(1)西野トレンチ

伊丹市西野1丁目地内で実施したトレンチ調査である。トレンチサイトにおける調査の概要と、各種の調査によって得られた結果を以下にまとめて示す。なお、地層の記載および地質解釈に関しては、@−2)地質解釈において後述する。

1) 試料分析

トレンチ壁面より採取した試料および別途に実施されたボーリング試料などを用いて、放射性炭素同位体分析と火山灰分析を実施した。試料採取箇所は図3−5−6に示すとおりであり、得られた分析結果を表3−5−2表3−5−3にまとめて示す。

表3−5−2 炭素同位体分析結果一覧表

表3−5−3 火山灰分析結果一覧表

検出された火山灰について概述すると以下のとおりである。

AT・・・・姶良Tn火山灰で、南九州の姶良カルデラを給源として日本のほぼ全域に分布する広域火山灰である。噴出年代は約24,000YBPとされている。

K−Ah・・・・鬼界アカホヤ火山灰で、南九州南方の鬼界カルデラを給源として、ATと同様に広域火山灰の代表格である。噴出年代は約6,300YBPとされている。

大山・・・・鳥取県大山を給源として西日本に点在する火山灰である。噴出はAT火山灰の直後であることがわかっている。

2) 地質解釈

壁面観察および分析結果を踏まえて地質解釈を行った結果が図3−5−7である。

図に示すように、トレンチ壁面の地層は第T層〜第X層までの5層が識別される。各層の特性をまとめると以下のとおりである。

第T層:砂礫層である。細礫〜中礫が密集しており、径10cm前後の亜円礫が主体的である。年代情報は得られていないが、既存の地質情報より判断すると低位段丘相当層の伊丹礫層に対比される礫層であると考えられる。壁面の南側では砂分を混入したシルト層に変化するが、観察によるとその境界には断層を指示する構造が認められず、堆積時における側方変化による同時異相の関係にあると思われる。また、鉛直方向に連続採取した試料で実施した火山灰分析結果によると、壁面の最下部で採取した試料[K1−E00T]が第T層と第U層との境界付近に相当するが、この層準においてAT火山灰起源の火山ガラスの濃集が認められ、ほぼ降灰層準に特定される。したがって、第T層を低位段丘相当層の伊丹礫層とすることと整合的である。また、大山系火山灰の混入が見られることとも矛盾がないといえる。

第U層:暗褐色系の腐植質粘土である。下位の礫層の礫を下部に混在している。昆陽池断層帯によって形成された陥没帯の湿地性堆積物であろう。撓曲の上盤側では地層は削剥を受け、第X層に不整合に覆われる。年代測定結果によると、本層の下部では8480±190YBP、上部で4730±100YBPが得られている。また火山灰分析結果によると、第U層下部からの採取試料[K1−E01T]で大山系火山灰が増加することより、本層下部の堆積年代は年代測定結果とも矛盾がない。さらに、本層上部の試料[K1−E04T]において、K−Ah起源の火山ガラスの含有率がピークとなるが、年代測定で得られている7,480YBPと4,730YBPの間の層準になることより、地質層序と整合的である。

第V層:砂混じりシルト層で、径2cm前後の礫を混入する。壁面中央部付近の地層の撓曲部において尖滅する。年代は1530±80YBPが測定されている。本層より室町時代末期〜江戸時代初期(16〜17世紀)に使用されたとする土器片(大阪府教育委員会鑑定)が出土した。年代測定結果とやや異なるが、遺物が第V層中に複数が採取されたことより判断すると、本層は16〜17世紀ころの堆積物であると考えられる。

第W層:シルト〜シルト混じり砂層であり、径5cm前後の亜円〜亜角礫を多く含む。第U層と同様に、撓曲部の上盤側では第X層と不整合関係にある。本層では年代測定試料が得られていない。

第X層:盛土を除く、最新期の堆積物である。腐植質シルトであり、旧耕作土であると考えられる。210〜220±80YBPを示し、18世紀の形成を指示する。下位に見られた第T〜W層を不整合に覆って分布し、第U〜W層が形成する撓曲の影響を受けていないと判断される。

以上のように、トレンチ掘削によって露呈された撓曲構造は、昆陽池断層帯の北縁を形成する断層の一部であると判断される。その活動期は地層試料の年代測定結果や採取された遺物試料より判断すると、16〜17世紀と18世紀の間にしぼられる。またその活動量は、トレンチ壁面で確認された撓曲崖が形成する鉛直落差より約1mであると推定される。その構造形成に対応した歴史地震は、近畿地方において最大級とされる1596年の慶長地震が、それに対応する可能性が高いと考えられる。

図3−5−3に示したように、当地点における断層構造は、トレンチ壁面に見られた鉛直落差に加えて、トレンチ掘削地点とボーリング地点[西野−1]との間で、現在の市道下に潜在する断層との2段構成であり、断層落差としてはむしろ市道下に潜在する断層の方が大きいものと推定される。その構造を明確にするためには、近接する民間擁壁の安定性・公共道路の一時通行止め・上下水道などの市道下における各種埋設管の一時的な閉塞など、トレンチ掘削の拡大には多大の障壁が生じると予想されたため、本調査におけるトレンチ掘削の拡大を断念した。しかし、断層帯の全貌を明らかにするためには、撓曲の背後に潜在する断層構造を掘削し、断層上盤側における地層年代の特定とともに、ATあるいはK−Ahの追跡を行うなど、より精密な調査の実施によってその活動履歴を明確にする必要があると考えられる。

本トレンチの掘削においては、表層盛土が厚く、また大量の湧水を伴い、法面の安定性が著しく低かったため、地層観察はトレンチの東面に限定して実施した。