(2)北武佐地区

[ピット調査と周辺露頭調査]

ピット調査は地形測量(U.3)で明らかになった地形の撓み?の南東に下る地形変換部において,地表面付近の詳細な地質層序の把握と活構造に伴う地層の変形等の確認を目的として,2箇所で実施した.2箇所のピットはボーリング調査群列4孔のうち,北西から3番目のS04−Mu−2孔付近に存在する.また,ピット調査位置周辺には砂利採取のために掘削が行われ露頭が存在するため,ピット掘削と併せ露頭スケッチおよび周辺の踏査を実施した.なお,周辺踏査中に地すべりが分布することが明らかになったため,地すべり地の地表踏査,露頭スケッチおよび空中写真判読を実施した.図3−3−9に北武佐地区のピットの諸元を,表3−3−3に層序表を,図3−3−10図3−3−11にS04−Mu−P1〜P2のピットスケッチ展開図を,図3−3−12図3−3−13にピット周辺の露頭壁面・平面スケッチを,図3−3−14にピット調査時の露頭写真を,図3−3−15図3−3−16図3−3−17図3−3−18および図3−3−19(写真)にピット周辺の地表踏査結果を示す.

北武佐地区の2箇所のピットの層序は,層相とはさまれるテフラから次のように区分できる.

上部火山灰・ローム層(UVL):Bk層(埋土)・Ts層(表土)・UVLh1層(腐植土)・Ma−g〜i層(Ma−g〜i降下軽石・火山灰)・UVLch1層(軽石質砂)・UVLch2層(軽石質砂)・UVLh3層(火山灰質シルト質砂)・UVLch3(軽石混り砂)・Ma−l(軽石)

下部火山灰・ローム層(LVL):LVLsg−c層(砂礫)・LVLlc層(ローム質粘性土)・LVLdf層(岩塊混りシルト質砂礫)・Anp層(アトサヌプリ降下火山灰)・LVLvs層(火山灰質砂)・LVLtl層(礫混り火山灰質シルト質砂)

火山性砂礫岩層(VSG):VSGs−g層(含礫凝灰質砂岩)

ピット調査の結果,次の諸点が明らかになった.

@ 各地層の走向傾斜の平均値は下位層ほど緩い傾向を示した.

A 堆積後の地層変形に伴って形成された新旧2つの断層系が認められた.断層は正断層が多く砂脈(砕屑岩脈)を伴うなど,伸張(引っ張り)場で形成されたものが多い.

B 地形の撓み?(地形変換部)には地すべりが分布する.地すべりは小丘状地形などの表層微地形の成因となっている.

以下,層序,地層・断層の走向傾斜,地すべり調査結果について記す。

1)層序

@)上部火山灰・ローム層(UVL)

Bk層(埋土):軽石と最大径30cm程度の礫・草茎が雑多に混在する腐植土からなる.砂利採取後に埋め戻された埋土である.

Ts層(表土):草根・木根が混在する腐植土からなる.所々にKm−1f起源とみなされる軽石が散在する.

UVLh1層(腐植土):腐植土が主体で,葉理のある火山灰質のシルト質細粒砂・火山灰をはさむ.最下部の腐植土(ピット周辺露頭の試料S04−Mu−P−3)について放射性炭素年代測定を実施し,4,810±40y.B.P.の年代値を得た.旧表土である.

Ma−g〜i層(Ma−g〜i降下軽石・火山灰):上部は軽石が主体で,下部は火山灰からなる.軽石は亜角で最大径5cmで,径10mm程度の火山礫(岩片)を含む.火山灰は灰色を呈し細粒ガラス質である.木・草などによる生物擾乱作用を受ける.

UVLch1層(軽石質砂):褐色の円磨された軽石(径10〜20mm)が混在する軽石質砂が主体で,最上部に旧表土と考えられる腐植土が分布する.全体に弱い葉理がある.堆積形態から,ガリーを埋積した再堆積性のチャネル充填堆積物と考えられる.UVLch2層及びUVLh2層を削剥する.腐植土(ピット周辺露頭の試料S04−Mu−P−1)の放射性炭素年代測定を実施し,7,050±50y.B.P.の年代値を得た.

UVLch2層(軽石質砂):軽石質砂・軽石混じり砂が主体で,最上部は軽石混り砂質シルトである.堆積形態から,ガリーを埋積したチャネル充填堆積物とみなされる.UVLh2層〜UVLvs層を削剥し,UVLch1層に削剥される.軽石質砂・軽石混り砂は葉理がある中〜極粗粒砂が主体で,所々に腐植土をブロック状に含む.チャネルの側壁では崩壊を示す堆積構造が認められる.

