6−5−5 国見町森山地区トレンチ

1)調査目的

 この地点では福島盆地西縁断層帯の北西部に位置する藤田東断層について最終活動時期、活動間隔、単位変位量を明らかにすることを目的としてトレンチ調査を行なった。

2)調査方法および経過

 トレンチ掘削位置の条件として断層による変位が明らかな地区であることだけでなく、新しい時代(更新世後期)の堆積物が断層を横断して分布すること、断層に切られない地層の存在が期待できることが必要である。この条件を満たすためトレンチの計画地は断層による変位のない沖積地とした。また、活動間隔や最終活動時期を特定するにあたっては、堆積物の年代もしくは地層を細分することが必要であり、年代測定を実施する場合の試料を得やすい小河川の流域を選んだ。

 この地区ではボーリング調査によって当所予測された断層の位置よりも最大で20m程度南東側にあることが明らかとなった。これをもとに図6−12に示した位置においてトレンチ掘削を行なった。

 トレンチの規模は長さ10m,幅13m,深さ5m(最大)とした。トレンチ掘削には中型バックホーにて掘削範囲の耕作土の除去を行ない、この後トレンチ掘削を行なった。掘削時には順次人力にて法面の整形を行ない、法面傾斜はおおよそ60°とした。

 掘削・整形後、トレンチ周囲に基準線をもうけこれを基準にグリッドの設定を行なった。西側法面下段は基準線から離れるため独自に水平をもとめここからグリッドの設定を行なった。掘削地点は河川に近接するため深度3m以下では毎分数十リットル程度の出水があるため大型のポンプを設置し排水を行なった。掘削土砂の流出を避けるためこれをシートで覆い、法面の凍結・融解に対する法面保護としてシート設置を行なった。

 当所掘削深度は約4mであったが、法面に2状の断層面が現れこれが収斂することを確認するとともに断層面沿いの単位変位量を求めるために、スケッチ完了後深度5mまでの増掘を行なった。また、断層面の連続を確認するため人力による断層追跡溝の掘削も行なった。

 増掘部分のスケッチおよび年代測定用試料採取を行なった後、露頭面はぎ取りを行なうため東側法面の拡幅を人力によって行ない、この部分のスケッチも追加した。はぎ取りの面積は約12m2である。

3)層序の記載

 トレンチ内に見られる地層を上位からA層(耕作土・盛土)B〜E層(沖積層)F〜I層(段丘堆積物)およびT層(凝灰岩)に区分した。

・A層

 トレンチ上部に連続する黒褐色〜褐色の砂混じりシルトの土壌層である。一部は盛土でありほとんどは耕作土となっている。層厚は50cm〜1mで礫が点在する。東側法面の(7.00m,−0.60m)には人工の水路跡が埋もれている。A層の下面は人工改変時に削剥した可能性があり、下位層とは不連続部分がほとんどである。

・B層

 東側法面の1.80〜9.00間や南側法面の3.50〜6.40間,西側法面の6.00〜12.00間に断片的に見られる灰褐色〜褐色の砂礫層で、最大礫径は50cmを超える。東側法面のB層は細礫を混じりのシルト質砂層だが、西側法面では粗粒砂優勢で葉理が発達する。層厚は最大で1m程度で側方変化が激しい。下位層を侵食する沖積低地の河川性堆積物と考えられる。西側法面に見られる砂礫層に含まれる巨礫はほとんどが赤川層の軽石質凝灰岩であり背後の丘陵地から供給されたものと考えられる。

・C層

 東側および南側法面のみに確認される。上部は砂混じりシルトで下部は腐植質シルトから黒色の泥炭層に漸移し、最下部には細礫混じりの中粒砂が見られる。層厚は最大で1m下位層を侵食した小規模な谷を埋める堆積物である。黒色の泥炭層中には細粒砂の薄層が数枚挟まれ最大径15cm程度の凝灰岩礫が点在する。

・D層

 C層とほぼ同じ範囲を侵食した小規模な谷を埋積する堆積物であるが、C層とは不連続である。上部は礫混じり暗褐色シルト層が南側法面には多量の木片・木の実・植物遺体を含む腐植質砂層となっており南側法面ではレンズ状の堆積構造を示す。この中に含まれる木片から1,270±70y.B.P.の年代値が得られた。下部は細礫混じりの比較的淘汰のよい中粒〜粗粒砂層となっている。砂層には葉理の発達が良い。

・E層

東側法面と南側法面の一部にのみ確認された。全体に灰褐色シルト〜暗灰色腐植質シルトからなり、最下部には比較的淘汰の良い粗粒砂をマトリックスとした砂礫層が見られる。

上部のシルト層には堆積構造は見られず、腐植層の連続が極めて乱れたもので凝灰岩礫が不規則に点在する。地層の分布から小規模な谷に堆積した下部の砂礫層と、この上に崩落した地滑りもしくは斜面崩壊による土砂の可能性がある。

 この地層のうち上部シルト層に含まれる木片から1,280±60y.B.P.,基底の砂礫層中の木片および植物遺体から1,210±50y.B.P,1,830±90y.B.Pの年代値が得られた。

