(2)地形地質調査

主な露頭柱状図を図1−3−1に,断層露頭のスケッチを図1−3−2,後述する十五線川層(新称)のルートマップを図1−3−3に,露頭写真を図1−2−4にまとめて示す.

(1)地形面堆積物

本地域では,地層対比に有効なテフラや14C年代値などの試料に乏しい.したがって,今回の報告では,分布高度に基づき,地形面を暫定的にわけ,柳田ほか(1985)の編年に今回の資料分析結果を加えて検討する.

本地域では,古い準に,T1面堆積物,T2面堆積物,T3面堆積物,T4面堆積物,T5面堆積物,T6面堆積物が分布する.

T1面堆積物

十線川の両岸,分布高度300−350mにある平坦面.300m付近にまで垂れ下がるのは,傾動変形を受けているためである.露頭は,赤色に風化した礫層やロームからなる.礫種は,緑色岩類や優白岩など基盤岩起源のものからなる.全体に,風化が著しいためクサリ礫となっている.特に,優白岩礫は,マサ状になっており,ネジリ鎌で容易に法面整形することが可能である.

T2面堆積物

十三線川右岸の分布高度210〜310mにある平坦面.210m付近にまで垂れ下がるのは,傾動変形を受けているためである.未分離新第三系を不整合に覆い,下位より砂・有機質シルトの互層,扇状地礫層からなる.この有機物試料(F02071809)から>46380y.B.P.(資料1.3−1)を得た.礫は新鮮で,特に風化はみられない.礫径は10−30cm大のgravelサイズである.礫種は,優白岩・緑色岩類を主体としている.

御料基線,北の峯学園南東の露頭や演劇工房の丘の周辺では,礫層がみられる.北の峯学園南東の露頭では,十勝火砕流堆積物を大きくチャネル状に削り込む関係がみられ,礫層の中に,2m〜5m大の十勝火砕流堆積物のメガブロックが含まれる.演劇工房の丘の周辺では,段丘堆積物として覆っている.礫種・礫径・風化度・分布高度の類似性から,T2面堆積物に対比する.

T4面の地下には,T2面堆積物が伏在している可能性が高く,15万年前より古い可能性がある(見積もりについてはT4面堆積物にて説明).

T3面堆積物

ナマコ山,清水山の丘陵地東側の緩斜面に分布する堆積物.富良野市清水山から中富良野町日進および鹿討では分布標高200m〜180m.富良野市5区の付近では240m〜190m,である.中富良野町日進において傾斜した泥炭層を確認した.この泥炭試料(F02102205)は,>47430y.B.P.(資料1.3−1)を得た.また,その上部において,Aso−4(阿蘇 4火山灰:町田ほか,1987)を確認した(資料1.3−2).Aso−4は,中部九州の阿蘇カルデラから噴出し,日本全域〜北太平洋を著しく広域的に覆った広域テフラである.噴出年代は,TL法(長友,1990),K−Ar法(松本ほか,1991,宇都ほか,1994)からは70−90kaと推定される.また,大場(1991)は酸素同位体サブステージ5b(約88 ka)に対比されている.

T4面堆積物

ナマコ山周辺では,分布標高400m(富良野スキー場南方)から180m(富良野市下五区)まで分布する扇状地堆積物および,上五区(五区山部線の周辺)の分布標高230m〜200mの扇状地堆積物.下五区において,段丘礫層の上位に50cm厚の褐色ロームがのる.

柳田ほか(1985)のL1面とL1−2面を合わせたものに相当するが,段丘分布の縦断形をみても,これらの地形面は滑らかにつながり一連の地形面と考えられる.離水時期が異なるのは,扇状地堆積物の本質でもある.中御料の本面堆積物をボーリング調査した結果(詳細は,後の項を参照),相対的に標高の高い場所では,深度2m以浅の褐色ロームはSpfa−1降灰以前に離水しているのに対し,相対的に標高の低い場所では3.6−4.7万年前以降にも堆積作用があった部分(深度16m以浅)があることが明らかとなった.したがって,約4万前以前の堆積面は,地表の地形面よりも低地側(御料断層側)にむかって河川縦断の勾配が急になると予想される.一方,本面の堆積物は,43m厚または65m厚以上といった非常に厚い礫層の堆積ユニットからなる.上記の堆積年代を考慮すると,深度50m付近で,深度65m ×4.77万年前÷16m≒15万年前,となり,ほぼT2面堆積物以降の年代幅を含む堆積体をなしている可能性がある.地表の地形面は,最終的には,最終氷期末期(3万年前〜1.5万年前頃)に形成したと考える.

