7−3 北湯口地点の総合検討

花巻断層帯に位置する北湯口トレンチにおいて、最新イベントを含む断層変位を確認した。北湯口トレンチにおいて最新イベントを表す断層の垂直成分は東低下50〜60cmである。そしてトレンチとその周辺には断層活動に起因した幅200m程度の撓みが認められ、撓みを含めた鉛直変位量はボーリング調査等を考慮すれば東低下約4mである。これはトレンチ内でみられるD層(礫層)の鉛直変位量であり、2回分の変位を示す。したがって、鉛直方向の単位変位量(Dv )は2mである。そして、断層面の傾斜を30°と仮定すればネットスリップの単位変位量(Dn)は約4mと計算される。

最新イベントは北湯口トレンチの南側法面(1S面)でC層(14C年代、5,260±70y.B.P.)、C1 層(土壌)およびB層(泥流堆積物)が断層によって切断されているが、被覆層は明かでない。一方、北側法面(2S面)では断層は縄文時代前期のフラスコ型ピットとA4層(礫層:14C年代、4,350±130y.B.P.,3,680±140y.B.P.)によって覆わることが明らかである。

渡辺ほか(1993)は北湯口トレンチの南方約80m においてトレンチ調査(以下、渡辺トレンチと略称する)を行い、同トレンチにおいて上部の土壌:Uc 層 (14C年代、6,050 ±60y.B.P.)が変位していることなどから、最新イベントを4,000 〜6,000 年前と推定している。しかし、このUc 層は断層によって切断されているのではなく、撓んでおり被覆層が明瞭でなかった。本調査の北湯口トレンチでは断層がB層礫層(14C年代、3,830±130y.B.P.),C層礫層(14C年代、5,260±70y.B.P.) と渡辺トレンチUc 層(14C年代、6,050±60y.B.P.)を切断,変位させ、縄文前期の遺跡とA4 層礫層(14C年代、4,350±130y.B.P.,3,680±140y.B.P.)に覆われることから、約4,000年前と限定できる。

また、ひとつ前のイべント(断層活動)を認定するために、南側法面(3S面) において深度ごとの断層面に沿うスリップ量との関係をグラフ化した(図7−5)。その結果、深度1.79mまでのスリップ量は0.5m前後であり、深度2.08m 〜4.1m(トレンチ底)までのスリップ量は1.1m前後である。トレンチ内でみられる各地層の層相、性質によって変形様式が異なり、若干のスリップ量の差があらわれているものの、スリップ量は深度2.08mを境にほぼ2倍になり、等量の変位を繰り返し行ってきたことを示唆する。したがって、北湯口トレンチにおけるひとつ前のイベントは深度2.08mのD層堆積以降、深度1.79mのC層堆積以前である。

D層は渡辺トレンチのVc層(26,200±400y.B.P.)に相当するので花巻断層帯のF1断層について限れば、「ひとつ前のイベント」は14C年代に基づけば7,340±80y.B.P.以前、26,200±400y.B.P. 以降である。そして、D層(2.6万年)とE層(3.9万年)はいずれも2回しか変位を受けていない。したがって、F1断層が引き起こした「ふたつ前のイベント」はひとつ前のイベントよりさらに1.3 万年以上時間をさかのぼることになる。

北湯口トレンチが位置する地点は縮尺2.5万分の1 の地形分類図ではLU段丘に区分されている。トレンチ内の層序をみると下位からE層(シルト層)とD層(礫層)が整合で累重している。E層の年代は北湯口トレンチにおいて、37,960±1590y.B.P,39,390±740y.B.P.であり、渡辺トレンチにおけるW層(14C年代は33,700±600y.B.P.)に対比される。また、D層の年代は渡辺トレンチにおいて26,200±400y.B.P.である。D層を不整合に覆ってC層(シルト、シルト質礫層)が堆積し、その上面に土壌C1、さらにこれを覆ってB層(亜角礫層)が堆積している。C層はF1断層付近を境にして山側で厚さを減じ平野側で厚さを増す。特にC層中のシルト質礫層はF1断層付近から山側で消滅する。これらのことから、E層がLU段丘堆積物であり、C層基底より上位の堆積物(厚さ約1.5m)は段丘化後の被覆層と解釈できる。その場合にはLU段丘の形成年代は約2万年前とみなせ、ひとつ前のイベントはLU段丘の形成後に発生したことになる。北湯口トレンチ付近の地質断面図から、F1断層によるD層(LU段丘堆積物)の鉛直変位量は撓みも含めて約4mである。D層はF1断層によって2回の断層変位を受けている。トレンチとその周辺には、断層活動に起因した幅200m程度の撓みが認められるため、撓みを含めたD層の鉛直変位量は北湯口付近の地形地質断面図から、東低下約4mである。したがって、単位変位量(Dv)は2mである。断層面を30°と仮定すれば、単位変位量(Dn)は約4mとなり、2回のネットスリップ量は約8mとなる。ところで、北湯口の断面図による変位量の計測では、原地形勾配を仮定しそれを延長して鉛直変位量を求めているので、どれを原地形とするかで変位量に幅が生じ、ある程度の誤差を含むものである。

北湯口トレンチで確認されたF1断層の「ひとつ前のイベント」はD層堆積以降に起こり、高さ50cm前後の低断層崖を伴う比高2mの撓み斜面を形成したと考えられる。その後も、段丘開析谷が十分に下刻していない時期に開析谷のオーバーフローが繰り返され、C層〜B層が段丘面上に累重した。その後、最新の断層活動イベントは縄文前期の遺構直前にC層〜B層を切り、起こっている。その結果、北湯口では最新イベントによって撓みを含めてさらに約2mの鉛直方向の隆起が生じたと考えられる。これによって北湯口トレンチ付近では開析谷からのオーバーフローによる洪水が激減し、人間生活にとって安定した土地条件になり、遺構が形成された可能性がある。