(4)地質各説

1)常滑層群

本地域の常滑層群は、挟在する亜炭層の発達の状態から下部と上部に区分されている。その境界の層準は、古場火山灰層の下位5−25mの間にある(吉田他,1985)。

下部は亜炭層を良く挟み、上部は亜炭層の挟みが減少し砂礫層が含まれるようになる。今回の調整域ではほぼ上部層が分布しており、付図4(付図4−1付図4−2)や付図5(付図5−1付図5−2−1付図5−2−2付図5−2−3付図5−2−4付図5−3−1付図5−3−2付図5−3−3)の地質図では区分せずに取り扱った。各地層の代表的な分布状況を写真5写真6に示した。

〈亜炭層〉

亜炭層は上部の基底から横須賀火山灰層までの基準では、層厚数cm−数10cmのものが数層、亜炭質粘土−シルト層とともに挟まれている。しかし、横須賀火山灰層より上位になると、次第に亜炭質粘土−シルト層も減り、ほとんど亜炭層は見られない。

〈砂〉

層厚約10mの比較的厚い砂層は、横須賀火山灰層より上位の層準を除くと、上部の基底部・古場火山灰層の直上・佐布里火山灰層の直下に見られる。これらの砂層は、水平距離で2km連続するものはまれであり、下位の地層を著しく削り込むものが多い。砂層に発達する斜交層理からは、南西以外の方向からの古流向が求められた。

〈礫〉

礫層は、東浦町の古場火山灰層直上に、アルコ−ス質粗粒砂マトリックスを持つ淘汰の比較的良い中礫層(層厚1−2m)が、また東浦町・大府市・東海市の新知火山灰層より上位の層準にも層厚5m以下の礫層が数層挟まれている。しかし、常滑市の同層準の地層には中礫層は見られない。上述以外に礫は、粗粒砂層の基底部にシルトの偽礫を伴って含まれたり、砂層中にレンズ状又は楔状に密集又は散在している。礫種はチャ−トが主で、流紋岩が数−10%、砂岩・溶結凝灰岩類・花崗岩類が数%づつ含まれている。チャ−トは亜円−円礫の細礫−中礫で、大礫に至るものはない。流紋岩は、下部に比べ多く含まれている。流紋岩は中礫以下で円盤状をした円礫が多く、流理構造や石英の斑晶(径約1mm)が見られる。

〈火山灰〉

本地域の南部(1/50,000地形図の半田)では、吉田(1985)に従い、火山灰層の名称は、下位から小鈴谷(Ks)・大谷(Ot)・苅屋(Ky)・古場(Kb)・東谷(Hg)・井洞(Ib)・佐布里(Sr)・岡田(Ok)・横須賀−L(Ys−L)・横須賀(Ys)・横須賀−U(Ys−U)・天神池−L2(Tn−L2)・天神池−L1(Tn−L1)・天神池(Tn)火山灰層である。また、調査地域北部(大府地区)では、細田(1995)の名称に従った。名称の対比は表2−3−2に示した。

各火山灰の露頭での状況を写真7写真8写真9写真10写真11に示した。

表2−3−2 火山灰層の名称の対比

火山灰層の中で鍵層として特に重要な小鈴谷・大谷・古場・東谷・佐布里・岡田・横須賀・天神池火山灰層を地質図上に示してある。

・小鈴谷火山灰層(Ks)

本火山灰層は、2つのユニット(下位から@,A)に区分できる。

ユニット@層厚5−10cm。極淡橙色−灰黄色のシルトサイズの火山灰である。ユニットAと褐鉄鉱(厚さ1−3cm)で境され、その境界線は凹凸を持つ。針状−短冊状の透明な火山ガラス片(1−2mm)と白色軽石粒(径1−3mm)を多く含む。

ユニットA層厚1−2m。更に互いに漸移関係にある4つのサブユニット(下位から、A・B・C・D)に細分できる。

サブユニットA層厚約25cm。明灰色を呈し、中粒→細粒への級化層理を示し、軽石粒(径約1mm)を含む砂質−ガラス質火山灰である。

サブユニットB層厚約10cm。明灰色〜黒灰色を呈し、平行葉理の発達する粘土−シルトサイズの硬い火山灰である。

サブユニットC層厚約1m。白色〜灰黄色を呈し、コンボリュ−ト葉理−平行葉理が見られる細粒−極細粒のガラス質火山灰である。

サブユニットD層厚約50cm。灰色を呈し、シルト→粘土サイズへの級化層理をなし、上位で漸移的に粘土に移化する火山灰である。

・大谷火山灰層(Ot)

