(1)調査地点の概要と調査目的
本地点付近では、最低位の段丘面上の低崖が明瞭である(図4−5)。この低崖において、地質調査所が1989年にトレンチ調査を実施しており(図4−6)、古いものから、
7000y.B.P.、
7000y.B.P.以降、約4300y.B.P.以前の2回のイベントを推定している(粟田ほか、1993)。また、粟田ほか(1991)は、同トレンチ周辺に分布する河岸段丘面群(塔寺 I 、 II 、 III 面)に累積的な変位が認められるとして、塔寺 I 面形成後の約3400y.B.P.以降では、鉛直単位変位量が約3mの断層活動が3回あったとし(図4−6)、さらに、上記のトレンチ調査結果を含めると、会津盆地西縁断膚帯では、西暦1611年の会津地震を含めて、約7000y.B.P.以降、5回の断層活動があり、その平均的な再来間隔は約1700年と推定している。
本地点では、粟田ほか(1993)が約3400y.B.P.以降、3回の断層活動を推定した塔寺 I 面、 II 面及び III 面の各面(図4−6)について、段丘面の形成年代と構成層の変位状祝を明らかにして、活動間隔及び単位変位量の精度を向上させることを目的に、ボーリング7孔、計111.6m実施した(図4−7)。
さらに、地質調査所が調査を実施した塔寺トレンチ(図4−6)では、約7000y.B.P.及び約9000y.B.P.の地層が分布し、いずれも変形していることか確認されているものの、正確な変位量が求められていないことから、同トレンチの西隆起側(2ヶ所)及び東低下側(1ヶ所)で小型のトレンチ(ピット)を3ヶ所掘削して、調査を実施した(図4−7)。
本年度調査は、平成11年度調査による地形断面F−F’測線(地質調査所トレンチ)、A−A’測線(立木観音北側)に相当する位置で実施した。ボーリング調査及びピット調査の結果は以下のとおりである。
(2)F−F’測線の調査結果(地質調査所トレンチ実施地点)
本測線では、3箇所でピット調査を、また、2孔のボーリング調査を実施した(図4−7)。ピット壁面のスケッチと写真を図4−8(1)、図4−8(2)及び巻末資料に示す。また、これらのピットと地質調査所が実施したトレンチ及びボーリング調査の結果を合わせて、図4−9及び図4−10に示す。
ピットに認めらた地層を、粟田ほか(1993)のイベント層準を参考に、便宜的に上位より I 層、 II 層及び III 層に区分した(図4−9、図4−10)。
最下位の III 層は、断層の隆起側と低下側に連続して認められ、地形と調和的に撓曲変形を示す。 III 層基底に認められる腐植層は連続が良く、14C年代は約9200±60y.B.P.、9230y.B.P.9090±60y.B.P.の値を示し、この約9000y.B.P.の腐植層を変位基準とすると、幅約50m間に限れば鉛直変位量は約5mとなる。
II 層は、主に撓曲の低下側に分布し、撓曲崖にアバットする形態を示す。粟田ほか(1993)が示しているように、 II 層は下位層の撓曲構造を覆うように堆積していることから、 III 層堆積後、 II 層堆積前に撓曲変形があったことはほぼ確実である。この時期は、粟田ほか(1993)により、 III 層上限の年代が6970y.B.P、 II 層上限の年代が6950y.B.Pであることから、約7000y.B.Pとされ、本調査でも III 層上限の年代は約8800y.B.Pの値が得られた。 II 層(粟田ほか、1993のD、E層)は、撓曲崖の斜面にアバットする形態を示し、アバット部で崖をはい上がるように、下位層及び地形と調和的に撓曲していることから、約7000y.B.P.以降における活動もほぼ確実と判断できる。
I 層(粟田ほか、1993のC層以上)は、低下側のみに分布し、撓曲崖の基部で分布が断たれることから、約7000y.B.P以降における活動時期を特定できないものと考えられる。
さらに、 III 層の下位に分布する地層を14C年代値に基づき、上位より IV 層、 V 層及びそれより下位の地層に区分した(図4−9、図4−10)。
IV 層以下の地層は、 III 層と同様に、地形と調和的に撓曲変形を示している。
IV 層は、隆起側と低下側とで層厚に顕著な差は認められず、 III 層とほぼ平行に変形しており、 III 層と IV 層とでは、変形形態、変形量に有為な差は認められない。
このことから、 III 層及び IV 層堆積期における断層活動がなかった可能性かあり、この場合、約7000y.B.P.以前の活動時期は IV 層基底の14C年代から約11000y.B.P.以前となる。
(3)A−A‘測線の調査結果(立木観音北側)
本測線は、粟田ほか(1991)が塔寺 I 面(約3400y.B.P.)の鉛直変位量を9mとした地点と同一地点であり、4孔のボーリングを実施した。本測線の断面を図4−11に示す。
Td−2孔は隆起側の塔寺 I 面に、Td−3孔及びTd−4孔は低下側の塔寺 III 面に、Td−7孔は低崖斜面付近にそれぞれ位置する。
いずれのボーリングコアにおいても、礫層と腐植層を含む細粒堆積物との互層が認められ、各層は低崖と調和的に撓曲変形を示す。これらの礫層のうち、約9500y.B.P〜約11000y.B.Pの礫層が粟田ほか(1991)による塔寺 I 面を形成していることか明らかとなった。したがって、粟田ほか(1991)が推定した3回の活動は約9500y.B.P以降となる。
また、14C年代が約9500y.B.P.と約12000y.B.P.との間に分布する2層の礫層は隆起側から低下側までほぼ並行に撓曲変形しており、構造差は認められない。一方、その下位の約14000y.B.P.直上及び約20000y.B.P直上の2層の礫層は上記の礫層に比べ変形量が大きい。すなわち、14C年代が、12000y.B.P以降の堆積物と約14000y.B.P以前の堆積物との間に不整合関係が推定されることから、約14000y.B.P以降、約12000y.B.P以前に断層活動が生じた可能性がある。
(4)成果と課題
本地点では、新しいものから、
約7000y.B.P.以降、
約7000y.B.P.頃、
約12000y.B.P.以前で約14000y.B.P.以降の3回のイベント推定された。また、粟田ほか(1991)が推定した3回の活動は約9500y.B.P以降であることが明らかとなった。
鉛直変位量については、幅50mに限れば、約9000y.B.Pの地層で約5mと推定された。
本地点では、粟田ほか(1993)が約7000y.B.P以降、約4300y.B.P以前における活動を推定しているが、このイベントを確実にすることができなかった。