(2)花粉分析

1)結果

花粉分析の結果を表5−9に示す。解析を行うために計数の結果にもとづいて,花粉化石群集図を作成した(図5−11)。出現率は,木本花粉(Arboreal pollen)は木本花粉の合計個体数を,草本花粉(Nonarboreal pollen)とシダ類・セン類胞子(Pteridophyta&Moss spores)は花粉・胞子の合計個体数をそれぞれ基数とした百分率である。図表において複数の種類をハイフォン(−)で結んだものは,その間の区別が明確でないものである。

以下に各試料ごとに記述する。

・GT−4試料

本試料は,有機物を僅かに産出するものの,花粉化石を全く産出しない。このため,古環境,地質時代などについて解析することは困難である。

・GT−5試料

本試料は,黒色から褐色を帯びた有機物片を産出するものの,花粉化石を全く産出しない。このため,古環境,地質時代などについて解析することは困難である。

・GT−6試料

本試料は,黒色から褐色を帯ぴた有機物片を非常に多く産出し,花粉・胞子化石もそれに混じって産出する。花粉・胞子化石の保存状態は悪く,続成作用または風化作用を受けて化石の外膜が薄く溶けている。花粉・胞子化石の構成比はシダ類胞子が非常に多く,これに次いで木本花粉,草本花粉,不明花粉の順に産出する。シダ類胞子では属・科不詳のため他のシダ類胞子(other Pteridophyta)として一括したものが非常に多く,シダ類胞子の大部分を占める。その他にゼンマイ属,ヒカゲノカズラ属などが産出する。木本花粉ではコナラ属コナラ亜属(以後,コナラ亜属と記す)が多産し,ツガ属がこれに続く。その他に,クマシデ属−アサダ属,ハンノキ属,カバノキ属,ハシバミ属,マツ属単維管束亜属,コウヤマキ属などが産出する。草本花粉では,イネ科,ヨモギ属,キク亜科,カヤツリグサ科,キンポウゲ科,フウロソウ属,セリ科などが産出する。

花粉・胞子化石の保存状態が非常に悪いので,本試料の花粉化石群集は外膜の丈夫な花粉・胞子に偏っている可能性が考えられる。このことは,シダ類胞子が非常に多いことや産出する花粉化石のTaxa(種類)が少ないことからもうかがえる。花粉・胞子化石の保存状態が悪かった要因として,堆積後の環境が酸化的な(空気または酸素にされされる)状態であった可能性が高い。この様に,本試料の花粉化石群集が外膜の丈夫な花粉・胞子に偏っている可能性が考えられるが,木本花粉として100個体以上同定・計数できたのでこの結果から古環境,時代について推察する。

2)考察

古環境は,ナラ類などの落葉広葉樹を主体にした落葉広葉樹林の存在がうかがえる。この林には,針葉樹のツガ属,マツ属単維管束亜属(いわゆるゴヨウマツ類),コウヤマキ属,落葉広葉樹のクマシデ属−アサダ属,ハシバミ属,カバノキ属,ハンノキ属なども分布していたと推定される。これらの花粉化石の中には暖温帯に分布するシイ・カシ類が認められないことから,気候は冷涼であったと推定される。

京都盆地深泥池の研究によると,晩氷期以降の花粉化石群集は,10,000前以前のconifer−Betula(針葉樹−カバノキ属)時代,10,000〜7,700年前のLepidobalanus(コナラ亜属)時代,7,700〜5,000年前のLepidobalanus−Celtis−Aphananthe(コナラ亜属−エノキ属−ムクノキ属)時代,5,000〜2,000年前のCyclobalanopsis(アカガシ亜属)時代,2,000〜1,500?年前のCyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria(アカガシ亜属−マツ属−スギ属)時代,1,500?〜700?年前のPinus−Cryptomeria(マツ属−スギ属)時代,700?年前以降のCryptomeria(スギ属)時代のように変遷する(深泥池団体研究グループ,1976)。

深泥池において,本試料と同様にコナラ亜属が多産する花粉化石群集としては,10,000〜7,700年前のLepidobalanus(コナラ亜属)時代の花粉化石群集が上げられるが,本試料ではツガ属がコナラ亜属に次いで産出するのに対して,深泥池のLepidobalanus(コナラ亜属)時代ではツガ属が殆ど産出せず,暖温帯に分布するアカガシ亜属が産出するという違いがみられる。この相違により,本試料は深泥池のLepidobalanus(コナラ亜属)時代の花粉化石群集には対比できない。また,これ以外の深泥池における完新世の何れの花粉化石群集帯とも類似せず,対比されない。暖温帯要素のアカガシ亜属を欠き,落葉広葉樹のコナラ亜属と針葉樹のツガ属を主とし,コウヤマキ属などを伴う本試料の花粉化石群集に類似するものとしては,滋賀県山門湿原におけるAT火山灰(姶良Tn火山灰層)の下位にみられるYM−1,2帯の花粉化石群集(2.5万年前〜3万年前頃:高原,1993)があげられ,対比の可能性が示唆される。古谷(1979)によれぱ,この頃の大阪周辺地域における花粉化石群集は,マツ属単維管束亜属,トウヒ属,モミ属,ツガ属を多産するが,約28,000〜20,000年前頃と推定されるE3亜帯にはコナラ亜属がその上下の花粉化石群集帯に較べて増加する時期があると報告されている。これも,前述の山門湿原調査の花粉組成との対比案を支持するものかもしれない。しかし,花粉化石群集に寒冷要素のトウヒ属とモミ属がみられず,E3亜帯の花粉化石群集ともやや異なることなどを考慮すると約2.5万年前〜3万年前頃と断定するには至らず,可能性を指摘するに止める。

以上,本試料は,花粉化石調査から約2.5万年前〜3万年前頃に堆積した可能性が指摘されるが,断定するには至らず,その他の調査と総合して判定することが望まれる。なお,花粉組成から推定される年代の堆積物とすれば,AT火山灰(姶良Tn火山灰)の存在確認や,14C年代測定により検証できるものと思われる。