知多半島で最も厚い火山灰層である。層厚は、東浦町で2−4m、常滑市で4−9mである。大谷火山灰層は模式地では、下部と上部に区分できる。

下部は、更に2つのユニット(下位から、@,A)に区分できる )。

ユニット@層厚0−50cm。細粒→極細粒へ級化層理を示す火山灰である。ほかのユニットが灰−灰白色を呈するのに比べ、新鮮な部分で灰黄色を呈し特徴的である。上位のユニットとの間に亜炭質シルトを挟むことがある。

ユニットA層厚3−4m。更に3つのサブユニット(下位から、A・B・C)に細分できる。

サブユニットA層厚約20cm。白色火山灰の中に厚さ約1mmの灰色火山灰の葉理が多く見られるシルトサイズの火山灰で、この下部は塊状ないし平行葉理が、上部はコンボリュ−ト葉理が発達する。上部には軽石粒(径数mm)が含まれる。

サブユニットB層厚約20−30cm。サブユニットA層とは逆に暗灰色火山灰に白色葉理が発達する粘土−シルトサイズの火山灰である。

サブユニットC層厚約3m。サブユニットBと漸移的で、明灰色で極細粒のガラス質火山灰である。コンボリュ−ト葉理が非常に良く発達し、白色の軽石・炭化木片を含む。

・苅屋火山灰(Ky)

層厚30−70cmで、シルトサイズのガラス質火山灰である。新鮮な部分は白色を呈してチョ−ク状の外観を示すが、風化すると黄灰色を呈する。下部に軽石(径約1cm)を含むことがある。

・古場火山灰層(Kb)

知多丘陵では層厚1−2.5mで良く連続するのに対して、大府丘陵では層厚1m以下と薄く、連続性も悪い。全体にシルト−極細粒の火山灰で、新鮮な部分では淡灰色、風化乾燥すると白色になり、湿潤状態では黄灰色を呈する。風化した表面には亀甲状の割れ目が発達し、細粒な部分ほど細かく割れる。

・東谷火山灰層(Hg)

層厚5−40cm(一般に15cm前後)。極細粒→シルトサイズへ級化層理を示し、上部で粘土・シルトに移化するガラス質火山灰である。新鮮な部分で白色−明灰色、風化すると黄灰色を呈する。更に風化が進むと、白色粘土化する。

・佐布里火山灰層(Sr)

本地域で最も連続性の良い火山灰層である。佐布里火山灰層は3つのユニット(下位から、@、A、B)に区分でき、ユニットAとBの間には数10cmの粘土−シルト層を挟むことがある。

ユニット@層厚5−50cm(一般に20−30cm)、中粒→極細粒へ級化層理をなすガラス質火山灰で、基底に鬼板(厚さ0.5mm−3cm)を伴う。新鮮な部分で白色、風化して黄灰色を呈し、特に基底部では黄褐色化が著しい。 

ユニットA層厚5−60cm(一般に10−20cm)。上位では粘土やシルトに移化する。平行葉理の発達するシルト−粘土サイズの火山灰で、時に塊状を示す。新鮮な部分で明灰色−白色、風化乾燥するとチョ−ク状の外観を示す。

ユニットB層厚10−80cm。更に3つのサブユニット(下位からA・B・C)に細分できる。 

サブユニットA層厚0−5cm。白色の極細粒のガラス質火山灰である。

サブユニットB層厚2−30cm。特徴的な灰桃色を呈し、剥離性を持つ平行葉理が良く発達する粘土サイズの火山灰である。風化乾燥すると白色を呈する。

サブユニットC層厚5−45cm。上方に粘土・シルトなどへ移化する極細粒−シルトサイズの白色−明灰色のガラス質火山灰である。岡田火山灰層(Ok)大府丘陵で10−20cmあり、西部ほど厚くなる傾向がある。極粗粒−細粒→シルトサイズへと弱い級化層理を示すガラス質火山灰である。新鮮な部分で白色、風化して黄灰色を呈し、基底に鬼板が見られる。露頭において突出することが多いので確認しやすい。

・横須賀火山灰層(Ys)

層厚は1−2.7mと変化するが、大府丘陵よりも知多丘陵に分布する本火山灰層の方が層厚が厚く、連続性が良い。全体に粘土質の火山灰層で3つのユニット(下位から、@、A、B)に区分できる。

ユニット@層厚10−50cm。多少級化層理をなす細粒−極細粒の火山灰である。新鮮な部分で明緑灰色−明灰色、風化して黄灰色−明オリ−ブ灰色を呈する。

ユニットA層厚25−120cm。シルト→粘土サイズへの弱い級化層理が見られる火山灰である。新鮮な露頭ではコンボリュ−ト葉理や平行葉理の発達が確認できる。新鮮な部分で明緑灰色、風化して灰黄色を呈する。

