4−1−3 北武佐地区

表4−1−3に北武佐地区の総合層序・解釈表を,図4−1−3に北武佐地区の地質断面解釈図を示す.

[地層の堆積時期など]

火山性砂礫岩層(VSGs−g〜VSGs層)は本調査では鮮新世〜前期更新世火山岩類に位置づけたが,0.82±0.15Ma(FT)の放射年代値を示し,層相から既往調査(NEDO,1999)による,武佐温泉の泉源掘削時に確認された武佐砂礫層に相当すると考えられる.武佐岳火山の活動期は0.5〜1.2Maとされ,この火山活動に伴い形成された堆積物と推定した.

LVLtl層は角礫を含む不淘汰塊状な層相と斜面にへばりつく様な分布状況から,崖錐堆積物と考えられる.TG4層は円〜亜円礫が主体の砂礫層でいわゆる“段丘礫層”であると考えられる.両層はLVLvs層におおわれるため直接の層序関係が確認できないが,堆積時の地形状況を考慮すると同時異相であると推測される.LVLvs層は全体に葉理が発達し,安山岩・軽石の亜円〜亜角礫(礫の円磨度は比較的悪い)が混在する火山灰質細〜中粒砂からなる.一部に火山灰質シルトの薄層などがはさまれる.葉理・層理面の傾斜は下位層ほど緩い傾向を示し,一見デルタで見られるような堆積体の前進に伴う前置層の様な印象を受ける.これらの特徴は周氷河地域で確認される成層斜面堆積物(小疇ほか編,2003)や緩斜面堆積物(桧垣,1996)に類似し,ソリフラクションなどによる周氷河現象に伴い形成されたと考えられる.LVLsg−c層はMa−l層におおわれ,境界部付近にLVLl層の要素が認められないことから,LVLl層を削剥し堆積したと考えられる.

UVLch2層とUVLch1層は、地形変換部(斜面部)に認められるガリーを埋積したチャネル充填堆積物である.TG3層とUVLh2層は平坦面部(低位面1)に分布する段丘砂礫層と腐植土層である.

[断裂系の形成機構]

北武佐地区で認められた断裂系の形成機構について考察する.

認められた断裂系の形成時期は,断層面が認められる層序から判断して,以下に示す地層の堆積後からその上位層の堆積前と考えられ,4ステージに区分できる.すなわち,ステージ1(VSGs−g層),ステージ2(LVLvs層の下部),ステージ3(LVLvs層の上部)およびステージ4(LVLl層)である。

ステージ1,ステージ2およびステージ4に認められる断層の走向は,斜面のそれに平行し,一部に逆断層センスのものが認められるが,正断層センスを示すものが多い.また,断層は斜面部に限定して認められ,かつ断層上下盤の地層に大きな食い違いや変位の累積性が認められないことから,これらの断層は堆積盆内での地層の伸張・圧縮に伴い形成された重力性の断層と考えられる.

ステージ1に認められる断層は,広域的な隆起運動等に伴う地層の傾動時に形成されたと推定される.また,ステージ2とステージ3に認められる断層は,LVLvs層とLVLl層が斜面上に定置し初生的に不安定な状態であったことが原因となって,形成されたと考えられる.

ステージ3に認められる断層は走向や変位センスがばらつく傾向がある.また,LVLvs層上部は波長20m前後の褶曲構造を示す部分も認められる.これらの形成機構として以下の2つの可能性が考えられる.

@ LVLvs層上部からなる堆積体の初生的な形状に起因したものである可能性

A LVLvs層上部の褶曲構造が広域のテクトニクスに関連したものである可能性

@は堆積体の定置場所が斜面の直下に位置することから,これがその基盤である崖錐の堆積形状や下部更新統の凹凸等に支配されたローブ状の形態を持ち,基本的に塑性的に変形したと考える.そしてそれに伴う地層の伸張・圧縮に伴い,斜面の走向に斜交・直交する重力性断層が形成されたと考えるものである.

Aは知床半島で認められる太平洋プレートの斜め沈み込みに伴う横ずれ運動などの広域のテクトニクスに支配され,斜面の走向方向に圧縮応力が働き,褶曲構造・断層が形成されたと考える.

