4−2−1 富良野断層帯の解析結果

地形面の編年については,Aso−4やSpfa−1といった広域テフラを,今回の調査で発見できたことを特記しておきたい.また,御料断層の下盤側の扇状地礫層が,予想よりも遥かに古い2〜4万年前を示すことも明らかにした.放射性炭素年代測定法で対応できる年代は,およそ5万年前程度と考えられているので,さらに形成年代が古いと予想される断層変位基準地形面については,年代測定方法に関して別な手法を検討する必要がある.

十勝火砕流堆積物を変位基準とした場合,御料断層で>0.1m/千年,中富良野ナマコ山断層で>0.4 m/千年,麓郷断層aで0.4 m/千年を示し,麓郷断層bもほぼ同様な値である.御料断層の場合,T2面堆積物を基準とした場合,>0.4 m/千年となりかなり大きな値をしめす.この見積もりは,やや大き過ぎると考えられ,おそらく断層変位に加えて褶曲変形の効果も加味されているためと考えられる.

本地域は,特に盆地西側の地域において河川が二面〜三面貼となっているために露出状況が悪い.今回は,上御料地区において1ヵ所で断層露頭を確認した.断層(N14°W,90)を挟んで,西側が蝦夷累層群の頁岩層,東側が高位段丘礫層からなる.いわゆる境界断層に相当する.この断層は,広義の活断層であるものの,北方の扇状地面(4万年前よりも古い)を切断していないことから,現在も活動的であるか疑わしい

反射法地震探査は,御料断層および中富良野ナマコ山断層を横断する八線測線(3km)と麓郷断層aを横断する東鳥沼本測線(2km)を実施した.

探査の結果,八線測線は,中富良野ナマコ山断層が示されている位置では,少なくとも標高‐500m程度以浅では,断層による反射面の切断はなく,撓曲構造となっていることが明らかとなった.地表との対比から,十勝火砕流堆積物は,盆地内では標高‐300m〜‐400mに埋没していると推定される.また,十勝火砕流堆積物上面の反射面より以浅では,撓曲部から盆地底に向かって,各反射面間の間隔が広くなるgrowth strataがみられる.このことより,この撓曲変形の開始時期は,十勝火砕流堆積物堆積以降,すなわち約1.4Ma以降と考えられる.また,御料断層が示されている位置では,その西側の反射面が東方に傾斜し,CMP番号450付近ないし530付近で不連続となることから,同位置付近に表層部まで達する東上がりの逆断層が存在する可能性がある.CMP番号450付近〜530付近の間では,反射面が乱れているため,断層の位置が特定できない.さらに西方では,CMP番号110付近に断層が推定された.これは,地表で確認された境界断層に対比されると考えられる.

東鳥沼測線では,CMP番号620付近から東側で,地表部から標高0m付近まで,若干西傾斜を示し連続の良い反射面が認められ,これが十勝火砕流堆積物に相当するものと考えられる.一方,八線測線において十勝火砕流堆積物が標高‐300m付近まで埋没しているものと推定されたことを考慮すると,本測線の盆地側では標高‐200m付近の反射面が十勝火砕流堆積物の上面に対比される可能性がある.この場合,山地側の十勝火砕流堆積物は標高300m付近まで分布していることから,盆地側と山地側とで,同火砕流堆積物の上面に約500mの高度差があることになる.しかし,CMP番号270付近からCMP番号620付近にかけて,反射が不明瞭であることから,この高度差が断層によるものか否か,確実なことはいえない.

中御料断層について,その存否の確実性,断層の位置,活動性などを明らかにすることを目的にボーリング調査を実施した.当初の計画では,扇状地面上に撓み状の地形が認められる地点で深度10m×4孔が計画され,このうち,撓み状の地形の基部でNG−1孔(掘削深度10m)及び同地形の肩部でNG−3孔(掘削深度20m)の2孔のボーリングを掘削した.その結果,両孔共に地表面下1m〜2m程度までローム〜ローム質な赤褐色風化帯が認められ,その下位には固結度の高い礫層が分布する.NG−1のロームを火山灰分析した結果,支笏第1テフラ(Spfa−1;約4万年前)起源の火山ガラス・鉱物が検出され,1.2m以深では同テフラ起源のガラス・鉱物は検出されないことから,礫層の年代は少なくとも約4万年前より古いことが判明した.両孔に分布する礫層は,いずれも挟み層に乏しく,本地点では中御料断層の存否などを明確にすることは困難と考えた.そこで,調査地点を南側の平坦な扇状地面で実施した.中御料断層の隆起側でNG−5孔(掘削深度45m)及び低下側でNG−6孔(掘削深度65m)の2孔のボーリングを掘削した.中御料断層を挟んだ両側でNG−1およびNG−3孔と同様の礫層が分布していることが明らかになった.NG−5孔は,礫層の基底深度43.09m以深に十勝火砕流堆積物が分布していることが明らかとなった.NG−6孔は,その他の孔と違って,細粒堆積物の挟み層が多く認められ,深度約6.3m付近の試料で実施した14C年代測定結果によると,24300±230y.B.P.の値を得た.

「中御料断層」の両側で層位的な不連続が認められないこと,また,扇状地面上に撓み状の地形が認められる地点は局所的であり,平坦で変位地形が認められない部分も多いことから,「中御料断層」が示されている位置では,扇状地礫層に変位を与えるような断層は存在しない可能性が高いと判断される.

八線では,反射探査の測線上でNF−1孔(掘削深度38.5m)及びNF−2孔(掘削深度20m)の2孔のボーリングを実施した.その結果,NF−1孔では,深度約2.7m付近まで腐植質な細粒堆積物が分布し,その下位には,深度30m付近に若干の細粒堆積物が認められる他は,すべて礫層である.礫層直上の深度約2.5mの腐植層は約3400y.B.P.の14C年代を示す.NF−2孔では,深度1m付近から深度8m付近までは,礫層を主体とする粗粒堆積物で,深度8m付近以深では,礫層を主体とするが,細粒堆積物をしばしば挟在している.深度約11.7m付近の腐植層は>43930y.B.P.の14C年代を示す.

東鳥沼では,反射探査の測線上でR−1孔(掘削深度50m)のボーリングを実施した.本孔では,砂層とシルト〜シルト質砂層との互層が分布し,シルト〜シルト質砂層には比較的厚い腐植層〜腐植質シルト層を伴う.礫層もしばしば挟在するが,礫径は小さく,層厚も薄い.花粉分析,火山灰分析,14C年代を行った.その結果,深度22.45m〜22.80mに挟在する白色ガラス質細粒火山灰層〜細粒軽石層が支笏第1テフラ(Spfa−1;約4万年前)に対比されたことより,後期更新世(最終氷期)〜完新世の堆積物からなることが明らかになった