ユニットB層厚30−50cm。塊状、あるいは平行層理がみられる極細粒−シルトサイズの火山灰である。時に、級化層理が見られ上方で粘土・シルトと漸移する。新鮮な部分で灰色、風化して薄暗黄色を呈する。

2)三好層(M)

本層は、豊田市から知立市にかけて分布する標高30〜120mの高位面(三好面)を構成する礫層である。主にチャートや粘板岩の中・古生層系の比較的淘汰の良い砂礫より成る。表層部は赤色に風化する。地層の厚さは10 〜15 m程度である。

3)加木屋層(k)・武豊層・挙母層

加木屋層は、標高40−80mの武豊面を形成して東海層群を不整合に覆う。層厚は両地域周辺では15−20mに達するが、一般には5m以下である。大部分の地域では成層構造を有する礫層からなるが、八幡台南では礫層と細粒層(砂質シルト−シルト質砂質)の互層からなる。礫種はほとんどチャ−トからなり、そのほか少量(数%以下)の溶結凝灰岩類が含まれる。一般に円磨度は亜円−円礫である。チャ−トは大部分が表面を漂白されている。

武豊層は、加木屋層と同様武豊面を形成し、東海層群を不整合に覆う。吉田他(1985)は西北西−西から由来したとみなされるものを武豊層としている。すなわち河和から北方へ、知多市新知の知多丘陵上−頂部にかけて分布するものを武豊層としている。ただし武豊層の主部は、知多丘陵の主稜線東側の美浜町・武豊町・半田市に分布する。

武豊層の層相は北から南へ漸移的に変化する。大局的にみれば神戸川北方では礫層から、神戸川南方では礫・砂・シルト層からなる。ただし両地域とも礫層が卓越する。

挙母層は、豊田市から知立市に段丘の平坦面をよく保存して分布する。この層は、斜交葉理のよく発達する砂層より構成される。

4)碧海層(th)

町田他(1962)の命名による。本層は碧海台地を構成し、半田段丘堆積物に対比される。

全体として北から南へ1/3000の傾斜で極めて緩やかに低下している。町田(1962)によれば、本層は上流から下流に向かって扇状地相から三角州相へ一連の層相変化を示す地層である。露頭では、厚さ5m前後の細礫を混じえる泥質砂層が碧海面を形成するのが観察される。しかしこの泥質砂層の下位に、海成シルト層が堆積していることが確められている(建設省・愛知県編、1965)。碧海面には、古赤色土が発達している。糸魚川・中山(1968)は、高浜市の名鉄三河線と明治用水とが交差する鉄橋下において、本層から128種の貝化石その他を報告している。

貝類群種は暖流系を含む日本型であり、その群集解析からこの地点の本層の堆積環境は、   

@内海の支湾あるいは内海の湾央−湾奥に近い所、

A底質は礫を混じえた粗−中粒砂、

B深度は恐らく5−15m、

C沿岸水が主に発達する所で近くには汽水域が存在、

D水温は現在よりやや高いか同じくらいで寒流系の外洋水の影響はなかった、

と推定された。以上の諸点から、この付近の碧海層は三角州の前置部に近い所であったとみなされている。なお碧海台地の高浜市には、周囲の碧海面よりも一段高く北北西−南南東方向に広がる段丘面があり、町田他(1962)はこの部分を碧海面より一段高い挙母面に対比している。しかし挙母面とされた部分は、その東縁を走る大高−大府撓曲によって、碧海面が西上がりに変形した結果形成された可能性が強い。したがって本報告では、この部分をも碧海面に含めた。

5)亀崎段丘堆積物(t1)

亀崎面を形成する段丘である。本段丘堆積物の層相は、亀崎町周辺では大礫を混じえ、層厚は2m以上に達する。その層相は亜角−亜円礫のチャ−ト、更に量比して15%内外の溶結凝灰岩類(すべて“クサリ礫”)と、褐色化した砂質マトリックスからなる。亀崎町周辺における本堆積物の特徴は、他地域では見られない溶結凝灰岩類を含むことである。

亀崎町以外の地域では、厚さは極めて薄く、1m以下の所が大部分であり、数10m以下の所も多い。堆積物は、主として加木屋層・武豊層から由来したチャ−トの亜円礫と、それらをル−ズに固結する褐色−赤色化した泥質マトリックスからなる。チャ−トは一般に漂白された細−中礫であり、淘汰は不良である。

6)半田段丘堆積物(t2)

本段丘は、知多半島の段丘のうち最も広範囲に発達する。松田(1969)の半田面を形成する段丘であり、半島東岸の半田市街に模式的に分布する。本段丘は臨海部では海成段丘、内陸部では河成段丘とみなすことができる。なお衣浦地区地下にも、本段丘堆積物に相当する堆積物が厚く分布している(建設省・愛知県編、1965)。以下、分布地域別に述べる。 半田面は、知多半島西岸知多市新舞子から常滑港へと連なる臨海部と、知多市と常滑市の境界を流れる矢田川・前山川流域の内陸部に発達する。臨海部における半田面は、分布南端での標高が25−30m、分布北端では標高10m強であり、全体として北方向の高度低下が認められる。

