(3)分析結果

検鏡にあたっては,木本花粉を最低200個同定し,その間に視野に出現した草本花粉およびシダやコケの胞子をすべて同定した.本試料はいずれも化石を豊富に含む.

化石の産出率は,木本花粉の総数を基数として算定した.分析結果は表3−1−2表3−1−3

図3−1−6に示した.なお,学名は五十嵐ほか(1993)との対比を容易にするため,和名と併記した.

検出された木本類は次のとおりである.

針葉樹:Picea(トウヒ属:エゾマツ或いはアカエゾマツ),Abies(モミ属:トドマツ),Pinus(マツ属),Tsuga(ツガ属),Larix(カラマツ属:グイマツ)

冷温帯広葉樹:Quercus(コナラ属),Ulmus(ニレ属),Juglans(クルミ属),Tilia(シナノキ属),Acer(カエデ属),Corylus(ハシバミ属),Fraxinus,Carpinus(クマシデ属),Araliaceae(ウコギ科),Fagus(ブナ)

その他の広葉樹:Betula(カバノキ属),Alnus(ハンノキ属)

湿原性低木:Ercaceaearuiha或いはPysolanae(ツツジ目),Myrica(ヤマモモ属:ヤチヤナギ),Ilex(モチノキ属)

草本類は次のとおりである.

Carduoideae(キク亜科),Artemisia(ヨモギ属),Thalictrum(カラマツソウ属),Sanguisorba(ワレモコウ属),Persicaria(タデ属),Lysichiton(ミズバショウ),Menyanthes(ミツガシワ),Valerianaceae(オミナエシ科),バラ科(Rosaceae),Umbelliferae(セリ科),Gramineae(イネ科),Cyperaceae(カヤツリグサ科),Caryophyllaceae(ナデシコ科),Epilobium(アカバナ属),Saxifraga(ユキノシタ属),Polemonium(ハナシノブ属),Typha(ガマ属)Ranunculaceae(キンポウゲ科),Hosta(ギボウシ属),Nuphar(コウホネ属)Campanula(キキョウ属),Labiatae(シソ科),Chenopodiaceae(アカザ科),Asperula(クルマバソウ属),

シダ類とコケ類は次のとおりである.

Monolete(単溝型:ウラボシ科,オシダ科を含む),Osmundaceae(ゼンマイ科),Lycopodiaceae(ヒカゲノカズラ科),Selaginela selaginoides(コケスギラン),Sphagnum(ミズゴケ属),Lycopodium(ヒカゲノカズラ属),Equisetaceae(トクサ科)

木本花粉の産出をもとに下位からR−T,R−U,R−Vの3花粉帯に区分した.各花粉帯の花粉群の特徴は次のとおりである.

R−T帯(深度32.2m以深)

トドマツがなく,40−50%のグイマツと周北極要素のコケスギランが産出することで特徴付けられる.木本類の全体に占める割合は56%と93%である.

R−U帯(深度9.6m〜32.2m)

カラマツ属が2.5〜20.5%の範囲で産出するとともに,トウヒ属(68.5〜83.3%)が高率である.R−T帯よりモミ属がやや増加するが,低率で,冷温帯広葉樹は殆ど産出しない.マツ属はR−T帯にくらべ急減する.また,草本類は貧相で,ヒカゲノカズラ属,ミズゴケ属が比較的高率で含む試料がある.木本類の全体に占める割合は26〜94%である.

R−V帯(深度9.6m以浅)

カラマツ属を含まず,モミ属がR−U帯より高率で,5,5m層準で60%を越す.トウヒ属もR−U帯より低率である.コナラ属,クルミ属,ニレ属ほかR−U帯では産出しなかった冷温帯広葉樹が産出する.イネ科,カヤツリグサ科,トクサ科,ゼンマイ科,ウラボシ科・オシダ科のシダが高率である.木本類の全体に占める割合は42%と64%である.

