(1)押帯断層

(1)地形面堆積物

断層付近には,Na−t1面堆積物が認められる.礫支持の円礫層(安山岩〜デイサイト)を主とする.なお,礫層上面より上位には白色の粘土・ローム層が累重する.ローム層は多くの地点で厚さ20cm〜最大でも1m程度であり,Spfa 1テフラに代表される広域テフラをことごとく欠く.十勝平野における各段丘面でのローム層の厚さから判断すると,Na−t1面のような最も高位の面でローム層がこの程度の厚さしかないのは明らかに異常である.礫層より上位の堆積物については,クロボク土直下に至るまでその大部分が失われている可能性が高い.その他は,居辺川に沿って極小規模な沖積面群が認められる.これらの地形面は礫層直上にクロボク土・森林土を乗せるが,指標となるテフラが含まれず,地形面形成年代は不明である.

(2)地質と断層露頭

断層付近には,池田層,芽登凝灰岩,上然別凝灰岩,渋山層,上旭ヶ丘軽石流堆積物が分布する(なお,各層の岩相は調査地域を通して大きく変化しないため,特に特徴的な岩相が現れる場合を除き,この項で記述した後は省略する).この地域の池田層は,十勝団体研究会(1978)の居辺山層に相当する.礫層と火砕流堆積物,降下軽石・火山灰を頻繁に交える粗粒〜細粒砂・シルト層を主とする.ただし足寄町芽登川流域では礫層が卓越する.シルト層は白色で凝灰質であり,軽石を交えることがある.頻繁に亜炭が夾在される.芽登凝灰岩は,多量の黒雲母斑晶を特徴的に含む火砕流堆積物である.白色〜やや黄色みを帯びた白色の軽石および同質の基質から構成され,淘汰不良である.芽登凝灰岩からは,これまでにKoshimizu (1981)により0.9±0.1 MaのFT年代,1.2±2.2MaのK−Ar年代(柴田ほか,1975),柴田ほか(1979)により0.96±0.10 Ma,0.75±0.38 MaのK−Ar年代(芽登凝灰岩と同層準と推定される屈足凝灰岩の年代),田中ほか(1978)により0.89〜0.95Maの古地磁気年代(正帯磁),石井ほか(2002)により457〜468kaのTL年代が得られており,その時代論は大きく混乱していた.正帯磁であることを考慮すると,この凝灰岩の時代はブリュンヘス正帯磁期以降(0.69Ma以降)ないしは松山逆帯磁期中のハラミロ・イベント(0.95〜0.89Ma)のいずれかに対比される可能性があった.芽登凝灰岩は,後述するように十勝平野断層帯北部〜中部にかけて広く分布し,各断層の中期更新世以降の活動度を評価するための良好な変位基準となっているため,その年代論の再検証が不可欠となっていた.今回,芽登凝灰岩から未風化の軽石・黒雲母斑晶を採取し,K−Ar年代測定(黒雲母1鉱物),フィッショントラック年代測定を行った.その結果を表3−1−3−3に示す.K−Ar年代は黒雲母の放射起源40Arの蓄積量が測定機器の検出限界付近だったため,3.2 Maより若い,という結果に終わった.一方,フィッショントラック年代は,0.99±0.11 Maを示した.この年代は,従来考えられていた年代よりやや古く,古地磁気とも矛盾する.ここでは,芽登凝灰岩の年代を50〜100万年前と,やや幅を持たせてとらえることとする.上然別凝灰岩は,芽登凝灰岩に累重する.単斜輝石斜方輝石流紋岩質の火砕流堆積物である.渋山層は,シルト,礫質砂,礫層から構成される陸成層である.上旭が丘凝灰岩は,斑晶に乏しい角閃石含有単斜輝石斜方輝石流紋岩質火砕流堆積物である.渋山層およびNa−t1面堆積物を覆い,松井・松澤(1985)により0.7±0.4MaのK−Ar年代が得られている.

断層露頭は本調査では見いだせなかった.しかし,地質構造は,芽登凝灰岩,上然別凝灰岩より下位の層準は撓曲に参加していることを示している(図3−1−3−19).

(3)変位量と平均変位速度

変位を受けていることが明らかなものは,池田層(居辺山層),芽登凝灰岩であり,これらは傾動運動に参加していることが地表踏査により判明した.このうち良好な鍵層として追跡できる芽登凝灰岩は,押帯断層のリニアメントを夾んでその底面高度が大きく低下している可能性がある.上士幌町北門〜足寄町芽登にかけての地質断面を図3−1−3−19に示す.芽登凝灰岩の堆積時にその底面がフラットであったと仮定すると,足寄町芽登付近での中期更新世以降の押帯断層の垂直変位量は60m,平均変位速度は0.06〜0.12m / ka,居辺山付近では垂直変位量は120m,平均変位速度は0.12〜0.24m / ka,と見積もられ,C級中位〜B級下位の活動度を示す.押帯断層のリニアメント上にはNa−t1面より新しい地形面は認められず,後期更新世以降の変位基準が存在しない.このため,より新期の活動度の評価は現時点では困難である.しかし,傾動斜面の形態が芽登凝灰岩の構造と調和的であること(図3−1−3−19)や,最新期(過去数万年前以降)の活動(傾動斜面の傾斜を増大させるようなイベント)を示すような新しい年代の斜面堆積物が全く見いだされなかったこと,傾動斜面そのものの浸食が弱くガリー等の発達が極めて悪いことは,押帯断層の最新期の活動度が極めて低いないし活動を停止している可能性を示す