・F層

 東側法面の極一部と南側法面で確認された。また、断層追跡溝においてF層の上部が確認されている。断層追跡溝では上部に円礫が点在するシルト混じり粗粒砂が見られ下部に葉理の発達する砂礫層が確認された。この部分を便宜上F1層とする。

 南側法面で確認されたF層は層厚約1mで上部は礫を含むシルト質砂層、下部には葉理の発達する砂礫層が30〜40cmの層厚で分布する。上部のF1層との不連続は明瞭ではないが層相の変化からこの部分をF2層とした。下部の砂礫層は東側法面まで連続するが、上部はE層による侵食によって失われている。

 F層中には多量の木片・樹枝遺体・炭化物が含まれ、F1層の砂礫層からは36,500±360y.B.P.,下部の砂礫層からは39,660±1,760y.B.Pの年代値が得られた。F1層上部に含まれる炭化物は年代測定の結果現世のものであり、地表面にあった植物の根である。

 F2層の上部には腐植質シルト層が見られるが、この年代値として>40,380y.B.Pが得られ、F2層下部の砂礫層からは44,270±1,300y.B.Pの年代値が得られた。

・G層

東側法面下部、南側法面下部、西側法面下段に見られる。細粒のシルト・砂層から砂礫層に漸移する3つのユニットが確認されるため、これらを上位からG1層,G2層,G3層に細分した。

 G1層上部は葉理の発達する細粒〜中粒砂で下部の細礫層に漸移する。層厚は40〜60cm、全体に炭化物・木片を多量に含んでいる。上面はF2層基底に削り込まれ基底はG2層を削り込む。この地層に含まれる木片からは>47,480±y.B.Pの年代値が得られた。

G2層は最上部にはシルト〜細粒砂がみられ、下部に向かって堆積物の粒径が大きくなる。下部は葉理の発達が良い粗粒砂層となっている。全体に多量の炭化物、木片を含んでいる。層厚は80cm程度であり、基底部はG3層をわずかに削り込む。

 G3層は東側法面のみで観察された。上部はシルト・細粒砂層で下部には粗粒砂層〜細礫層となっている。砂礫層中には径10cm程度のシルト礫が含まれる。葉理の発達はあまりよくなく炭化物・木片が点在する。層厚は60cm程度で下位層を明瞭に削り込む。この地層に含まれる炭化木片から39,700±700y.B.P.の年代値が得られた。

・H層

増掘した東側法面最下部に見られる。厚さ30〜40cmの無層理シルト層で全体に青灰色を呈するが、暗褐色の腐植質部分が断片的に観察される。シルト層の下位には粗粒砂が確認された。シルト層中には炭化木片が点在する。

・I層

南側法面および西側法面に観察される。全体に斜交葉理の発達する砂礫層であるが上部は細粒砂〜シルト層で下部は礫混じり粗粒砂層となっている。層厚は確認される範囲で最大2mで基盤岩である軽石質凝灰岩(T層)を不整合で覆っている。砂礫層中には木片・炭化物が含まれる。この炭化木片の年代値は>44,250±y.B.P.を示している。

・T層

この地区に分布する赤川層の凝灰岩である。全体に灰色〜暗灰色を示し火山豆石を多量に含む細粒ガラス質火山灰からなる。部分的に不明瞭な層理面が見られる場合もあるが、ほとんどの部分が塊状となっている。西側法面下段ではやや円磨された異質礫を含み、西側法面上段には黒曜石の破片や炭化木片を含むことが観察された。

4)断層および構造の記載

このトレンチでは、東側法面、南側法面および西側法面下段に明瞭な断層面が確認された。断層面は約30°の西傾斜を示し下位の地層(赤川層凝灰岩)が新しい堆積物(更新世段丘堆積物)に乗り上げる逆断層となっている。この断層面は東側法面の(7.40m,−4.84m)から(3.28m,−2.66m)にかけて連続し、断層面には厚さ1〜4mmの未固結粘土や細礫、木片などが混入している。本調査ではこの断層面をfa断層と仮称した。

 東側法面では(6.50m,−4.48m)付近からfa断層よりも低角の断層面が分岐している。この断層面をfb断層と仮称した。Fb断層は西側法面下段では(6.86m,−2.25m)から分岐し(5.90m,−1.70m)付近でfa断層に接近するがより南側では30cmの間隔を持つ。Fb断層は末端部でさらに分岐しており、これをfb−@断層,fb−A断層とした。

 Fb−@断層とfb−A断層が共通する区間では断層面沿いに未固結の薄い粘土層が確認されるが分岐したうちfb−@断層の断層面にはわずかに粘土化した部分が見られるものの、fb−A断層には粘土層はほとんど見られず砂や炭化物が断層面に沿って配列していることが観察される。

 この分岐する2条の断層面のうちfb断層は、G層・H層を切っているが、F層によって覆われている。これに対しfa断層はF〜H層を切っておりE層に覆われている。このことから、fa断層とfb断層は異なる時期の断層活動を記録していることになる。

