(3)考察―花粉帯堆積期の気候,植生と宇文のコアとの対比

植生と気候

花粉帯1堆積期:花粉組成から見て,1帯期には優勢なエゾマツ/アカエゾマツにトドマツ,グイマツを混じえた森林度の高い亜寒帯針葉樹林が成立していたことが復元される.林床にオシダ科のシダ(単溝型)が繁茂していた.本帯期は花粉組成の一致から見て,現在のサハリン南部〜中部(五十嵐・五十嵐,1998:五十嵐ほか,2000)の森林に対比される.グイマツは,現在サハリンの主に中部以北から東シベリアと極東ロシアにかけて分布する亜寒帯性落葉針葉樹である.従って,当時の気候は現在に比べて寒冷かつ乾燥していた.

花粉帯2堆積期:1帯期に比べてエゾマツ,トドマツが減少し,替わってグイマツが増加した.同時に湿原性低木のツツジ科とヤチヤナギが増加したことから湿原が誕生したことが推定される.グイマツ,エゾマツ/アカエゾマツからなる亜寒帯針葉樹林と湿原が発達した時代である.本帯期はトドマツの低率な花粉組成から見て,現在のサハリン北部(五十嵐ほか,2000)の森林に対比される.当時の気候は1帯期よりさらに寒冷でかつ,乾燥していた.

グイマツは北海道では最終氷期に分布したが,一部の地域を除いて完新世の温暖気候が始まる8000年前に消滅した(五十嵐,1993).宇文でも8120年前以降は検出されていない.さらに,コナラ属は北海道では多くの地域で8000年前に急増し始めた(五十嵐,1986).従って,コナラ属と共存しない1,2帯期は8000年より以前であり,最終氷期である可能性が高い.中でも2帯期は,花粉組成の特徴から最寒冷期の可能性が高い.

花粉帯3堆積期:トドマツとコナラ属,クルミ属からなる針広混交林とミズバショウの茂る湿原が復元される.時代は8000年前以降の完新世と推定される.1,2帯期と比べて温暖で湿潤であり,ほぼ現在程度回復した.

宇文コアの化石花粉群との対比

R−1コア採取地点の西北に位置する宇文において,全長45mのコアが採取され花粉分析がされた(松下・五十嵐,1986).その上部17mの花粉分析結果(五十嵐ほか,1993;図3)との対比を試みる.

今回分析した試料は採取の間隔が粗いため,詳細な対比は望めないが,現段階で本花粉帯と宇文の花粉帯(F−I〜F−VIII)は,次のように対比される.

(1)花粉帯1(深度22m前後)とF−I帯(深度9.5〜17m:32400〜25000年前)

なお,F−1帯の深度16.2mにテフラがあり,その直下の年代値は32400+1400−1200yr.B.P.である.F−1帯のテフラは同定していないので,R−1コアのテフラと対比できないが,それぞれ唯一分布するテフラであり,同一の可能性が高い.ちなみにテフラの上下の花粉組成は2つのコアで同一である.

(2)花粉帯2(深度11〜20m)とF−II帯(深度8〜9.5m:25000〜12000年前)

(3)花粉帯3(深度4〜11m)とF−VII帯,F−VIII帯(深度0〜5m:8000年前〜現在)

なお,宇文のF−III帯(晩氷期のやや温暖な時期:アレレード相当),F−IV帯(ヤンガードリアス相当の寒冷期),F−V帯(完新世初頭のカバノキ優勢期),VI帯(9000〜8000年前のクルミの増加期)は今回本地点では確認できなかった.

引用文献

五十嵐八枝子(1986)北海道の完新世におけるコナラ属の分布.北方林業38,266−270.

五十嵐八枝子(1993)花粉分析から見た北海道の環境変遷史.東正剛ほか編「生態学からみた北海道」,北海道大学図書刊行会.

五十嵐八枝子・五十嵐恒夫(1998)南サハリンにおける後期完新世の植生変遷史.日本生態学会誌,48,231−244.

五十嵐八枝子・嵯峨山 積・樋掛鉄也・福田正巳(2000)サハリン中・北部における第四紀後期の環境変動.地学雑誌,109,165−173.

五十嵐八枝子・五十嵐恒夫・大丸裕武・山田 治・宮城豊彦・ 松下勝秀・平松和彦(1993)北海道の剣淵盆地と富良野 盆地における32,000年間の植生変遷史.第四紀研究,32,89−105.

松下勝秀・五十嵐八枝子(1986)地質.中富良野町史,中富良野町.