(3)花粉分析

IT−6孔において,肉眼観察により大阪層群に推定される花崗岩の上位に分布する堆積物の地質層準を推定するため,表4−4に示す深度において試料を採取し,花粉分析を行った。

表4−4花粉分析試料一覧

分析の結果,IT6−P1およびIT6−P10は同定可能な化石を含んでいなかったが,その他の試料から,樹木花粉49型,非樹木花粉16型,シダ胞子3型,合計68型が同定された。図4−5に1%以上の産出が見られた花粉胞子型の層位的な変動を,表4−5に各試料から産出した花粉および胞子の計数結果を示す。

全般に,スギ属Cryptomeriaが多く,スギ属と同定できなかったスギ科Taxodiaceaeも合わせると,花粉が産出しなかったIT6−P1およびIT6−P10以外のすべての試料で35%以上の産出率を示す。

落葉広葉樹は湿地性のハンノキ属Alnusを除いてほとんど産出せず,産出する花粉型の数も少ない。マツ科針葉樹はトウヒ属Picea,マツ属Pinusなどが多い。

下部のIT6−P9では単条型monoleteと三条型trileteシダ胞子が,IT6−P8ではゼンマイ属Osmundaが,IT6−P7ではイヌガヤ科/イチイ科/ヒノキ科Cephalotaxaceae/Taxaceae/ Cupressaceaeが目立って産出する。上部のIT6−P2〜P5では,ツガ属Tsuga,ハンノキ属,ヒルムシロ属Potamogeton,カヤツリグサ科Cyperaceae,ヨモギ属Artemisiaeが多い。

図4−5 産出した主要花粉胞子型の層位的変動

古谷・田井(1993)により前期更新世以前によく産出するとされるフウ属Liquidambar,イチョウ属Ginkgo,イヌカラマツ属Pseudolarix,コウヨウザン属/タイワンスギ属Cunninghamia/Taiwaniaなどの花粉型は全く産出せず,前期更新世で日本から消滅したスギ属以外のアケボノスギ属Metasequoiaなどのスギ科を含む可能性が低いことから,中期更新世以降の花粉群と考えられる。

花粉が産出した試料全てでスギが優先し,温暖期を特徴付ける常緑広葉樹はほとんど含まれず,比較的温暖な時期に多産する温帯性落葉広葉樹も少ない。また,マツ科針葉樹はトウヒ属・マツ属などが多いが,寒冷期に見られるような優占は示さない。スギ属の多産は,中期更新世以降の大阪層群の海成層では最上部で見られる(Furutani,1989)。内陸部の琵琶湖における中期更新世の花粉分析(Miyoshi et al.,1999)では,温暖期には広葉樹が,寒冷期にはマツ科針葉樹が優占するが,常緑広葉樹が優占した後にスギ属が極めて多産する時期が長く続く。このようなスギ属の多産は,最終氷期前期にも顕著に見られる(辻,1987)。これらより,IT−6孔の深度29.9〜34.4mの花粉群が堆積したのは,温暖期から寒冷期に向かう時期の可能性が高く,中期更新世以降の海退期の花粉群と考えられる。

花粉群の層位的変動はそれほど大きくはないが,上部のIT6−P2〜P5では湿地を好むハンノキ属,ヒルムシロ属,カヤツリグサ科が増加し,湿地環境の拡大を示唆する。湿地環境の拡大は局地的な環境ではあるが,寒冷化に伴って湿地環境が拡大したことも関連している可能性がある。

表4−5 花粉分析計数結果