 東側法面ではfa断層とfb断層の間に直立したH層・G層が見られる。このうちH層中には小規模な断層面が多数見られるが、面沿いに見られるずれ量は小さいためこれらの小断層は主断層から分岐したものではなく、地層の変形に伴って剪断されたものと考えられる。

西側法面下段にはH層は確認されない。

 Fb断層によって切られるG層には、断層の引きずりによる顕著な地層の変形が見られる。

変形の幅は20〜40cmで断層面に近づくほど変形が大きくなり、部分的に地層が逆転する場合もある。また、変形はシルト層や細粒砂層ほど明瞭で砂礫層では葉理が乱れたり、断層面沿いだけに砂礫の引きずりが確認される。

 より新しい活動があったfa断層沿いではF層最下部の砂礫層が変形を受けている。また、

南側法面や断層追跡溝ではfa断層沿いに礫や木片が引きずられていることが確認できるが変形の幅は比較的狭い。

 断層の上盤側にあたるI層は、地層全体が南西に向かって撓んでいる。この地層中には斜交葉理が発達し、水平な層理面の変形やその変位量を正確に読みとることができないが、基底面(凝灰岩との不整合面)はトレンチ内でも1m以上の高度差を持っている。凝灰岩層には最大幅60cmの割れ目が生じておりこれをI層の砂礫が充填している。充填する砂礫は割れ目の幅が狭い場合は堆積構造を残さないが、幅の広い部分では葉理が保存されている。また、I層中には地層の撓みに対応する小断層が多数見られる。これらの小断層はほとんどがずれ量数cmの逆断層となっている。

5)考察

・最終活動時期の検討

 トレンチで確認された断層に切られない最も古い地層はE層であり、断層に切られる最も新しい地層はF層である。この地層が示す年代が断層の最新活動時期となるが、年代測定の結果、E層では1,280±60y.B.P.,1,210±50y.B.P,1,830±90y.B.Pの年代値が得られ、E層を覆うD層から1,270±70y.B.P.の年代値が得られた。これに対し、F層ではF1層下部から36,500±y.B.P.,39,660±1,760y.B.P.,F2層最下部から44,270±1,300y.B.P.の年代が得られた。従って、このトレンチ調査の結果からは「最終活動時期は約1,800年前から36,500年前の間」となる。

 この年代値から得られる最終活動時期は、十分な「特定」が行なわれたとはいい難く、このトレンチ調査で得られた結論としては、「藤田東断層の最終活動時期は約1,800年前以前である」とした。

・活動間隔の検討

 このトレンチでは活動時期の異なる断層が複数確認されているが、最終活動時期の検討と同様にこの断層活動によって切られる地層の年代に大きな開きがあるためトレンチないでは連続して起きた2回以上の断層活動を読み取ることができない。従って、活動間隔の検討は、分析によって得られた地層の年代などから整理した。 

 まず、トレンチで確認された最も新しい活動をしたfa断層では、E層以上の地層に変位を与えていないこと、この地層の年代が約1,200年前から1,800年前であり、これ以降は活動していないことから活動間隔は少なくとも1,800年以上である。

 また、西側法面下段−南側法面−断層追跡溝に連続するfa断層は、F層基底から確認されるF層全てを切っている。ここでF2層とF1層の間にはイベント堆積物は認められず。Fa断層はF2層、F1層が堆積する間活動していなかった可能性が高い。F2層最下部の砂礫層中の年代値44,270±1,300y.B.P.とF1層下部の年代値36,500±360y.B.P.が信頼できるとした場合、この年代の差7,770年間fa断層は活動していないと考えることができる。ただし、F層で得られた年代値は測定の限界値に近いものであり、下位のG層から得られた年代値と年代の逆転なども起きている。したがって、この年代値をもとにした結論については再検討の必要があり、トレンチ調査の成果としては「この断層の活動間隔は少なくとも1,800年以上である。」とした。

・単位変位量の検討

 トレンチに現れた断層面のうちfa断層はF2層基底堆積後活動し、E層堆積以降は活動していないことが明らかとなった。西側法面下段から断層追跡溝にかけて連続するfa断層面沿いでは、断層の上盤側にはF層が確認されないことからこの断層によるF2層堆積以降の変位量は220cm以上となる。

 Fb断層は末端部で2条に分かれるが、断層面はいずれもG層を切りF層基底で止まっていることから、この断層面沿いの単位変位量G3層基底とH層の境界のずれ量から最大でも330cmであるとすることができる。

 剥ぎ取り試料採取を行なった際拡幅した東側法面では、fb−A断層の連続とこの断層面の上盤側と下盤側においてG2層を確認することが可能となった。この拡幅面の観察ではfb−A断層断層沿いにおけるG2層のずれ量は180cmである(図6−18)。従って、fb断層全体のずれ量330cmからfb−A断層断層沿いのずれ量を差し引いた150cmがfb−@断層のずれ量である可能性がある。

 Fb−@およびfb−A断層の活動時期については、いずれもG層,H層を切りF層に覆われるこの以外確定できる資料は得られていない。このためこの2つの断層面が2回の活動であることは十分な結論とすることはできない。

 そのためこのトレンチにおける成果として「単位変位量は最大でも330cmであり、これを超える単位変位量は確認されない」とした。