UVLh3層(軽石混り砂質シルト):軽石混り砂質シルトが主体で,腐植土・砂をはさむ.Ma−l層・UVLh3層を覆い,UVLch2層に削剥される.はさまれる腐植土(ピット周辺露頭の試料S04−Mu−P−2)の放射性炭素年代測定を実施し,8,390±40y.B.P.の年代値を得た.

UVLch3層(軽石混り砂):葉理が発達した軽石混り砂・軽石質砂からなる.軽石はMa−l由来の褐色のものが主体である.堆積形態からチャネル充填堆積物とみなされる.VSGs−g層〜Ma−l層を削剥し,UVLh3層に覆われ,UVLch2層に削剥される.

Ma−l層(Ma−l降下軽石):褐〜黄褐色を呈す径20mm程度の亜角の軽石が主体である.基底部は逆級化し,灰色の火山灰が濃集することがある.下位層との境界は明瞭である.基底部は所々粘土化しており,地すべり範囲ではこれがすべり面となっている.

A)下部火山灰・ローム層(LVL)

LVLs−g層(砂礫):地すべり調査時に地すべり土塊末端部の下位に確認された砂礫で,最上部に炭化した腐植土を伴う.この腐植土(地すべり周辺露頭の試料Mu−Ld−1)を対象に射性炭素年代測定を実施し、11,560±50y.B.P.の年代値を得た。地すべり地の露頭ではMa−l層が本層を直接覆い,両層の間にLVLvsおよびLVllを欠如することと、得られた年代値がLVLl層に含まれる炭化木片の年代値(後述)と類似することから、本層はLVLl層と同時異相か,あるいはこれを削剥・堆積したものと考えられる。従って本層はピット周辺のボーリングで確認したTG4とは異なる堆積物と位置付けられる.

LVLl層(ローム質土):褐〜褐灰色を呈すローム質土からなる.一部に径20mm程度の軽石・礫が散在する.全体に塊状だが,所々にスコリア質砂・レンズ状の砂礫がはさまれる.上部に炭化木片を含むことがあり,ピット周辺露頭において試料(S04−Mu−P−5)を採取し,放射性炭素年代測定を実施した結果,11,810±60y.B.P.の年代値を得た.

LVLdf層(岩塊混りシルト質砂礫):径1〜20cmの安山岩の亜角〜亜円礫が主体で,最大径1m程度の巨礫が混在する.全体に不淘汰で逆級化し,上部に巨礫を含む.基質は不淘汰な砂質シルトからなり,分布は地形変換部よりも高い火山山麓地形域が主で,地形変換部付近で消失する.層相と分布形態から,土石流堆積物であると考えられる.

Anp層(アトサヌプリ降下火山灰):黄灰色の軽石が混る細〜中粒の火山灰からなる.根跡が多く,全体にぼやける部分が見られる.層厚は10〜20cm程度で,斜面の上部(北西)に向かい薄層化し,消失する.

LVLvs層(火山灰質砂層):灰褐〜褐灰色の火山灰質細〜中粒砂からなる.全体に葉理があり,安山岩・軽石の亜円〜亜角礫(礫の円磨度は比較的悪い)が混在し,一部巨礫を含む.所々スコリア質砂や火山灰質シルトの薄層がはさまれるが,あまり連続しない.層理面の傾斜は下位に比較し上位程急傾斜を示す.斜面上部(北西)に向かい薄層化し,消失する.排水路部の露頭(図3−3−17)では挟在するスコリア質砂・砂がうねるような形態を示し,本層は斜面下方にプランジした小褶曲構造を繰り返している.全体に比較的固結している.本層はAnp層に覆われ,その直下に腐植物(S04−Mu−P−7)が含まれていた.Anpの降灰年代を推定する目的で,これを対象に放射性炭素年代測定を実施したが,層序と測定年代値の逆転が認められたことから,その測定値は降灰後の木根の年代であると思われる.

LVLtl層(礫混り火山灰質シルト質砂):不淘汰な礫混り火山灰質シルト質砂からなる.径10cm程度の円〜亜円礫が混在し,一部に径1m程度の安山岩角礫が含まれる.LVLvs層との層序関係から,岩相が類似するLVLdf層とは区別できる.斜面にへばりつく様に分布し,崖錐堆積物と判断される.

B)火山性砂礫岩層(SVG)

SVGs−g層(礫混り凝灰質砂岩):黄灰褐〜褐灰色を呈す礫混り凝灰質砂岩が主体で,シルト岩がはさまれる.全体に葉理があるが,淘汰はやや悪い.また、固結度は全体にやや低い.礫は径5〜30mm程度の軽石・安山岩の亜角〜亜円礫が主体である.