半田面は、知多半島東岸亀崎町から武豊町に至る臨海部、並びに境川西岸や阿久比川・神戸川などの小河川沿いにも良く発達している。境川西岸から臨海部にかけての半田面の標高は5−18m、沖積面との比高は5−10mの範囲にあるが、全体的に北側で高く南側で低い。他方、内陸部の小河川では、沖積面との比高は鹿ノ子田川以南で5m強、それ以北では10m前後であり、北側でより高くなっている。神戸川以北の本段丘堆積物は、厚さ1−3m程度の礫層からなるが、一部地域では砂層からなる(例えば東浦町石浜)。礫はすべて亜角−円礫のチャートからなり、褐色に風化した細−粗粒砂のマトリックス中に密集している。礫経は平均2−3cmであるが、まれに経10−20cmに達する。半田市岩滑では成層構造が良く発達している。神戸川以南では、厚さ数10cm−数m、褐色化した中−粗粒砂層又は礫層からなる。礫種はほとんどチャートからなり、まれに溶結凝灰岩類を含む。

大田川流域すべて河成段丘である。段丘面の標高は12−40m、段丘面と沖積面との比高は5m内外の値を示す。本地域では厚さ4m前後のやや密集した礫層から構成されている。

7)岩滑段丘堆積物(t3)

松田(1969)の岩滑面を形成し、半田市岩滑に模式的に発達する段丘である。知多半島東岸では全域的に分布するが、西岸では新舞子から矢田川・前山川流域にほぼ限られている。臨海部での標高はいずれも5m内外にある。内陸部での沖積面との比高は2−5m程度であるが、神戸川では5m強でやや大きい。本段丘堆積物は、礫−砂礫層から構成され、礫はチャートのみからなる。チャートは径1−2cmの角−亜円礫が多いが、径10cmを越すものもある。マトリックスは褐色味を帯びた泥質の細−中粒砂で、礫はルーズに固結されている。本堆積物の層厚は、矢田川・矢勝川流域などでは1mに達することもある。しかし、大部分の地域では1m以下であり、常滑層群が直接段丘面上に露出する所も多い。

8)緒川段丘堆積物(t4)

緒川面は、境川西岸及び神戸川・前山川流域に比較的広く分布する。緒川周辺では標高2−4mであり、沖積面との比高はいずれの地域でも1mに以下にすぎない。緒川面は沖積面との比高が小さく、更に本面上に東海層群が直接露出する地域もあるため(常滑市金山)、本段丘独自の堆積物を明確に識別することは困難であるが神戸川流域では段丘面上に細砂層が分布する。

9)沖積層

沖積層は、知多半島西岸・衣浦地区の各河成・海岸低地に分布するが、その発達は極めて乏しい。ただ衣浦地区には地下の部分を含めると沖積層が比較的広く、かつ厚く堆積している。空中写真判読により、沖積低地堆積物、旧河道堆積物、自然堤防・砂洲堆積物、扇状地堆積物に区分した。平野表層部を形成する谷底・氾濫・海岸・三角州平野堆積物は、泥・砂及び礫から構成される。このうち谷底・氾濫平野堆積物の層厚は極めて薄く、規模の小さい開析谷では東海層群・武豊層がそのまま地表面に露出している。

一方、海岸・三角州平野堆積物は、主として砂州・砂堆積物より海岸線側に分布している。砂州・砂堆積物(s)は、縄文海進の海面上昇期に堆積したものである。これらは、知多半島西岸や半島東岸の半田市から武豊町にかけての臨海部、及び碧南市権現町に、谷底・氾濫平野を閉塞するように形成されている。一般に、周辺の沖積面から比高1−5mの高まりを持つ。

構成堆積物は淘汰の良い灰白色細粒の海浜砂からなる。自然堤防堆積物は、河川の氾濫時に堆積したものであり、一般に、周辺の沖積面から比高1−2mの高まりを持つ。構成堆積物は一般に砂からなる。現河床堆積物は(or)は、境川の河床等に見られるもので、礫及び砂から構成されている。

10)干拓地及び埋立地(r)

衣浦地区及び知多市臨海部では、干拓地や埋立地が造成されている。特に前者では潮汐低地が広く分布することから、江戸時代初頭以来活発な干拓化が営まれ、更に戦後の埋立地が付け加わったため、同地区の大部分の面積が干拓地・埋立地によって占められるようになった。主に、未固結の粘土、砂、礫より構成される。