T5面堆積物

沖積低地の面よりわずかに高い地形面で,丘陵地の末端に小規模に発達する.形成時代は不明だが,それより低い沖積低地から3,370±80y.B.Pをえていることから,約5,000年前に離水した地形面と推定しておく.

沖積錐

麓郷断層a沿いに,十勝火砕流堆積物からなる台地の西縁に分布する,小規模・複合扇状地のことを指す.十勝火砕流堆積物起源の亜円〜亜角礫からなる.

沖積低地下の地質

沖積低地は,富良野盆地の北東側で発達しており,鳥沼周辺の地盤には不同沈下がみられることから,泥炭層を主とした軟弱地盤が予想された.沖積低地の下の地質について,富良野市東鳥沼地区において実施したボーリングR−1を元に概略を説明すると,地層は予想通りであるが,沖積層の厚さは7m(14C年代値)または11m(花粉分析:資料1.3−3参照)程度と薄い.深度22.45−22.80mのテフラ(試料名:FR1−22.7−22.8)はSpfa−1に同定された(資料1.3−2).その他のテフラの同定結果は,根拠は乏しく今後の課題である.

(2)地質と断層露頭

調査地域の地質は,下位より白亜紀の空知層群・蝦夷層群,未分離新第三系,地形面堆積物,沖積錐,沖積層および現河川氾濫源堆積物からなる.なお,地形面堆積物については,前項にて詳述した.

空知層群は,緑色岩類やチャート,薄層理砂岩泥岩互層がみられる.緑色岩類は,シート状溶岩・枕状溶岩などの噴出物と火山性砂岩などエピクラスタイトからなる.チャートは緑色〜赤色を呈している.薄層理砂岩泥岩互層は,蝦夷層群の堆積物と識別しにくいが,スランプ褶曲が顕著に発達し,直上に載る蝦夷層群が砂岩主体の地層であることから区別できる.

蝦夷層群は,砂岩泥岩互層からなるタービダイトである.地質図(付図2)には,下位を占める砂岩主体の層と上位の泥岩主体の層とに区分した.下位は,砂勝ちタービダイトもしくは塊状の砂岩層からなり,礫岩層を挟む場合がある.砂岩は硬質であることから,地形図上でも組織地形をなしている.一方,上位は,泥勝ちタービダイトを含む中層理シルト岩からなる.シルト岩は,河川で洗われた部分では,差別侵食のために容易に層理を計測することが可能であるが,林道など山腹斜面においては,塊状にみえるため計測が困難となる.また,表層部に著しいクリープ変形が発達する.クリープ変形は,表層下数mの現状であるが,地層の層理面全体がオジギしているかのように曲がり,時に逆転している場合がある.この現象が,元々構造が逆転していたための構造的なものなのか,斜面方向に曲げ褶曲が働いたためにできたノンテクトニックな構造なのか識別することができない.全体に軟質なため,下位の砂岩層にくらべて緩やかな地形を作っている.

優白岩類は,これらの基盤岩類に貫入している貫入岩である.白色で,モザイク状の自形長石からなる岩相で,一見して他の岩石と区別できる特徴を持っている.露頭では,硬質で,組織地形を作っている(例えば富良野西岳).

未分離新第三系は,本地域では,鳩ノ沢挾炭層と呼ばれている部分を指す.富良野町三区鳩ノ沢では,かつて稼行されたことのある炭層が分布している.白亜系とは断層で接し,下位より,蛇紋岩・チャートの礫岩層,炭層,黒色泥岩層,厚層砂岩からなる.泥岩層は,シジミ貝を含む.

