(3)独鈷山地区におけるボーリング試料の花粉分析

(1)目的

本調査の目的は、独鈷山地区におけるBD−1、BD−3 および BD−4 の各ボーリングコア試料の花粉分析の結果を基に、地層の対比を行うことである。主要花粉の割合の変化を基にして、花粉ダイアグラムを考察し、ボーリングコア相互の対比を行った。さらに、アカホヤ火山灰や上記の花粉組成の変化と年代との対応から、3つのコアの各層準の年代値を推定し、対比可能な層準の深度の比較から活断層の存在について言及する。

分析は熊本大学教養部地学教室長谷義隆研究室で、平成8年10月15日から12月15日にかけて行われた。

(2) 試料採取と調整

花粉分析試料採取層準を図3−3−8に示す。

・ 試料採取

ボーリングコアの泥質部をほぼ20 cm間隔で、それぞれ長さ5cm程度をナイフで切り取り、直ちにビニール袋に封入した。なお、採取にあたっては、泥質部に挟まれる砂質なところは避け、できるだけ花粉を含むと考えられる部分を選んだ。

・ 試料調整

研究室に持ち込んだ試料は、ビニール袋から取り出した後、洗浄したナイフを用いて表面部を削り落とし、ボーリング時の擾乱などのない新鮮な部分から、約10gを削り取って分析試料に供した。

・ 分析処理とプレパラート作成

コア試料が一般に泥質〜極細粒砂質であることから、HF−KOH−アセトリシス法を採用し、塩化亜鉛による重液分離を行って、花粉・胞子粒を集め、グリセリンゼリーで封入した。

・ 顕微鏡観察と計数

花粉および胞子化石の鑑定には、生物顕微鏡(高解像リアルタイム3D顕微鏡R400)を使用し、600倍で観察した。花粉および胞子化石の顕微鏡写真を写真3−3−1写真3−3−2に示す。

計数にあたっては、樹木花粉数が300個に達するまでカウントしたが、プレパラート全面観察によっても300個に達しないものもあり、試料によっては150〜120個程度のものもある。なお、著しく産出の少ない場合には、検討から外した。

(3) 分析結果

花粉ダイアグラムは、樹木花粉(ただし、ハンノキ属は除く)を基数として、各属(または科)の百分率を求め(表3−3−6−1表3−3−6−2表3−3−6−3)、それぞれの産出割合を棒グラフで表示したもの(図3−3−9図3−3−10図3−3−11)である。

@ BD−1の花粉分析

分析試料:花粉分析用試料は、有明粘土層(上部粘土層)から1試料、有明粘土層(中部砂層)のアカホヤ火山灰層より上位の砂質部から1試料を取り、砂層の下位にある有明粘土層(下部粘土層)からは約20cm間隔で35試料を採取した。その結果、コアの上位からAso−4火砕流の上位まで37試料を採取し、分析処理した。

観察と計数:BD−1−1はほぼ良好な産出状況であったが、BD−1−2は花粉化石の産出が極めて少なく、考察できなかった。BD−1−3からBD−1−37は花粉産出状況は概ね良好であるが、試料によっては産出状況の悪いものもある。そのため計数はひとつ置きまたは2つ置きで計18試料について行った。

結果:BD−1−1では樹木花粉ではコナラ属(アカガシ亜属)、クリ属/シイノキ属が高率に産出し、エノキ属が伴っている。草本類では水草のヒルムシロ属が高率(20%以上)に産し、イネ科が数%である。胞子類では単条型が産する。BD−1−3からBD−1−37については花粉産出割合の変化は概ねなめらかである。針葉樹ではマツ属が全体を通してわずかに産出し、モミ属やツガ属の産出は極めて少ない。マキ属はBD−1−18で約10%の産出を示して特徴があり、その下位と上位に向かって産出割合を減じている。樹木花粉ではコナラ属(アカガシ亜属)は15〜40%と高率な産出を示し、クリ属/シイノキ属は下半部では20%以下、上半部は30〜50%で高率である。これに続くのはエノキ属およびニレ属/ケヤキ属でそれぞれ10〜30%産出する。またコナラ属(コナラ亜属)、クマシデ属およびブナ属が低率で伴う。ハンノキ属はこの泥層の最下部と最上部に20〜40%と高率な産出が認められる。その他、モチノキ属はBD−1−21で10数%、その上位および下位方向に産出を減じている。またサワグルミ属、ヤナギ属、ガマズミ属やサルスベリ属が、わずかずつ認められる。草本類ではイネ科が明瞭な産出を示し、特にこの泥層の最上部では30%に達している。またヨモギ属の割合は極めて少ないながらも常に産出し、最上部では10%に達している。胞子類では単条型が高率(10〜30%程度)に産出する。

