(4)花粉分析

a) 概査結果

KA−2孔ではKAP2−61.0,−61.5,−62.5,−63.0,−63.4,−64.0,−65.0試料の7試料で花粉・胞子化石を検出できたが,この中で花粉・胞子化石の産出が「R−VR」以上であるKAP2−62.5,−63.0,−63.4試料の3試料について精査を行うこととした。花粉・胞子化石を産出するものの「VR」であるKAP2−61.0,−61.5,−64.0,−65.0試料の4試料と「N」のKAP2−62.0,−66.0,−67.0,−83.0,−94.0の各試料については精査するには不十分な試料と判断した。(表3−3−11

KA−3孔ではKAP3−32.6,−37.3,−89.8,−93.5,−94.0,−104.0,−121.2試料の5試料について花粉・胞子化石を検出できた。このいずれもが「R−VR」以上の花粉・胞子化石を産出するので精査を実施した。KAP3−87.9,−104.0,−121.2試料の3試料については花粉・胞子化石の産出が「N」であり精査しない(表3−3−11)。

b) 精査結果

精査した試料は8検体であり,結果をKA−2とKA−3孔の各試料について同定した花粉・胞子化石の個体数で表示し,表3−3−12表3−3−13に示す。解析を行うために同定・計数の結果にもとづいて,花粉化石組成図を作成した(図3−3−6図3−3−7)。各花粉・胞子化石の出現率は木本花粉がハンノキ属とトネリコ属を除く木本花粉の合計,ハンノキ属,トネリコ属と草本花粉とシダ・コケ植物胞子が花粉・胞子の合計個体数を基数とした百分率である。ハンノキ属を木本花粉の基数から除いた理由ついてはハンノキ属とトネリコ属は湿地などでしばしば湿地林を形成する。この様な堆積環境の試料を分析した場合これらの花粉が局地的な要素となって優占または卓越して産出するので広域的な花粉化石の産出が少なく評価されてしまい,広域的な比較検討を困難にする場合があるためである。図表において複数の種類をハイフォン(−)で結んだものは,その間の区別が明確でないものである。また花粉化石の産出が少なくて木本花粉の同定・計数が100個体に満たない試料に関しては図中に産出した花粉・胞子化石を(+)で表示した。

以下にボーリングコア毎に下位より記述する。

@KA−2孔(表3−3−12図3−3−6

本孔の試料はいずれも花粉化石の保存状態が全般的に悪く「P」または「VP」である。KAP2−62.5と−63.4試料は花粉化石を十分に計数できたが,KAP2−63.0試料は胞子化石を多量に含んでいたが花粉化石は少なく,花粉化石の同定・計数が少なかった。

・KAP2−63.4試料

木本花粉ではコウヤマキ属が卓越する。その他にスギ属,マツ属,ブナ属,コナラ属コナラ亜属(以後コナラ亜属と記述する),ニレ属−ケヤキ属,カエデ属,ハリゲヤキ属などを低率で伴う。草本花粉は非常に少なく,シダ・コケ植物胞子では科・属不詳のため「他のシダ植物胞子」として一括した化石が著しく多産し,ヒカゲノカズラ属,ゼンマイ属,ミズゴケ属などを低率で産出する。

・KAP2−63.0試料

木本花粉の産出が少ないので産出割合を表示することを差し控えたが,木本花粉ではコウヤマキ属が30個体とおおく産出し,スギ属,ブナ属,コナラ亜属,カエデ属,ハリゲヤキ属などを数個体産出する。草本花粉は非常に少なく,シダ・コケ植物胞子では「他のシダ植物胞子」が386個体と著しく多産し,ヒカゲノカズラ属,ゼンマイ属,ミズゴケ属なども1〜10個体産出する。

・KAP2−62.5試料

本孔の試料の中で花粉化石を多く産出する。木本花粉ではスギ属とハンノキ属が優占して産出する。その他にマツ属,トウヒ属,イチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科,ブナ属,コナラ亜属,ハリゲヤキ属などを伴う。草本花粉とシダ・コケ植物胞子ではカヤツリグサ科と「他のシダ植物胞子」が多産する。

