り返しを反映して温暖要素からなる花粉化石群集と寒冷要素からなる花粉化石群集とが繰り返されているので、本試料がMa7層から高位〜中位段丘堆積の何れの層準に対比されるかは判断しがたい。

NP2−3試料とNP2−5試料

両試料共に、マツ属複維管束亜属が卓越し、スギ属、コナラ亜属、アカガシ亜属などを僅かに伴う。そして、草本花粉ではアブラナ科とイネ科が多産し、低率ながら栽培植物のソバ属を産出する。森林植生はアカマツやクロマツなどのニヨウマツ類が優占するマツニ次林と推定される。そして、草本花粉におけるアブラナ科とイネ科の多産は、アブラナやイネ栽培によるものと推定される。また、ソバ属の産出も含めて、これらの植物の栽培が行われていたとを示唆している。

この花粉化石群集は、京都市深泥池では約1,500年前以降(深泥池団体研究グル−プ,1976)、滋賀県の湯之部遺跡では平安後期以降(外山,1989)、大阪低地でもほぼ同じ約1,500年前以降(古谷,1979)にみられる。これにより、両試料は古くても約1,500年前以降の堆積物と判断される。

まとめ

(1)T2−N5M試料は亜高山帯針葉樹のツガ属が多産することからウルム氷期最盛期以降から完新世初頭の花粉化石群集(E1〜E4亜帯)の中のE4亜帯に類似し、対比されるので、約20,000〜10,000年前の低位段丘堆積物にあたると考えられた。

(2)T2−N11試料は花粉化石の産出が非常に少ないので解析は困難であった。

(3)T2−S20試料の花粉化石群集は、近畿地方におけるウルム氷期最盛期以降から完新世初頭のE1〜E4亜帯の花粉化石群集や深草地域におけるMa6層以下の地層の花粉化石群集と−致しなかったので、本試料は大阪層群のMa7層以降であるが低位段丘には至らない堆積物と推定された。

(4) NP2−3試料とNP2−5試料は共に、木本花粉のマツ属複維管束亜属、草本花粉のアブラナ科とイネ科によって特徴づけられ、栽培植物のソバ属を産出した。森林植生はマツ二次林と推定され、周辺では、アブラナ、イネ、ソバなどの栽培が行われていたと考えられた。この様なことから、両試料は古くても約1,500年前以降の堆積物と判断された。

参考・引用文献

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