A BD−3 の花粉分析

分析試料:有明粘土層(上部粘土層)から約20cm間隔でBD−3ー1からBD−3−10を採取した。なおBD−3−10はアカホヤ火山灰を含む層準である。有明粘土層(下部粘土層)ではBD−3−11からBD−3−28まで約20cm間隔で採取、分析処理した。

観察と計数:BD−3−1からBD−3−4までおよびBD−3−11からBD−3−28までは概ね良好な花粉産出状況であった。しかし、BD−3−5 からBD−3ー9 については花粉の産出状況が不良であり、検討から除いた。総計数は13試料である。

結果:BD−3−1 から BD−3−10 まではコナラ属(アカガシ亜属)が40〜80%ときわめて高率に産出する。またクリ属/シイノキ属も20〜40%で高率な産出を示す。この2属が異常な高率に産することで特徴がある。なお、最上部ではコナラ属(コナラ亜属)が10%程度産出し、BD−3−10ではハンノキ属が10数%産して特徴がある。草本類ではイネ科の産出が明瞭であるが、層準によっては、BD−3−2でヒルムシロ属、BD−3−1ではカヤツリグサ科が顕著な割合で産出する。ヨモギ属および他のキク科も割合は小さいが(BD−3−1ではキク科は約10%)、明瞭な産出をする。胞子類では単条型が10%程度産出するが、最上部BD−3−1ではきわめて高率で140%にも達する。

BD−3−11からBD−3−28では、各属(または科)花粉の産出割合の変化はなめらかである。針葉樹ではマツ属が低率ながら認められる。マキ属はマツ属より明瞭な産出を示して特徴がある。樹木花粉ではコナラ属(アカガシ亜属)が20〜45%の割合で産出し、クリ属/シイノキ属はこの泥層の下半部で5〜20%、上半部で30〜40%である。エノキ属は下半部で20〜30%、上半部で10%前後である。ニレ属/ケヤキ属は10〜20%、またコナラ属(コナラ亜属)は10%以下であるが明瞭な産出を示している。ハンノキ属は上部になるにしたがって割合を増し、最大30%に達する。その他、クマシデ属、モチノキ属、サワグルミ属、ヤナギ属、ガマズミ属などが低率ながら認められる。草本類ではイネ科の産出が顕著である。特に上半部では10%から次第に割合が高くなり、この泥層の最上部では25%に達する。その他ヨモギ属は産出割合は低いが認められる。胞子類では単条型が数〜20%程度産出する。

BBD−4の花粉分析

分析試料:有明粘土層(上部粘土層)から約20cm間隔で8試料(BD−4−1〜BD−4−8)および有明粘土層(中部砂層)のやや砂質な層から2試料(BD−4−9とBD−4−10)を採取した。なお、BD−4−10はアカホヤ火山灰を含む層である。有明粘土層(下部粘土層)では、最上部のやや砂質な部分を含めて約20cm間隔でBD−4−11からBD−4−56までの46試料を採取、分析処理した。

観察と計数:やや砂質な部分BD−4−9、BD−4−11〜BD−4−13では、花粉の産出がほとんどなく、また、BD−4−15からBD−4−18も産出状況がきわめて悪く、考察に耐えられない。それ以外は概ね良好であったが、下部粘土層の最下部も花粉産出は必ずしも良好ではなく、総計数は24試料である。