AKA−3孔(表3−3−13図3−3−7

本孔の試料はいずれも花粉化石の保存状態が良好である。花粉化石の産出も全般的に良好であることもあって,花粉・胞子化石を十分に精査することができた。なお,KAP3−89.8試料は残渣量が多かったが,花粉・胞子化石以外の有機物片(主に植物遺体)が著しく多かった。このため,プレパラートを複数検鏡したがやや木本花粉の同定数がほかの試料よりも少ない。

・KAP−94.0試料

 木本花粉ではスギ属とブナ属が優占して産出する。その他にイチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科,コナラ亜属,ハリゲヤキ属,トチノキ属,ハンノキ属などを伴う。草本花粉とシダ・コケ植物胞子では「他のシダ植物胞子」が多産し,イネ科,カヤツリグサ科,ヨモギ属などを伴う。

・KAP3−63.5試料

木本花粉ではブナ属が卓越して産出する。その他にスギ属,コナラ亜属,ハリゲヤキ属,トチノキ属などを伴う。草本花粉とシダ・コケ植物胞子は少ない。

・KAP3−89.8試料

木本花粉ではブナ属が優占して産出し,コウヤマキ属,スギ属,イチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科,コナラ亜属,ハリゲヤキ属,ニレ属−ケヤキ属,トチノキ属などを高率に伴う。草本花粉とシダ・コケ植物胞子では「他のシダ植物胞子」が多産し,イネ科,カヤツリグサ科,ヨモギ属などを伴う。

・KAP3−37.3試料

木本花粉ではハンノキ属が卓越して産出する。コウヤマキ属とイチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科が優占して産出し,ツガ属,トウヒ属,スギ属,クルミ属,ブナ属,カバノキ属,カエデ属,トネリコ属などを伴う。草本花粉とシダ・コケ植物胞子は「他のシダ植物胞子」,イネ科,カヤツリグサ科,ヨモギ属などを産出する。

・KAP3−32.6試料

木本花粉ではスギ属が卓越して産出する。そして,コウヤマキ属とイチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科を高率に伴い,ツガ属,トウヒ属,ブナ属,カバノキ属,カエデ属,ハンノキ属などを産出する。草本花粉とシダ・コケ植物胞子はカヤツリグサ科が多産し,イネ科,ヨモギ属などを伴う。

c) 古環境

@KA−2孔

花粉・胞子粒は酸化的条件において分化されやすく,長期間にわたって空気や酸素にさらされると分解消失することが知られている。このような場合,分解されやすい花粉化石から消失するので,比較的残りやすい化石によって構成されている花粉化石組成と考えられる。本孔の試料(特にKAP2−63.4,−63.0試料)は花粉化石の保存状態が悪く,花粉膜が溶解していること,一部の花粉・胞子が非常に多いこと(例えば:シダ植物胞子とコウヤマキ属),産出する化石の種類(taxa)少ないことから酸化的条件下にあって化石の保存が悪かったものと考えられる。これを踏まえて古環境について若干の考察を行う。

本孔におけるKAP2−63.4〜62.5試料の堆積した時期は,スギ属やコウヤマキ属などの温帯針葉樹が優占していたと推定される。また,針葉樹のトウヒ属,マツ属,広葉樹のブナ属,ハリゲヤキ属,コナラ亜属,カエデ属なども分布していた。上部のKAP2−62.5試料の時期ではハンノキ属やカヤツリグサ科などからなる低湿地が分布していたと推定される。主に温帯に分布する植物によって構成されることから気候は温帯性の気候と推定される。そして,KAP2−62.5試料ではスギ属の多産により降水量が非常に多かったと考えられる。