(3)考察―花粉帯堆積期の気候,植生と宇文のコアとの対比

植生と気候

R−T帯堆積期

優勢なグイマツとハイマツにエゾマツとカバノキ属を混じえた亜寒帯針葉樹林(タイガ)と湿原が成立していたことが復元される.湿原はミズゴケ属の優占する高層湿原で,コケスギランが生育した.本帯期はトドマツを含まないタイガであることから見て,サハリン北部よりさらに寒冷な東シベリア地域のタイガ(沖津,2002;五十嵐ほか,2003)に対比される極めて寒冷で乾燥した気候であった.広域テフラSpfa−1の層準より下位であることから,本帯の堆積期は40−45ka以前である.

R−U帯堆積期

優勢なエゾマツにトドマツとグイマツ,ハイマツ,シラカンバを交えた森林度の高い亜寒帯針葉樹林(タイガ)と湿原が成立していた.湿原は,ツツジ目やミズゴケ属の生育し,多種の草本類・シダ類が育成する高層湿原であった.トドマツを混交することから見て現在のサハリン中部〜北部(Igarashi,2002:五十嵐ほか、2000)の森林に対比される.グイマツは,現在サハリンの主に中部以北から東シベリアと極東ロシアにかけて分布する亜寒帯性落葉針葉樹である.従って,当時の気候は現在に比べて寒冷かつ乾燥していた.永久凍土の上にタイガが発達し,その林床は夏季に凍土が融けて高層湿原が成立した.本帯の下部に広域テフラSpfa−1を含むことから堆積時代は少なくとも40−45kaまでさかのぼる.

R−V帯堆積期

エゾマツ或いはアカエゾマツ,トドマツとコナラ属,クルミ属,ミズナラほか多種の冷温帯広葉樹の混交林が成立した.高層湿原は消滅し,林床にはカヤツリグサ科,イネ科,ゼンマイ科やトクサ科,オシダ科・ウラボシ科が優勢に分布した.下位の花粉帯期と比べて気候はほぼ現在程度に回復した.グイマツは北海道の氷期に優勢に分布したが,一部の地域(五十嵐,2000)を除いて完新世の温暖気候が始まる8,000年前に消滅した(五十嵐、1993:Igarashi,2002).さらに,コナラ属は北海道では多くの地域で8,000年前に急増し始めた(五十嵐,1986).従って,グイマツがなく,コナラ属が優勢なR−V帯期は8,000年前以降と考えられる.

宇文コアの化石花粉群との対比

R−1コア採取地点の西北に位置する宇文において,全長45mのコアが採取され花粉分析が行われた(松下・五十嵐、1986;図3−1−7)ので対比を試みる(図3−1−8).今回,分析した試料は採取の間隔が粗いため,詳細な対比は望めないが,現段階で本花粉帯と宇文の花粉帯(F−I〜F−VIII)およびF−0(松下・五十嵐(1986)の19.5m以深に新称)は、次のように対比される.

R−T帯(32.2m以深)の植生はグイマツが優勢であり、ハイマツ,エゾマツ,トドマツ,カバノキ属を伴うもので,トドマツを伴わない点が共通する,北東シベリアのタイガに相当し.F−0帯(>47,100yBP)に対比される.R−U帯(深度9.6m〜32.2m)は,F−I〜F−Y帯に対比される.R−V帯(深度9.6m以浅)は,F−VII〜F−VIII帯(深度0〜5m:8000年前〜現在)に対比される.

一方,深度5.5mの層準は,高率のモミ属が産出する特徴をもち,中富良野宇文コアの深度5mの層準(モミ属80%)に対比される可能性が高い.これは,14C年代値R−1コア:8,570±70y.B.P(補正年代),宇文コア:8,120±140y.B.P(未補正年代)とも調和的であり,この深度がR−Vの下限境界(約8,000年前)に対比される可能性も依然として残った.

いずれにせよ,前述したように試料採取間隔はまだまだ粗い.今後は,深度5.5mから9.5m間の花粉分析を行い,この問題を整理しておく必要がある.