結果:BD−4−1からBD−4−10までは一連の花粉組成を示す。すなわち、コナラ属(アカガシ亜属)は35〜50%できわめて高率に産し、クリ属/シイノキ属も35〜45%で高率な産出を示す。エノキ属は低率であり、高くても5%程度である。ハンノキ属も低率であるが認められ、BD−4−10では8%程度である。なおBD−4−10ではガマズミ属が約10%に達する。草本類ではBD−4−5とBD−4−7でアカザ科が15〜25%産出して特徴がある。その他、イネ科やカヤツリグサ科が時折数%産出し、ヨモギ属は1〜3%である。胞子類では単条型が20%から次第に上位に向かって割合を減じている。三条型も数%産出する。

有明粘土層(下部粘土層)では針葉樹はマツ属が低率ながら産し、マキ属は上半部で10%以下の産出である。モミ属やツガ属の産出は極めて少ない。樹木花粉ではコナラ属(アカガシ亜属)は5〜35%の産出を示し、クリ属/シイノキ属は5〜40%の産出である。コナラ属(アカガシ亜属)の産出割合の変化は多様であるが、クリ属/シイノキ属の変化は下位から上位に向かって次第に割合を増加させている。エノキ属は10〜55%と極めて高率に産出する。ニレ属/ケヤキ属は数〜15%である。クマシデ属は最下部付近で35%に達することはあるが、一般には数〜15%である。モチノキ属はBD−4−29で約10%を占め、そ上下で割合を減じている。コナラ属(コナラ亜属)およびブナ属は極めて低率ながら産出する。ハンノキ属は一般に5〜20%の産出を示すが、部分的には極め低率である。その他サワグルミ属、ヤナギ属、アカメガシワ属、サンショウ属、ムクロジ属がきわめて低率に産する。草本類ではイネ科が最大25%の産出、ヨモギ属は一般に5%以下であるが、最下部付近では最大70%に達する。その他にヨモギ属以外のキク科やマメ科が低率ではあるが、産出する。胞子類では単条型が10%から最大65%産出して、一般に高率な出現を示す。

(4)花粉分析に基づく、ボーリングコアBD−1、BD−3、BD−4の対比

図3−3−12は独鈷山地区での花粉産出状況を比較検討するのに有効な分類基準として、マキ属、モチノキ属、クリ属/シイノキ属、コナラ属アカガシ亜属、ニレ属/ケヤキ属およびエノキ属の産出割合を折れ線で描いたものである。

BD−3の分析範囲をA帯(−10.12〜−13.52m)とすると、A帯は下記の特徴がある。マキ属およびモチノキ属の産出が明瞭であり、クリ属/シイノキ属は上位に向けて産出割合が増加している。ニレ属/ケヤキ属は上半部でやや減少するが低率ながら安定した産出である。コナラ属アカガシ亜属は一般に高率に産出するが、層準および地域により産出割合がかなり変化する。エノキ属は高率に産するが上半部で産出が不安定となる。なお、アカガシ亜属とエノキ属を加算した割合の変化パターンはBD−1、BD−3、BD−4の3地点で良く似ている。

サンプリングの間隔の問題があるが、総合的にみると、A帯は図3−3−12のBD−1の深度−9.05〜−13.15mの帯に、BD−4の深度−12.82〜−17.52mの帯に対比できる。

BD−1のA帯の下部の深度−13.15〜−15.65mをB帯とすると、B帯は下記の特徴がある。マキ属およびモチノキ属の産出は安定せず、BD−4では認められない。クリ属/シイノキ属およびニレ属/ケヤキ属は低率ながら極めて安定して産出する。アカガシ亜属はBD−1では高率に産するが、BD−4では低率である。これに対してエノキ属はBD−1では幾分高率な産出であるのに対して、BD−4では極めて高率に産出する。アカガシ亜属とエノキ属を加算すると、BD−1とBD−4の両ボーリング間で顕著な違いは認められない。