AKA−3孔

下部のKAP3−94.0〜−89.8試料の堆積した時期は,中部のKAP3−93.5試料を中心にして落葉広葉樹のブナ属が優占していたと推定される。とくに,KAP3−93.5試料の時期ではブナ林が発達していたと推定される。そして上下部ではスギ属,イチイ科−イヌガヤ科−ヒノキ科,コナラ亜属,ハリゲヤキ属,トチノキ属なども多く分布していた。特にKAP3−94.0試料ではスギ林の発達がうかがえる。温帯性の湿潤な気候が推定される。

KAP3−37.3〜32.6試料の堆積した時期は,スギ属やコウヤマキ属などの温帯針葉樹が優占していたと推定される。そして,下部のKAP3−37.3試料ではハンノキ低湿地林が発達,上部のKAP3−32.6試料ではスギ林が発達していたと推定される。また,針葉樹のトウヒ属,マツ属,広葉樹のブナ属,ハリゲヤキ属,コナラ亜属,カエデ属なども分布していた。降水量の多い温帯性の気候と推定される。

d) 対比

@V−2層(中位段丘相当層)の花粉化石組成

KA−2孔の深度32.6mの試料はボーリング調査結果のV−2層に相当し,K−Tz火山灰(深度32.5m,約95ka)の直下に位置する。年代的には更新世後期の酸素同位体ステージ5を含む温暖期にあたり,最も温暖な最終間氷期ではサルスベリ属やアカガシ亜属などの産出が知られている。大阪湾地域や琵琶湖の花粉分析では,最終間氷期を過ぎるとスギ属やコウヤマキ属が増加することが知られており(Furutani:1989,Miyoshi et al:1999),KA−3孔の深度32.6mの試料はこれらの地域の花粉分析結果と年代や花粉化石組成が一致する。

AW−9層(Ma9相当層)の花粉化石組成

Ma9層の花粉化石組成の特徴は他の海成層に比べコナラ属アカガシ亜属が高い出現率で含まれることであり,Ma9層の堆積時代が他の海成層の堆積時代に比べて温暖な気候であったことを示す(Furutani:1989 など)。京都盆地(図3−3−8),兵庫県南部海域と大阪湾沿岸部(図3−3−9)のボーリングコアによるMa9層の花粉分析結果をみると,アカガシ亜属が多産することがみてとれる。ただし,Ma9層全体でアカガシ亜属が優占するわけではなく,兵庫県南部海域の資料(図3−3−9の左図)で示すように,Ma9層の上部や下部ではアカガシ亜属が出現しない層準もある。

今回の調査ではKA−1孔のMa9相当層(深度116.40〜117.45m)でわずかにアカガシ亜属が産出するものの,KA−2孔(深度89.8〜94.0m)とKA−3孔(深度62.5〜63.5m)ではアカガシ亜属は産出しない。一方,コアの層相やOda火山灰(420〜450ka)を挟むことから,ボーリング調査によるW−9層はMa9層に対比される地層であることは確かである。今回の河原林地点のW−9層の花粉化石組成は大阪層群の標準的なMa9層の花粉化石組成と一致しないが,Ma9相当層のうち上部もしくは下部のみが分布しているためと推定される。

B亀岡盆地の既往花粉分析結果との対比

井本ほか(1989)によると,亀岡盆地では宇津根橋北詰で近畿農政局(昭和44年度)による試錐調査が行われており,標高94mの地点から深度180mの掘削で,168mで基盤岩に達している(図3−3−10図3−3−11)。深度145〜146m,162〜163mの粘土で花粉分析を実施している。花粉化石はfagus−Quercus(ブナ属−コナラ属)で代表され,Cunninghamia(コウヨウザン属),Liquidambar(フウ属)が含まれており,花粉化石組成から大阪層群のMa3〜Ma5に対比し寒冷気候であると推定している。

今回の河原林地点のKA−1〜KA−3孔ではMa9相当層までしか掘削していないため直接的な対比はできないが,花粉分析を行った宇津根橋北詰での試錐調査では深度140m以浅に4層の粘土層が図示されており,これらのいずれかがMa9層に相当する可能性がある。