十勝火砕流堆積物は,灰色〜灰白色の流紋岩質の溶結凝灰岩で,単一のcooling unitを示す.溶結度は場所によって異なる.特徴的に,大形の石英斑晶(φ5mm程度)を含む.八線の大露頭では,遠望では,十勝火砕流堆積物に層理状の面構造が見られる.しかし,近づいてみると,別な系統の面構造に切られて不連続になるなど,層理面ではなく節理面である.この面構造は応力開放によってできるラミネーションに類似している.Koshimizu(1982)は140万年前のフィッション・トラック年代を報告している.

次に,活断層の露頭について説明する.

富良野盆地西縁の上御料において,空中写真判読で推定されていた断層の露頭を発見した.露頭は,断層破砕帯を挟んで,西側が蝦夷累層群のシルト岩層で,東側が高位段丘礫層(肌色状に見える礫は「優白岩」であり,風化のため“マサ化”した“クサリ礫”)からなる.段丘礫層は,断層付近では礫が急立しているようにみえるが,やや離れるとフラット(黄緑の破線)になる.破砕帯のうち,茶色に見える部分が,角礫化した頁岩であり,白く粘土状に見えるのは,同じく蝦夷累層群の凝灰岩であり,鱗片状に破砕され,段丘礫層をレンズ状に挟んでいる.その内部構造(水色破線)は,S−C構造を示すと考えられる.断層面はN14°W,90で,上部の傾斜は,表層のクリープ変形のためと考えられる.

山部東方の空知川にかかる平和橋の北側の露頭では,空知層群(枕状溶岩)と十勝火砕流堆積物が近接して分布する.十勝火砕流堆積物には,溶結レンズがみられ,内部に礫が含まれ,層理となっている.構造は西傾斜を示す.断層の露頭ではないが,十勝火砕流堆積物が盆地下に埋没していく過程を示すと考えられ,forelimbに相当すると考えられる.したがって,平和橋付近では,断層本体は空知川かその西側に位置していると考えられる.

活断層の露頭ではないが,十五線川沿いのルート調査において蝦夷層群の間に挟まれる分布を示す軟質な堆積物(砂・木質泥炭・シルト〜粘土層)を確認した.含まれる炭質物(F02071903)から23490±170y.B.P.を得た.この露頭の位置は,判読で示されるバックスラストの位置と一致していることから,断層運動に関連して生成・取りこまれた地層の可能性が高い.蝦夷層群は垂直〜高角東傾斜の構造を示すのに対して,本堆積物はN2E46W,N40E65E,N37E52Wとほぼ北東走向で西傾斜の構造である.以上のことから,本堆積物は,東側隆起のバックスラストによって,局所的にダムアップし堆積した後,その後も東側隆起の断層運動による引きずりの変形をうけて西傾斜となった.すなわち,約2万年前の前後そしてその後,繰り返し活動している可能性が考えられる.本堆積物を,十五線川層と命名する.

(3)変位量と平均変位速度

変位量に関しては,麓郷断層bを例外として,断層帯全体について確実に変位基準となる地層,地形面はない.すなわち,断層崖をまたいで同一の地層,地形面が存在することは,一部を除き見られない.したがって,地形判読や地表踏査の結果のみから変位量を算出することはできない.変位量の推定に,後節でのべる地震探査・ボーリング調査の結果をふまえた.形成年代についても,資料に乏しいが,前述した推定年代を外挿して,平均変位速度の算出を試みた.結果を,表1−3−1に示す.

柳田ほか(1985)の用いた基準とは年代や変位量は異なるが,平均変位速度については,ほぼ同等かそれより大きい値が得られた.これは,反射断面やボーリング結果を用いたためと思われる.すなわち,断層の変形に関連して起こる褶曲変形の効果も加味した最大値の可能性が高い.例えば,函館平野西縁断層帯の場合,海成段丘から得られる平均隆起速度は,近傍の撓曲崖から得られた平均変位速度の2倍を示した.このことは,活断層が山地と盆地を分化させる役割を担っているものの,隆起現象は活断層による運動だけではないことを示している.したがって,トレンチで期待される平均変位速度は,この半分程度の値,0.2m/千年かそれ以下になる可能性を踏まえながら,今後の調査を展開すべきと考える.