サンプリングの間隔の問題があるが、総合的には、B帯は図3−3−12のBD−4の深度−17.52〜−19.92mの帯に対比できる。

なお、BD−3の有明粘土層(上部粘土層)の花粉帯をC帯(2.00〜−0.47m)とすると、C帯は下記の特徴がある。マキ属およびモチノキ属の産出は認められないか、安定しないが、クリ属/シイノキ属およびコナラ属アカガシ亜属は安定して産出する。ニレ属/ケヤキ属の産出は低率であるが、安定している。エノキ属は低率であるが、ほぼ安定した出現率を示す。

総合的にみて、BD−3の花粉帯のC帯(2.00〜−0.47m)はBD−4の深度1.23〜−0.42mに対比される。その最上部の標高差は、0.77mである。

(5)独鈷山地区のボーリングコアの花粉ダイアグラムと熊本地域の標準花粉ダイアグラム(中島)との比較

独鈷山地区のボーリングの花粉ダイアグラムの変化パターンを考慮して、熊本地域で最も十分な花粉変化パターンが得られている中島のものと比較すると、図3−3−13のように対比される。独鈷山地域のコア試料ではアカホヤ火山灰層が挟在し、中島でもアカホヤ火山灰層の層準が認められている(岩崎、1992)。アカホヤ火山灰との層序関係でも上記の対比に矛盾はない。

独鈷山地区のボーリングコア試料の年代を直接知る手がかりは、アカホヤ火山灰の年代値6,300年のみである。中島の花粉ダイアグラムとの対比とその年代値を参考に検討できる。その結果BD−4ボーリングコアにおいては、有明粘土層(下部粘土層)の最下部は約8,900年前、有明粘土層(下部粘土層)の上面は約6,700年前と見積もられる。

BD−1とBD−3ではA帯の上面は約1mの標高差が認められる(図3−3−12)。すなわち、BD−3に対してBD−1が1m高い位置にある。また、BD−3とBD−4ではBD−3が上面で約2.3m高い。この面の形成時には同じ堆積水域(内湾海域)にあり、高さ(深さ)に著しい差はなかったと考えられることから、上記の標高差は堆積後の変位と考えられる。特に、BD−3とBD−4間のA帯の下面の差(約4.0m)は明らかに有意の差と考えられ、変位の原因は独鈷山地域に想定されている立田山断層(渡辺、1987)の動きによる可能性が高い。

以上のように、BD−3とBD−4のボーリングコア試料の比較ではA帯の上面と下面の標高差がそれぞれ2.3mと4.0mであり、明らかに下位層準のものほど標高差が大きくなっている。この点を考慮すると、立田山断層の動きによる変位量には累積性が認められることになる。なお、BD−3とBD−4のアカホヤ火山灰の標高差は1.13mである。

(6)まとめ

独鈷山地区のボーリングコア試料の花粉分析の結果は、熊本地域における花粉変化に対応しており、これまでに得られている標準的花粉分析組成変化(中島地域)との比較を基に、堆積層の年代を求めた。また、互いに比較したボーリングコアの層準には標高に食違いがあること(BD−3とBD−4のA帯の上面の標高差が2.3m、下面で4.0m)が明らかになり、この食違いは推定されている立田山断層の動きを反映するものと考えられる。有明粘土層(上部粘土層)の上面の標高差はBD−3とBD−4間で77cmである。花粉分析結果ではBD−3−1〜10とBD−4−1〜10はコナラ属、アカガシ亜属とクリ属/シイノキ属がともに高率に産するという特徴を有し、花粉組成からみて同一時期とみられ、対比可能である。したがって、有明粘土層(上部粘土層)の標高差77cmも立田山断層の動きを反映している可能性は否定できない。なお、有明粘土層(上部粘土層)の年代についての資料はない。しかし、アカホヤ火山灰層準や花粉分析結果を中島と比較してみると、その年代は約5,700年前と考えられる。したがってこれ以降、立田山断層が77cm落差を生じるような運動を起こした可能性を示すものと考えられる。