2)地層・断層の走向傾斜

ピット・ピット周辺露頭調査において認められた地層と断裂系の方向の傾向を把握するため,走向・傾斜の極をシュミットネット下半球投影にプロットした.走向傾斜のデータは国土地理院の「2000.0年値 磁気偏角一覧図」に従い,実測値を偏角9°で補正した.なお,調査時にS04−Mu−P2でLVLvs層は挟まれる礫混りシルト層の上下で走向・傾斜の傾向が異なることが分かっため,便宜的に同層を境に上・下部に区分した.図3−3−18にシュミットネットを,図3−3−20に断裂系の写真を示す.

@)地層の走向傾斜

 Ma−l・Anp・LVLlc・LVLvs上部・LVLvs下部・VSGs−g層のそれぞれの走向・傾斜の平均値を求めた結果,各地層の走向はN50E〜N76Eと概ね斜面の走向に平行で,傾斜角はLVLlc・Ma−l層を除き,より下位の地層ほど緩い傾斜を示すことが明らかになった.このことは少なくともSVGs−g層堆積以後,地層の傾斜変位に累積性が無いことを意味するであろう.

A)断裂系の走向傾斜

断裂系は形成時期(断裂系が認められる最上位の地層で識別される)・変位形態から,以下の6つの系列に区分できる.なお,平面スケッチで確認できた横ずれ断層は鉛直方向の隔離を考慮し,正・逆断層に区分した.

@ VSGs−g層に認められる正断層系

A LVLvs層の下部に認められる正断層系

B LVLvs層の上部に認められる正断層系

C LVLvs層の上部に認められる逆断層系

D LVLlc層に認められる逆断層系

E LVLlc層に認められる正断層系

各断裂系の走向傾斜をプロットした結果,次のような傾向が認められた.

@ 正断層系は形成時期に関係なく斜面の走向に概ね平行な走向を示すものが多い.

A VSGs−g層に発達する正断層系(2条),LVLvs層下部に発達する正断層系(1条),LVLvs層の上部に発達する正断層系のいくつか(2条)は斜面の走向に斜交する.

B LVLvs上部に発達する逆断層系(1条),LVLvs上部に発達する正断層系(1条)は斜面の走向に直交する。

C 断層の形成時期は、VSGs−g層・LVLvs層の下部・LVLvs層の上部・LVLlc層に区分できる.

D LVLvs層上部に認められる断層系はセンスがばらつくものが多い.

E LVLlc層には正断層と逆断層の2系統認められるが,逆断層は走向が概ね同方向で高角である.

 以上の特徴から,断裂系は4つの活動ステージが認識できる.これらのうち,古期から数えて3ステージの一部に構造性断裂の可能性が残されているが,ほとんどの断裂が斜面部にに限定して分布していること,かつ断層上下盤の地層に大きな食い違いや変位の累積性が認められないことから,これらの断層のほとんどは堆積域内での地層の伸縮・圧縮に伴って形成された重力性のものと考えられる.

[地すべり地の踏査]

調査地域に分布する地すべりを対象に,それらの形態・形成年代等を把握するために,大縮尺(1/8,000)の空中写真判読と地表踏査を実施した.図3−3−21に調査地域周辺の大縮尺空中写真判読結果図を,図3−3−22に地すべり地形の写真を,図3−3−23に地すべり移動体の内部構造を示す露頭のスケッチ・写真を,図3−3−24に地すべり移動体の移動方向推定図を示す.

空中写真判読の結果,次の諸点が確認できた.

@ 地形測量で認められた地形の撓み部に当たる地形変換部斜面に,多数の地すべり地形(馬蹄形の崩壊地形)が分布する.

A 地すべり地形の下方に不自然な小丘状地形や窪地状の湿地などが分布する.

B 斜面にはいくつかの沢地形(斜面からの湧水を示す)が認められる.

地表踏査の結果,次の諸点が明らかになった.

@ 地すべり地には,特徴的な馬蹄形の崩壊跡地や階段状の凹凸地形等の微地形が分布する.

A 地すべり移動体の層厚は3〜4m程度で,比較的規模の大きな地すべりはLVLlc層以上の地層で構成される.

B 主にMa−lの基底の粘土がすべり面を形成している.

C 地すべり移動体の末端部にはスラストファンが発達する.放射性炭素年代測定の結果,覆瓦構造による地層断片の上載現象が確認でき,これが空中写真判読で認められた小丘状地形を形成する.