基盤形状の平面分布が明らかでないため,LVLvs層上部に認められる褶曲と断層の形成機構については未詳な点がある.

[地形・地質発達および断層活動]

第四紀前期更新世末に武佐岳火山の火山活動に伴い火山性砂礫岩層(VSGs−g〜VSGs層)が堆積したが,その後(中〜後期更新世),山地の全般的な隆起があり,同層は10°前後の傾斜で平野側に傾きを生じた.それとともに,氷河・間氷期の海水面変動などによる侵食作用により,台地(高位)が形成された.

後期更新世には,崖部では崖錐堆積物(LVLtl層)が,その平野側の平坦部には段丘礫層(TG4)が堆積した.その後,最終氷期最寒冷期にはソリフラクションによる緩斜面堆積物(LVLvs層)が堆積,さらに土石流堆積物(LVLdf層)が堆積し,地形変換部(斜面部)の地形の大枠が形成された.11,810y.B.P.(14C)前後の降灰によってLVLl層が堆積し,地表面をおおった.平野側の平坦部では段丘砂礫(LVLsg−c層;地すべり移動体の下位に存在)が堆積しており,LVLl層は削剥されたと考えられる.これら一連の経過の中で海水面変動などに伴うイロンネベツ川の下刻があり,これらの堆積面は段丘化した(中位面1の段丘化).

完新世には,低位面1の形成期を挟んで摩周火山などの活動に伴うMa−lおよびMa−g〜j層の降灰があり,地形面の平滑化が進んだ.なお,斜面部では8,390±40y.B.P. (14C)〜4,810±40y.B.P. (14C)に3回のガリーの形成があり,チャネル充填堆積物ができた.これらは後背地の水理地質の特性(地下水が豊富,地下水位が高い等)を示しており,北武佐地区の斜面変動の発生要因のひとつとなっている.4,350±50 y.B.P.(14C)以降に地震動?などを誘因とする地すべりが発生し,小丘状地形や階段状地形等の斜面変動に起因する地形が形成された.

平成15年度調査で,北川北・北武佐地区に近接する開陽地区(図4−1−2参照)において,開陽台を横断する測線で浅層反射法地震探査を実施した.北川北・北武佐地区と開陽地区は共に,平野側へ張り出す弧状のリニアメントとして変位地形を推定しており,この点に関して共通点がある.また,開陽地区では反射断面上で断層の分布は認定されておらず,この点でも今回の調査結果と類似する.上記2地区には8〜10km程度の距離があり,反射断面と今回の地質調査結果を直接対比することに限界はあるが,相方の結果を対比し、“開陽断層北部東側の地形変位部”について考察を加える.

調査地(北川北・北武佐両地区)の地表付近に分布する地質構成は,山側に高位面堆積物(T1d)が,平野側に中位面段丘堆積物(T2d)が分布するが,その基盤には鮮新世〜前期更新世火山岩類が分布するものである.その形態は開陽地区の反射断面のCMPLoc200〜300付近と類似すると考えられる.反射断面で中位段丘堆積物の下位には幾品層に含めている火山性砂礫岩・火山岩類が存在することが,近隣のクテクンベツ川の調査で明らかになっている.

反射断面に見られる深部構造の特徴は,下半部では山地から平野側へ(南東へ)層厚の変化はあまりないが,上半部では深部ほど急で浅部ほど緩くなっており,かつ,上位層が順次下位層にアバットしつつ,堆積物の層厚が海側(東方)に向かって徐々に増していく形状を示している.このような反射断面の形態は知床半島基部山地が幾品層堆積時後半(すなわち鮮新世中〜後期)に徐々に隆起したことを反映したものである.そして,北川北・北武佐両地区のリニアメントの成因として当初想定された逆断層による構造運動を示すような傾向は示されない.

今回調査で得られた地表付近の地層分布形態は開陽地区における反射断面と類似しており,北川北・北武佐両地区で認められるリニアメントは新旧の扇状地性段丘面(高位面・中位面1)の地形変換線(ゾーン)であることを裏付けている.