D 地すべり面が屈曲する部分の露頭では正断層センスの地すべり面がいくつか見られる.

E すべり面がMa−g〜j層を切っており,地すべりは少なくともこれらのテフラの降灰後に活動したことが確認できる.

[試料分析]

地層の堆積年代を推定・対比し,地形発達史を把握することを目的に,放射性炭素年代測定・フィッショントラック年代測定・火山灰分析を実施した.図3−3−25に分析試料写真を示す.

@)放射性炭素年代測定

表3−3−4に放射性炭素年代測定結果一覧を示す.分析結果の詳細は巻末に資料3として添付する.8試料について実施したが,S04−Mu−P−1〜3・5・7はピット周辺の露頭壁面から採取した試料である.S04−Mu−P−1〜3は露頭に見られるガリーの形成年代等を把握するために実施し,測定結果から約4,800y.B.P.〜約10,000y.B.P.の間に少なくとも三度にわたりガリーが形成されたことが明らかになった.S04−Mu−P−1とS04−Mu−P−5はMa−g〜iとMa−lの直下で採取した試料で,測定結果からMa−g〜jは約7,000y.B.P.前後以降にMa−lは約12,000年前後以降(町田・新井,2002)に降灰したと推定でき,既往試料で報告されている年代と矛盾がないことが明らかになった.S04−Mu−P−7はAnpの降灰年代を推定する目的で実施したが,層序と放射性炭素年代値の逆転が認められることから降灰後の木根等の年代であると推定でき,Anp降灰年代を明らかにすることはできなかった. Mu−Ld−1・3・4は、地すべり露頭で採取した試料で,地すべりの形成年代を把握するために実施した.測定の結果,地すべりは約4,300y.B.P.以降に形成されたことが明らかになった.また,層序と放射性炭素年代値の逆転が認められることから,地すべりの末端部は覆瓦構造をなしていることが明らかになった.

A)火山灰分析

 3試料について実施したが,図3−2−12に火山灰分析結果一覧を示す.分析結果の詳細は巻末に資料4として添付する.

 S04−Mu−P−10は火山ガラス・斜方輝石の屈折率の最頻値および他の記載岩石学的特徴を既往資料(町田・新井,2002)と比較検討した結果,Anp相当であると同定できた.Anpテフラは層序から古期アトサヌプリ火山のアトサヌプリ火砕流堆積物(北海道防災会議,1986)噴出時の降下火山灰であると推測されている.斜里地方でその層位学的研究が行われており,23,430+820または−750y.B.P.を示す焼土の下位に位置することが明らかにされている(曽根ほか,1991)。

S04−Mu−P−11は火山ガラスの屈折率の最頻値と他の記載岩石学的特徴を既往試料(町田・新井,2002)と比較検討したが,相当テフラは明らかにならなかった.ただし,火山ガラスの屈折率の最頻値はS04−Mu−P−10と類似することから,アトサヌプリ起源のマイナーなテフラである可能性が考えられる.

S04−Mu−3−16.25はフィッショントラック年代測定試料であり,今後の参考資料とするために分析を実施したが,相当テフラは明らかにならなかった.

図3−3−9 北武佐地区ピット調査の諸元

表3−3−3 北武佐地区ピット調査層序表

図3−3−10 S04−Mu−P1ピットスケッチ・写真展開図

図3−3−11 S04−Mu−P2ピットスケッチ・写真展開図

図3−3−12 北武佐地区ピット周辺の露頭壁面スケッチ図

図3−3−13 北武佐地区ピット周辺の平面スケッチ図

図3−3−14 ピット調査時の露頭写真

図3−3−15 北武佐地区ピット周辺の踏査結果平面図

図3−3−16 ピット周辺の露頭柱状図対比図その1(崖部:A−A’測線)

図3−3−17 ピット周辺の露頭柱状図対比図その2(排水路部:B−B・C−C’測線’)

図3−3−18 ピット調査で確認された地層・断裂系の走向傾斜

図3−3−19 北武佐地区ピット周辺踏査の写真

図3−3−20 ピット調査での断層の接写写真

図3−3−21 北武佐地区地すべり地形関係空中写真判読結果図

図3−3−22 北武佐地区地すべり地の地形写真

図3−3−23 北武佐地区地すべり露頭写真・スケッチ図

図3−3−24 北武佐地区地すべり移動体の移動方向推定図

図3−3−25 北武佐地区ボーリング・ピット調査関連の分析試料写真

表3−3−4 北武佐地区放射性炭素年代測定結果一覧